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「〈金魚辻〉に合わせて、ここでももうじき催しがある。正式には〈隧道祭〉というんだが、まあ一種の芸能大会だ。その優勝賞品に、おそらくなっている」

「え?」困惑しつつ、私は言葉を探した。「私の持ち物なのに、私の知らないあいだに、私の知らない催しの賞品になってるんですか? なぜ?」

「あんたの怒りはもっともだけどね。でもここに持ち込まれた以上、ここの理屈で捌かれることになっちまうんだよ。この〈祭火隧道〉でもっとも権力を持ってるのは、隧道祭の仕切り役、〈牡丹燦乱〉だ。連中は珍しいものに目がない。いかに物珍しい賞品を調達してきて見栄を張るかが、奴らの行動原理なんだ。いまは〈蒐集家〉と呼ばれてる女が地上にいるんだが――」

「お会いしました」

「なら話が早い。〈牡丹燦乱〉は昔、ある貴重な品を大会の景品にしたことがある。ところがそいつは、〈蒐集家〉の所有物だったんだ。奴らは拾ったと言い張っていたけどね。〈蒐集家〉は深く嘆いた。しかし地上の彼女には見つけ出すすべがなかった」

 彼女にそんなことが――と驚いた。性格上、貴重品であれば厳格に管理していたに違いない。そうそう落とし物をするとは考えにくかった。

「〈牡丹燦乱〉が盗み出したんじゃないかって噂は絶えなかったが、証拠がないのもまた、事実だった。簡単には尻尾を出さない奴らなんだよ。それを知って動いたのが、巴だった。奴は自分の息子たちを地下に送り込んだんだ。息子たちは首尾よく品物を取り戻し、巴はそいつを〈蒐集家〉に返した。ただ返してやったなら美談だが、巴はあいにく、そういう人格者じゃなかった。〈蒐集家〉に見返りを要求した」

「名前を奪ったんだ」と小紅。「酷い奴」

「正確に言うと少し違う。名前を差し出すと決めたのは〈蒐集家〉自身だ。自分の所有物のなかでいちばん平凡だったから、というのが理由だと聞いた。巴にはずいぶん感謝したそうだよ」

「なにからなにまで出鱈目な話。正常な感覚の持ち主がひとりも登場しない」

「確かにね」小紅の洩らした所感に、栄さんが小さく笑った。「あたしも同感だ。ともかくあんたたちが相手にしようとしてるのは、そういう連中だってこと。どうする? どういう手で行くつもり?」

 私は視線を落とし、机の木目を眺めた。話を聞く限り、〈牡丹燦乱〉なる集団に直談判したところで素直に返却してもらえないのは明らかだ。今回も〈蒐集家〉のケースと同様、なんの証拠もない。買戻しの線も薄い。まるきり応じないか、あるいは法外な値段を吹っかけられるのがせいぜいだろう。

「巴さんの子供たちは、どうやって取り返したんだろう」

 問いかけた私に、小紅は吐息交じりに応じて、

「得意の隠密行動で盗み返したんじゃないの? じゃなければ力任せかも。自分たち一族は強いって自慢してたことだし」

「どっちもない」即座に栄さんがかぶりを振ってみせた。「〈牡丹燦乱〉がぶちのめされたとか、景品が盗まれたとかって話になれば、絶対に大騒ぎになる」

「蛇睨みで脅迫したとか。黙ってないと全員丸呑みにするぞって」

 これにも栄さんは頷かず、顎に手を当てながら、

「いや――それも考えにくいな。実際、あいつの子供たちがどうやったのか、あたしも分からないんだよ」

「もしもだけど、腕っぷしで奪い返すから協力してくれって頼まれたら?」

「巴とその一族がやるなら、乗ってもいい。本気でやるならね」

 途端に小紅が私の肩を掴んで引き寄せ、囁き声で、

「癪だけど、戻ってあいつらに協力を仰ぐ? 蛇の一族とこの人も加勢してくれるなら、勝ち目はあると思うけど」

 私は少し考えたのち、「でも巴さんも九曜さんも、これ以上の協力はしないって言ってたよ。たぶんだけど、こういう話が出ることを見越してたんじゃないかな。行っても断られるような気がする」

「そうか。そうだったね」小紅はあっさりと案を引っ込めた。「あいつらも抜け目ないんだなあ」

「いちおう言っておくけど、三人きりで殴り込むのは断るよ。あんたたちに同情はするけど、さっき顔を合わせたばかりだ。それに、そもそも分が悪すぎる」

 栄さんがきっぱりと、私たちに告げる。〈祭火隧道〉に店を構え、人を雇っている彼女の立場からすれば当然のことだろう。

「話し合いも駄目、買い戻すのも駄目、暴力も駄目――どうすればいいかな」

 言いながら、小紅がこちらを振り返る。私は息を吸っては吐き、

「栄さん。その大会というのは、誰でも出場できるんですか?」

「ああ。〈祭火隧道〉の住人の、誰かひとり以上が保証人になりさえすれば」

「出る気?」と小紅。「優勝して、堂々と取り返すってこと?」

「他の手を思い付けない。想像だけど、巴さんの子供たちもそうやったんじゃないかと思うの。これなら文句は言われないでしょ?」

「正直なところ、それがいちばん可能性があると思う」と栄さんが同調する。「だってあんたたち、巴を負かしたんだろ? だったら見込みはあるよ。その気なら、あたしが保証人になってやろう」

 栄さんの、大きく力強い掌がこちらに差し出された。私もその上に自らの手を重ねる。最後に小紅の小さな白い手が、その上にちょこんと乗せられた。

「やってやろう。奴らに一泡吹かせるんだ。あたしと、はねると――霊感大王だっけ? あんたは」

 つい吹き出してしまった。ひとしきり笑ったあと、小紅が口許を覆いながら、

「ごめん、その名前は嘘」

「なんだ。源氏名だったのか」

「ただの出鱈目だってば。本当は更紗と小紅。聡明で勇敢な人間の娘と、その誇り高い友」

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