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「始めようと思います。最後の勝負の始まりで、あなたは私たちに質問を禁じました。小紅は不公平だと怒っていましたね。私も同感ですが、でもまったく手掛かりがなかったわけではない。でなければゲームが成立しませんから。あなたからすれば、もうとっくに与えてあるという認識なのかもしれません。これからそれをひとつずつ拾い上げて、検証していきます。まずは――第一の勝負から」

「飲み比べか。あれでなにが分かったと? 私たちが酒好きなことかな?」

「そうですね。あなたが明確な意思をもって私たちに見せた、という意味で言えばもうひとつ。大口を開けて壺を丸呑みしたことです。顎を外すことができるんでしょうか」

「確かに私たちは酒好きで、大口を開けられる。胃袋も大きい。それで?」

「まだ決定打には至りません。特定は難しい。難しいからこそ、あなたも見せる気になったんでしょう」

「なるほど。そうかもしれない。では続きを」

「はい。最初からずっと気になっていたことがありました。あなたは頻繁に『私たち』とか『一族』といった言い方をしますよね。全員でもてなしをする、と。でも実際に私たちの目の前に現れ、会話をしているのはあなただけ。これは不自然です」

 小紅が深く頷く。「私は、あんたの子供たちにもてなしてもらった覚えがない」

「それは申し訳ない」応じる巴さんの声はどこか愉快そうだった。「君には実に悪かったと思っているよ」

「君には、と仰いましたね」と私。「では私は? おそらく会っています。どこで? 第二の勝負において、です」

「ほう。あの輪投げの最中に?」

「ええ。まず変だと思ったのは、輪の手触りです。ぬるぬる滑って投げにくかった。それから的棒。動いて、私の投げた輪を弾き落とした。いずれも単に私が不利になるように仕込んだいかさまだと思ったのですが――それだけじゃなかった。あれは、あなたの子供たちが化けたものですね?」

 返答までに少し間が開いた。「なぜそうだと?」

「和解のためにあなたと握手したときの感触は、輪の手触りと同じでした。それともうひとつ。私が誤って輪を壁にぶつけてしまったとき、あなたはとても慌てていました。子供さんに怪我がなかったか、変身が解けてしまわないかと案じたんじゃないでしょうか」

 ふん、と息を洩らすような音が響いた。「私たちは頑丈だ。あの程度ではびくともしないと分かっていたが――まあ、あれは私の失態だった。君に余計な手掛かりを与えてしまったようだ」

「あなたが意図しなかったのであろう手掛かりは他にもあります。たとえばこの家の構造です。ここへ下ってくるまでの階段が、やたら長い螺旋状でした。それから輪投げの際に使った印も渦巻き。なんなら巴、という名前もそうです。螺旋に拘りがあるようですね」

「趣味嗜好の問題だろう」

「そうかも。あくまで判断材料のひとつとして挙げただけです。続けますね。私たちが初めて会ったときのことを覚えていますか?」

「駅でのことかな」

「はい。あなたは〈翼ある乙女の像〉に背を向けて立っていました。あの像が嫌いだと仰いましたね。なぜでしょう? 少女だから、ではないはずです。翼があるからでしょう。翼ある生き物は、あなたたち一族の敵だからですね?」

「――ああ」忌々しげな口調だった。「奴らはみな大嫌いだ」

「翼ある生き物と敵対する――ずるずると体を引きずって、地を這う生き物。〈宵金魚〉のことは嫌いではないようですね、お子さんが騒いでしまうとか。近しい生き物だからですか? それともまさか、好物?」

「想像に任せる。しかし私たちは、誓って客を食うような真似はしない」

 少しほっとした。私は短く息を吐いてから、

「現にこの部屋もそうなっていますが、あなたたちは薄闇を好む。目が利くからかと思っていたんですが、どうやら違うらしいと気付きました。あなたは不自然なまでに色に言及しないんです。酔った小紅をからかったときも、顔が赤いとは言いませんでした」

「そうだったかな」

「ええ。よりはっきり言いましょう。あなたは主に、熱でものを感知しているんです。だから小紅の顔が『火照っている』とか、腕時計を失くした私の手首が『涼しい』とかいう言葉遣いをしたんです。だんだん絞れてきましたね。ここに出てきていただけませんか?」

 一瞬ののち、巴さんが私たちの前に姿を現した。いまだ人の形状を保ったままである。薄笑いを浮かべながら、私たちを見渡している。

「なかなか見事だが、まだ肝心の答えを聞いていないからね」

「もちろん結構です」私は彼の顔を正面から見返した。「ところで、あなたは決して瞬きをしませんね」

「なに?」

「瞬きです。気が付いていませんでしたか? 冷え冷えとして瞬かない目。相対する者を怯えさせる目。でもそれは、あなたたちに瞼がないがゆえのものなんです。あなたたちは生まれつき、そういう生き物なの」

 巴さんはなにも言わなかった。その目はやはり、かっと見開かれたままである。

「ここまでが推論です。じゃあそろそろ、私たちの答えを言いましょう」

 私は小紅と手を握り合わせた。目で頷きを交わす。

「せーの――あなたたちは、蛇」

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