ユリウス・カエサルの息子

中田もな

Eins

『王は反逆の騎士の手によって、瀕死の重傷を負った。誇り高きガウェインも死に、今やイングランドは荒廃の一途を辿っている。だからこそ、私が王にならなければならないのだ。王の息子である、この私が……』


 アーサー王軍がフランスから引き揚げたとの知らせを聞いたとき、モードレッド軍には確かな勝算があった。彼は国内の貴族たちを丸め込み、すでに大勢の味方を作っていた。王がランスロットとガウェインの間で板挟みになっている間に、貴族たちは新勢力であるモードレッドの側についていたのだった。

 モードレッドはまず陸上に陣を張り、船に乗ってドーヴァにやって来るアーサー王軍を待ち構えた。激しい戦いののち、今度はバーラムの丘に戦場を移し、血みどろの争いが繰り広げられた。何人もの騎士が死に、多くの重傷者が出た。しかし、これだけの代償を支払っても、モードレッドはアーサー王を殺せずにいた。それは紛れもなく、王が強いという証拠だった。


「くそっ……!」

 肩に食い込んだ傷を押さえながら、モードレッドは奥歯を食いしばった。自らバーラムの丘に張った陣営は、最早完全に崩壊してしまったのだ。彼に残された選択肢は二つ。ここでアーサー王を殺すか、カンタベリーまで退却するかだ。

 彼の二人の息子は、実によく馬を走らせた。鋭い剣で多くの敵を殺し、何百人もの騎士の命を奪った。……しかし、アーサー王はその何倍もの活躍を見せ、あっという間に敵兵を蹴散らした。気づけば王の側に寝返る騎士も多く、開戦前の勝ち筋は消え失せていた。

「父さん、ここは一旦退却しよう。このままの状態で戦い続けても、王の首は取れやしないよ」

 自分の負けを認めるようで悔しかったが、息子の言うことは尤もだった。アーサー王の強さはもとより、彼を守護する円卓の騎士たちの実力も相当だ。むやみに剣を振り回したところで、到底敵う相手ではない。偽の手紙までこしらえて、戦いに踏み切ったのだ。下手なところで野垂れ死ぬわけにはいかなかった。

「……退却するぞ」

 息子にそう言い捨てると、モードレッドは辛そうに顔を歪める。彼の暗い髪の毛が、その輪郭を更に深くした。

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