第17話

 私は今日も信寛君のために衣装をせっせと手直ししている。一度試着してもらったのだけれど、私が想像していた感じとは少し違っていたのでソレを直すことにした。やっぱり、頭の中で考えているだけでは現実とは違ってくるし、私にはまだまだ想像と現実を繋げることが出来ないのだと思わされていた。

 それでも、信寛君に着てもらうと私の作った衣装が喜んでいるように見えてくるのは不思議だった。感情なんてあるはずはないと知ってはいるのだが、それでも信寛君に着てもらった服は嬉しそうに見えていた。


「泉先輩って本当に奥谷先輩の事が好きですよね。入部した時から知ってましたけど、なんでもっと早く付き合わなかったんですか?」

「なんでって言われてもね。その質問は毎回誰かにされているような気がするんだけど、自分に自信が無かったっていうのが一番かな。私はどうしても自分に自信が持てなくて、信寛君に相応しいのかなってずっと考えていたんだ。杏子ちゃんはそう言うのってないかな?」

「私も自分に自信はモテないですよ。それに、泉先輩でそう思うなら私は自分の姿を鏡で見るのも自殺ものなんじゃないですかね。泉先輩ってこんなに綺麗で可愛いのに自分に自信が持てないってのは意外ですよ。あ、朋花から聞いたんですけど、泉先輩って奥谷先輩と同じ高校に入るために一緒に勉強してたんですよね?」

「うん、一緒に勉強してたよ」

「じゃあ、なんで合格した時に告白しないんですか。ずっと昔から好きだったのにそのタイミングで告白しないのって変ですよ。泉先輩だけじゃなくて奥谷先輩もなんで告白しなかったんですかね。一緒に勉強している状況で同じ高校に合格したって言うんなら、普通は告白してハッピーハッピーってことになると思うんですけど、どうして二人ともそれをしなかったんですか」

「それはね、二人ともヘタレだったからだよ。泉も奥谷もお互いに好き同士だって全然気付いていなかったんだよ。私は何度か教えてやろうかとも思ったんだけど、教えたところでこいつらは何も変わらないと思ったんだよね。だから、私はこの二人の自主性に任せようと思ってたんだけど、高校三年生になってもそれは叶わぬ願いだったのさ。だからってわけじゃないけど、私達は泉に奥谷がお前の事を好きだから告白しちゃえって感じで背中を押したんだ。それでも泉は半信半疑だったみたいなんだけど、結果的にはそれで二人が付き合うことになったみたいだから良かったよ。って思うだろ?」

「え、思いますけど、まだ何かあるんですか?」

「そうなんだよ。こいつらはさ、幼稚園から一緒のクラスにずっといて高校三年生になってやっと付き合ったと思ったのに、デートをすると言っても学校から一緒に帰るだけ。帰るだけなんだよ」

「え、帰るだけって、どこかに遊びに行ったりしないんですか?」

「そうなんだよ。奥谷には病弱な妹ちゃんがいて外で満足に遊ぶことが出来ないんだけど、妹が遊べないのに自分だけ遊んでしまうのは申し訳ないと思っているみたいなんだ。奥谷ってさ、よほどのことが無いと遊びに来ないんだよ。中学の時って何かと打ち上げで焼肉食べ放題とか行ってたんだけど、奥谷が参加したのって卒業式の一回きりだからな。普通はもっと参加すると思うんだけど、奥谷は妹ちゃんに遠慮してるのかそういう集まりには極力参加しないようにしてるんだよ。奥谷の妹ちゃんは気にしないで参加していいよって言ってるみたいなんだけど、奥谷は優しいからその言葉を変な風に受け取って頑なに参加していなかったんだ。つい最近なんだけど、私は泉と一緒に奥谷の妹ちゃんと遊ぶ機会があってさ、奥谷の妹ちゃんが『私に気を遣ってお兄ちゃんを誘わないのは変ですよ。私はお兄ちゃんがどこかへ遊びに行ったって気にしなんですから、もっと二人でデートしてください』って言ってたからね。泉も奥谷もそれは妹ちゃんの強がりだって感じてたみたいだけど、アレは妹ちゃんの本心で間違いないと思う。だからさ、泉はもっと奥谷を遊びに誘ったらいいんだよ。妹ちゃんだって泉と遊びたいだろうし、どこかに行くのが気まずいって言うんなら奥谷の家で遊べばいいじゃん。泉の両親も奥谷なら安心して嫁に出せるって言ってるんだろ?」

「嫁に出せるとは言ってないと思うけど、信寛君と遊ぶのには反対されていないかも。でもさ、休みの日に家に遊びに行くのって迷惑だと思うんだよ。休みくらい家でゆっくりしていたいと思うんじゃないかな」

「泉はさ、今までずっと自分の中に奥谷に対する気持ちを抑え込んできたんだろ。ずっと抑えたままやってきて、やっと付き合えたって時にまた気持ちを抑えてどうするんだよ。妹ちゃんだって二人はもっとデートして欲しいって言ってるし、奥谷の両親も泉が遊びに来てくれるなら安心して出かけられるって言ってたからな。泉も知ってると思うけど、奥谷の両親ってすっごく仲が良いんだよ。付き合いたてのカップルなんじゃないかって思うくらい仲が良いので有名だし、それと同じくらい奥谷と妹ちゃんの事を愛していると思うんだ。だからってわけじゃないけど、もっと休みの日も積極的に誘ってみたらどうだ。誘いにくかったら私も着いていくけど、基本的に私は彼女を優先させると思うから泉に付き合えなかったらごめんな」

