Zwei

 モードレッド軍は傷をいたわりながら、カンタベリーで陣を整えるために、鬱蒼とした森に入った。不気味な鳥が大空を旋回する中、彼らは静かに馬の足を進める。

 木々のざわめきを聞きながら、モードレッドは苛立つ心を抑えていた。無様に退却する自軍を見ているだけで、腹など容易に立つものだ。

 そもそも、ガウェインを仕留め損なったのが一番の敗因だった。彼は裏切り者のランスロットとの戦いで、多くの古傷を抱えていた。モードレッドもそのことを知っており、仲間に彼を狙うように指示を出していた。それにも関わらず、ついに最後の最後まで粘られてしまったのだ。アーサー王や他の円卓の騎士たちも鬱陶しい。しかし最も苛立たしいのは、他でもないガウェインだった。

「くそ、あの野郎……」

 溢れんばかりの醜い感情が、モードレッドの体内を急速に駆け巡った。次の戦いでガウェインを倒せなければ、この先の状況はますます怪しくなる。一刻も早く、やつの頭を叩き割らなければ。彼はそう思いながら、乱暴に馬の腹を蹴った。


「先ほどから見ていたが、貴様は随分と腹を立てているようだな」

 ――モードレッドは即座に首を回し、次いで槍に手を掛けた。鈴を鳴らすような澄んだ声が、薄暗い森の中に響き渡る。

「おい、そうかっかするな。もう少し、冷静でなくては困る」

「何者だ! 姿を現せ!」

 騎士の一人が大声を出すと、嘲笑するような笑い声が返ってきた。それからしばらくして、モードレッドの目と鼻の先に、突如一人の青年が現れた。

「言われた通り、姿を見せてやったぞ。どうだ、これで満足か?」

 真っ白な肌に、真っ青な瞳。光のように輝く金髪の上には、可愛らしい花冠が載っている。しかし普通の人間と違うのは、少年ほどしかない小柄な背丈と、背中に生えた氷色の羽だった。

「……ふん。何かと思えば、ただの妖精か」

「ただの妖精だと? 貴様、何を勘違いしている」

 モードレッドが鼻を鳴らすと、妖精は見るからに不機嫌になった。金の鎖をあしらった灰色のフードを揺らしながら、不快だと言いたげに目を細める。

「私は妖精の王・オベロン。かの有名なローマ皇帝、ユリウス・カエサルの息子だ」

 彼はそう言うと、一転して口角を上げた。モードレッドの驚く顔を見て、満足そうに羽を動かす。

「くくく……。やはり人間の驚く顔は面白い」

 ……アーサー王がローマを手中に収める前、その地には気高い皇帝がいた。その名もガイウス・ユリウス・カエサル。妖精の王であるオベロンは、賢明な彼の実の息子だった。

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