第17話 食べて、語らって

「ソルト。この盛りつけ、これはいったいどういうことだ」


「な、なんだよペッパー」


 竹林の奥。

 炊事場にて、ソルトがペッパーへと配膳トレーを渡した途端のこと。


「この煮魚、その鍋に入っている中で、一番大きいのを選んだだろう。

 それをボクに寄越よこしたのは、どういう了見かと、聞いているんだ」


「了見も何も、運動して腹減ってるだろうからデカいの取ってやっただけだが……」


 ペッパーは、じとりと、ソルトをにらんだ。


「ソルト、ボクとキミは、同じコースを進んで、ここまで来たはずだよな?

 つまり、それはソルト、ボクとキミは同じ運動をして、ボクの方がより空腹だろうと、ボクの方がより体力を消耗していると、ボクの方がキミより体力が劣るだろうと、そう言いたいわけだな?」


「そこまでの他意はねーよ!? 盛りつけひとつでよくそこまで難癖つけられるな!?」


 横でシノブが肩をすくめた。

 テーブルに一緒についた、志野六傑衆もわははと笑っている。


 ペッパーは構わず、ソルトに指を突きつけた。


「キミのその余計なお節介が、ボクらのダブルスにきちんとプラスになっているか、少しでも理知的に考えているか、ソルト?

 そもそもボクらは高一で、まだ成長期だ。これから背が伸びる可能性があり、そうなればリーチが伸びて有利になれる。

 ならばより背の低いキミが少しでも多く食べて、少しでもリーチを伸ばす努力をするのが、道理というものだろう」


「数センチの差でよくそれだけマウント取れるな!?

 だいたい卓球はデカい方が有利ってスポーツじゃねぇだろ!?」


「そもそもだ!!」


 ペッパーはバンとテーブルを叩いた。


「この際だからハッキリ言っておく、キミは食事に関する意識が低すぎる!

 昼は大抵購買でサンドイッチに大福なりプリンなりスイーツをつける形だ、ひどいときはパンすらメロンパンやクリームパンだろう!」


「なんでそこまで見てるんだよ怖えーな!?」


「駄菓子屋に寄るときも甘いヤツしか買っているところを見たことがないぞ!!」


「そもそも駄菓子屋行ってるトコいつの間に見てんだよ!?」


「そんな食生活でよく今までやってこれたな!!

 朝昼晩と三食ボクが管理してやらないといけないのか!?」


「オカンか!! うちのお袋でもそこまで世話焼かねーわ!!」


「そろそろやめるでござるよー」


 ヒートアップする二人の鼻に、シノブはカラシのチューブを絞った。


「食事は余分に作ってあるから、おかわりすればいいでござる。

 ペッパー、競争に負けて悔しいのは分かるが、あまりカリカリするものでない」


「負けてなどいません!!」


 鼻を拭きながら、ペッパーはキッとシノブをにらみつけた。


「ここに到着したのはソルトとほぼ同時です、決してボクは遅れてなどいない!

 そして初挑戦のボクらと慣れている志野六傑衆とを比べてビリを論ずるなど論外だ、というかなぜあなたたちまで一緒になって競争してるんですか!!」


 まくし立てるペッパーに、志野六傑衆はわははと笑ってみせた。

 ソルトはペッパーを放っておいて、シノブに話しかけた。


「シノブ先輩、これ金額足りてますか?

 合宿費用払いましたけど、あの額面じゃ設備費とか夏休み中のメシ代とか諸々考えたら全然足りないんじゃあ」


「心配いらんでござるよ。

 設備はもともとあったものでござるし、先に言った通り、おぬしらを育てるのは拙者のエゴでもある。

 来年には、おぬしらも部活に復帰できるでござろう?

 何しろくだんの彼女も、今年で引退、卒業でござるからな」


 それを聞いて、ペッパーは振り向き、怪訝けげんそうな顔をソルトとシノブに向けた。


「卒業、ですか?

 ちょっと待てソルト、三年生なのか? キミがホレてフラれたという女性は」


「今さら言ってんのかよ……」


「しかもハカセの彼女でござる」


「は? おいソルト本当か? キミは先輩の彼女を略奪しようとしたのか?」


「知らなかったんだよ……最初に会ったのオレが中一であの人が中三のときだったし。

 っつーかなんでテメェ知らないんだよ、そんなオモシロイ状況だから部活全体に広まって居づらくなったのに。

 おいコラ背景でクスクス笑うな志野六傑衆!!」


「興味がなかったからな。

 なんならキミが部活を辞める原因を作った怨敵だと思っていた」


「そういう言い方するなよ、オレあの人に憧れて卓球始めたのに」


「そうか、なら感謝しないといけないな。

 今度お礼の挨拶に行ってこようか、ソルトとボクを引き合わせてくれた恩人として」


「オマエがどこまで素で言ってんのか分かんねえ」


 シノブがはははと笑い、それから手を叩いた。


「さあ、ともかくメシを食おうではないか、いただきますでござるよ。

 食って、体力をつけて、午後からもバリバリ特訓するでござる」


「っスね」


「そうします」


 全員が、昼食を食べ始めた。

 食べながら、シノブはソルトに語りかけた。


「もっとも、仮想敵はあの黄金ペア、そしてゆくゆくは全国クラスの強敵でござろう。

 はたして努力で、あれら天才に追いつけるものか、拙者には分からぬ」


 ソルトは箸を止め、シノブを見た。

 そして箸を置き、手のひらを見つめて、口を開いた。


「あの人らは天才じゃあ、ないっスよ」


 ソルトの脳裏から手のひらへと、感触がフラッシュバックする。

 あの決勝戦の敗北から、ショックでその後の記憶はおぼろげだ。

 それでも試合終了後、ヒメと握手をした。

 その感触は、覚えている。


「どれほどラケットを握り込んで、振り抜いて、繰り返したのか。

 あの見た目から想像できないほど、あの人の手はゴツゴツとしていました。

 あの人らは天才じゃあない。相応の努力を重ねて、あの強さを身につけたんです」


 ペッパーも、ソルトを見た。

 ソルトは手を、固く握った。

 上げられたソルトの目は、凛とした炎を宿すようだった。


「努力で上り詰めた人間に、努力で追いつけない道理は、ないっスよ」

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