「山口先輩も彼女さんと仲良しですよね。演劇部に入り浸ってるのって何か言われたりしないんですか?」

「演劇部に関しては何も言われないんだ。とある理由で私はこの時期だけ演劇部に力を貸すことにしてるんだけど、その理由は彼女にも伝えてあるし、それを理解してくれているんだ。どんな理由かは泉たちが引退した後でこっそり教えてあげるよ。もちろん、杏子だけじゃなくて後輩たちみんなに聞かせてあげるからね」

「へえ、何か面白そうな話が聞けそうですね。今から楽しみにしてますよ」

「でも、泉が自分から言いたいって言うんなら私は何も言わないけどね。舞台に立っている時とは違う熱い視線に耐えられることの出来ない泉には無理な話だとは思うけど、こればっかりは私の口から伝えるよりも奥谷と泉が教えてあげた方がいいと思うんだよな」


 愛莉ちゃんが演劇部に力を貸してくれているのは奥谷君のお願いだという事は知っているのだけれど、私が言いたくなるような事って何なんだろう?

 愛莉ちゃんが演劇部に来てくれているのは嬉しいことではあるのだけれど、改まって何かを言うようなことは無いと思う。少なくとも、私にとって愛莉ちゃんが演劇部のためにしてくれて良かったと思うことは、恭也さん達を紹介してくれたという事だけだ。それ以外では私を無理やり舞台に立たせる鬼みたいな女としか認識していない点は否めないのである。


「でも、残念ですよね。今年で山口先輩の作った脚本もおしまいですもんね。来年以降はまた新しく脚本を考えて演出とかも詰めていかないといけないですもんね。私もいくつか考えたりはしているんですけど、完全なオリジナルって最初は面白く出来ても後半になると勢いがなくなってしまって、山口先輩みたいに最後まで感動的なのってなかなか難しくて出来ないんですよね」

「そんなに深く考えなくていいんじゃないかな。私は三年くらいかけてこの一作に集中してるから出来ているのであって、他にも何作も作ろうと思ったら一つも完成していなかったと思うよ。だからさ、無理に一人で考えこもうとしないでみんなに相談してみるのも一つの手だと思うよ。私もみんなが気付いていないだけで、みんなの意見とか考えを取り入れたりしてるからね」

「そうですよね。よくよく考えてみたら私はプロじゃないんだしみんなに協力してもらうのだって悪いことじゃないですもんね。それと、山口先輩は演劇部員じゃないので引退とかないと思うんですけど、卒業するまでの間だけでも私が作った脚本を見てダメ出ししてもらってもいいですか?」

「泉とか奥谷じゃなくていいの?」

「はい、私は演劇部に入ってから色々な舞台とか見るようになったんですけど、山口先輩の作った脚本が一番好きなんです。好きな気持ちだけだったら物まねで終わっちゃうと思うんですけど、そうならないようにいいところだけ盗めたらいいなって思ってるんですよ。でも、ヒロインが一言もしゃべらないのって無理がありすぎません?」

「そうなんだよね。普通だったらそんなの無理だって思うんだけど、この話は泉がいて初めて成り立つ話なんだよね。若井先生も初めのうちは、この脚本は意味が分からないって言ってたんだけど、ヒロインが泉だって知ってからはこの物語の形に納得してくれていたんだよ。だからさ、杏子も誰が演じるかわからない話を作るんじゃなくて、この人が演じるからこうなるんだって話を作ってみたらどうかな。例えばさ、泉が一人で落語をする話とか作ってみたら面白いんじゃないかな」

「あ、それは面白いですね。引退する先輩たちは毎年後輩の作る芝居を演じてもらうんですけど、今年はそれでもいいかもしれないですね。でも、そうなると他の先輩たちが何をするのかさっぱり思い浮かびませんけど」

「ま、冗談はさておき、杏子は杏子の物語を部員皆で作っていくといいんじゃないかな。と、演劇部の部員でもない私からのアドバイスをプレゼントしておくよ」

「ありがとうございます。いつか、自分の劇団を旗揚げした時までその言葉を大切に取っておきますからね」

「いや、旗揚げした後も大事に取っておけよ」

「もちろんそうしますって。とにかく今は、先輩たちの卒業公演の脚本を完成させられるように頑張りますね。山口先輩はダメ出しお願いしますよ」

「ああ、私の彼女が許可してくれた時間内で協力するよ」


 杏子ちゃんは一年生ながらに色々と物語を作るのが上手だ。それだけたくさんの物語に触れてきたことの証拠なのだろうが、そのほとんどが愛莉ちゃんの見てきた物語と通じるものがあるらしい。というか、二人そろって趣味が合うようだ。

 最近では愛莉ちゃんと梓ちゃんのデートに杏子ちゃんが混ざることもあるようなのだが、三人とも好きなモノが一緒なので二人だけのデートとは違った楽しさがあると愛莉ちゃんが嬉しそうに言っていたのを思い出した。


 愛莉ちゃんは私ほどではないにしても人見知りをする方ではあるのだが、好きなモノが同じ仲間を見つけると一気に距離感が近くなってくるのだ。それが愛莉ちゃんと梓ちゃんが付き合うようになったきっかけの一つだとは思うのだ。

 私と信寛君にはそう言った面が無いにもかかわらず愛莉ちゃんが仲良くしてくれているのはどうしてなのだろうと思うことはあったのだが、小さい時からずっと変わらずに仲が良いのだから理由なんていらないだろうと思っている。

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