犯人捜し

「いくら足りない?」


 騒然とするクラスの中で、俺は綾部さんに尋ねていた。


「五百円」


「そっか」


 それくらいの誤差で、まあ良かったと思っていた。この状況下でヒューマンエラーは起きることは、さしておかしくないと思っていたから。


「誰だっ!?」


 しかし、そう思っている俺とは違い、血気盛んな声が教室に飛び交った。


「誰が他所のクラスの連中に原価のことを伝えたっ。ふざけやがって」


 引き合いに出されたのは、朝俺が話した原価の話だった。売上金が足りないとわかった時点で、皆の頭に真っ先に浮かんだ事柄がそれだったのだろう。

 俺があれだけ口酸っぱく釘を刺したからな。そりゃあ、いの一番に思うよな。


 こうなる気がしたから、俺はそもそもまずもって、原価の話を周囲にしたくなかったんだ。他所に言われる恐れもあって、話したからには多少過剰に釘を刺す必要があって、ミスがあった時に犯人捜しが始まってしまうから。


 いいや、もう少し上手い釘の刺し方はあったかもしれない。

 犯人捜しをすると宣ったのは、さすがに言い過ぎだったかもしれない。

 俺がそう宣ったから、クラスメイトは売上金が足りないとなった時点で誰かが原価のことを話したと連想して怒り狂ったのだから。


 ……とはいえ、あの場ではあれ以外の言い方は浮かばなかったし、今もそんなことを悔やんでいる場合でもないだろう。


「綾部。飯島さん。確か、二人が受付をやってくれてたよな。誰かからそう値下げの話、されたりしなかったのか?」


 俺が逡巡している間に、一人の男子が受付の役を担った二人に話かけていた。


 まずい。


 俺は急いで、周囲を確認した。


「……あたしはなかった」


 綾部さんが呟いた。

 そして、隣にいる矢面に立たされた飯島さんとやらは、黙って首を横に振った。


 クラスメイトが、一瞬言葉を失った。




 この騒動が、誰かが原価をばらしたための値下げ交渉に及ばれたのが原因ではないと悟ったのだ。


 

 あれだけ俺が口酸っぱく言った時点で。

 綾部さんや飯島さんが、いの一番に値下げの話を切り出さなかった時点で。

 売上金を勘定している時、綾部さんの顔が青々としていく様を見た時点で。




 俺は、今回の売上金未達の原因は既にわかっていた。


「……じゃあ」


 誰もが、気付いた。

 気付いてしまった。


 売上金が足りない理由。


 それが、値下げ交渉に及ばれたことではないと気付いてしまった。


 だとすれば、売上金が足りない理由は何なのか。


 言うまでもない。


 それは……。


「二人のどっちかが、お会計をミスしたんだ」






「違うよ」


 真相を掴んだクラスメイトの説を、俺は一蹴した。


 泣きそうな二人の顔を覗きながら、シーンとしたクラスメイトの視線を浴びながら、俺は続けた。


「多分、お会計の際のミスが起きての売上金未達ということは間違いはない。だけど、俺が言いたいことはそういうことじゃない。君達は今、売上金が足りないのは二人のミスが原因だと言いたいのかもしれないが、そうじゃないってことさ。

 何故なら、二人のお会計ミスが起きた理由は、あの状況からじゃ当然の成り行きだったから、だよ」


 クラスメイトも綾部さん達も、何も言わずに次の俺の言葉を待っていた。


「料理係を任されていた人達は気付いていたんじゃないかな。ジュース作りの作業に、受付に、彼女達の仕事が、周囲に比べてひと際多いことに」


 数名のクラスメイトが顔を見合わせ合って、遠慮がちに頷いていた。


「彼女達がお会計をミスした原因を辿っていくと、色々考えられるよ。

 直前に追加された割引券の存在。割引券の使用をチェック出来るシステムがなかったこと。一時の宣伝係追加による料理係の人手不足。そして、右肩上がりに売上が向上していき、時間を追うごとに繁忙していく出店。


 そういう要因が、彼女達のミスを生んだんだ。




 ……つまりさ、このミスが起きた主原因は俺だ。現場が混乱する要因を直前にたくさん作って、ミスが起きるかもしれない状況を作り上げた、俺なんだ」


 苦笑して、俺は頭を下げて続けた。




「皆、本当にごめん」


 


 クラスメイトは、依然として押し黙ったままだった。

 文句を言う気がないなら、それはそれで助かる。


 俺は顔を上げた。


「犯人捜しはもうやめよう。何せ、犯人は俺だからね。これ以上俺のミスを見つけて、小姑のようにチクチクと責めるのはやめてくれ。

 ……もっと建設的な話をしようじゃないか」


 少しだけ、クラスに活気が戻った。

 俺は苦笑しながら、綾部さんに顔を向けた。


「綾部さん、ミックスジュースの在庫はもうないんだよね?」


「う、うん」


「じゃあ、余ったフルーツとかはないの?」


「えぇと、確かバナナが一本だけ」


 綾部さんは少し呆けた様子で、机の端に置かれた一本のバナナを指さしていた。


「そう。じゃああれ、俺が買うよ」


「え?」


「俺、バナナが好きなんだ。三度の飯よりもずっと好きでさ。本当は今回の出店も、バナナを売りたかった」


 俺は、場の空気を和ませるために嘘をついた。

 そして、続けた。


「だからさ、あのバナナを買うよ。ずっとバナナが食べたくてしょうがなかった。だから、買うんだ。


 ……五百円でね」


「……あ」


 財布から五百円の小銭を一枚綾部さんに手渡した。そして俺は、綾部さんの背後にある売上金にそれを加えるように指さした。


「良かった皆」


 俺は小芝居を挟みながら、机の上に放置されたバナナの方へ歩いた。


「俺がバナナが好きなおかげで、売上金がぴったりになったよ」


 そして呆気に取られる皆に、そう報告をした。


 クラスメイトは、売上金が達成できた喜びを爆発させていた。

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