第12話 きっかけは 夏菜子side

 河合先輩の背を見送り、私は一目散に家に入り、自室で充電していたスマホを手にした。LINEのアプリを開け、すぐさま『至急!いつもの公園来て!』と送った。相手は千春ちゃんだ。


 千春ちゃんは近所に住む友達。しかし決して幼馴染というわけではない。5年生のときに初めてクラスが同じになって仲良くするようになったのだ。いつもの公園というのは、小学生の頃からよく学校の帰り道に寄り道していた公園のこと。あそこのベンチに座って、長いと一時間ほど、時を忘れて話し込んでしまっていた。そしてそれはクラスが別れてしまった今でも変わらない。


 千春ちゃんは料理が、私は裁縫が好き。だから入学前から家庭科部に入部することは決めていた。私にはもう一つ、家庭科部に入部する理由があるのだけれど。


「おまたせ。どうしたの?家庭科部の仮入部でなんかあった?」


 千春ちゃんは塾があるのに宿題やってないんだと先に帰ってしまった。だから私は一人で行ったのだ。


「それが、ありすぎなんだよお。」


 私は半ば溜息混じりにことの次第を話した。1日で、というかたった数時間であったこととは思えない厚みの話をし終えた頃には、太陽はほとんど見えなくなっていた。


「そりゃ大変だったね。喧嘩の方もそうだけど、男の先輩がいるっていうのも。」


 千春ちゃんが少し眉を顰めながら言うのに、私は小さく頷いた。そう、私は男の人が苦手なのである。嫌いなんじゃなくて、苦手。同じ空間に一緒にいる分には平気だけれど、会話をするとなると、どうしても喉の奥がキュッと萎んで声が出なくなる。


「でも、夏菜子は家庭科部入るんでしょ?」


「・・・・・・うん。なんかわかんないんだけど、絶対にこの部活は楽しいって思ったんだ。この先輩たちとだったら、男とか女とか関係なくそんなものを超えた先の関係でいられるような気がして・・・・・・うまく言えないんだけど」


 口に出していたら自分が何を言っているのかわからなくなってしまった。最後の方はゴニョゴニョと声が萎んでいく。ふと見た千春ちゃんはあっけに取られたような顔をしていた。


「夏菜子がそんなふうに言うのってよっぽどだね。ほら、普段あんまりそんな熱のこもった話し方しないじゃん。」


「そんなに熱こもってた?」


「うん、夏菜子の背景、炎だった。」

 

 千春ちゃんはまじめくさった顔で、おどけたような声で言う。その矛盾さが妙におかしくて、まずは私が、釣られて千春ちゃんがケラケラと笑う。


「明日も行こうと思うんだけど、千春ちゃんは?」


「明日は行くよ。夏菜子が熱く語るほどの部活だもん。今すぐにでも行きたいよ。」


 千春ちゃんが揶揄うように笑い、私は顔を真っ赤にして俯いた。



 翌日。被服室を覗き込んだ私は絶句した。千春ちゃんも不思議そうな顔をしている。なんと、部長さんと言い争っていた男の先輩とが昨日のことなんてまるでなかったかのように、楽しそうに談笑していたのだ。一体何があったのか。


「あの二人、仲直りしたみたいだね。」


「ふぇっ!?」


 いつの間に現れたのだろう。河合先輩が被服室の二人の様子を微笑ましげに眺めていた。


「あの、先輩」


「ん?」


「あ・・・・・・いえ。」


 もしかして、あのあと河合先輩は仲直りのために尽力を尽くしたのかもしれない。でも、それを聞いてしまうのは野暮なことだと思い直した。


「仮入部、かな。気にしないで入って大丈夫だよ。」


 河合先輩はこんにちはー、と中に入っていく。今日はよく晴れているせいか、壁にかけられたキルトが昨日よりも色鮮やかに見える。


 これから何か、想像できないような素晴らしいことが起きるような、そんな気持ちを抱いて、私も河合先輩の後に続いて一歩、足を踏み出した。




───────────────────

仮入部期間6日目

仮入部希望者 4人

入部希望者 2人



 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

家庭科男子! @pianono

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説