ミックスジュース

「古田、質問があるんだけど」


 そう切り出したのは、陽の中の陽の者、高梨さんだった。俺、この表現好きだな。


「何でしょう」


「学園祭の飲食店と言えば、なんだかホットスナックとかそういうイメージなんだけど。そっちじゃ駄目なの?」


「確かに、ホットスナックって学園祭の定番だよね」


 綾部さんも同調しおった。


「優勝するに向けては、駄目だと思ってる」


「なんで? 需要がどうのって話なら、ホットスナックの方が良くない? 下手な食べ物より温めるだけで楽に作れるし、売れると思うんだけど」


「理由は二つ。一つ目は、その温めるって工程が必要なこと」


「というと?」


「多分、ホットスナックといえば……ホットドックとかから揚げとか、あとはフランクフルトとかかな。その辺ってさ、温めるのに多少時間がかかるじゃないか。かき入れ時を読んで事前に温めるとかも中々出来ない。聞いたら、学校にフードショーケースはないようだ。で、そうなると、調理の時間、注文を待たせる必要が生まれる。その時間に、多分お客が多少は逃げていくだろう?」


「うーん。そうかなあ」


「あともう一つは、ホットスナックの売れ行きが好調な時間は恐らく限られてくるってこと。売れる時間がいつかといえば、お昼時。

 だけど多分、お昼を過ぎたら途端に売れ行きは下がるだろうね。ホットスナックは空腹時以外に食べる気は中々起きないだろう」


「それはそうかも」


 なんとか陽の中の陽の者、高梨さんを納得させられたらしい。


「そうなると、確かにドリンク系はいいかもね。だけど、デザート類じゃ駄目なの?」


「デザートって、例えば?」


「うーん。ケーキは駄目で……みたらし団子? あれもタレを作って、あとは団子を焼くだけ……って、それも温めるのか。じゃあ、かき氷!」


「それも結局、氷を削る時間が必要になる」


 正直所要時間がどんなものかは知らないが、俺は言った。


「うー。じゃあ逆に聞くけど、ミックスジュースの利点を教えてよ」


「利点は、全部で三つあるよ」


 俺は三本指を立てた。


「一つは、調理の時間があまりかからない。フルーツ買ってきてミキサーでかき混ぜて、最後に見栄え良くするためにサクランボでも置けば完成だからね」


「でもそれ、調理時間はあんまりホットスナックとかと変わらないんじゃない?」


「そうかもね。だからの二つ目。ミックスジュースは作り置きすることが出来る。ミキサーまでかけておけば、当日の調理班を削減して、宣伝班に人員も割けるようになる」


「あっ、それはそうかも」


「だろう? この辺が、ホットスナックやかき氷との違いだね。保温するよりずっと楽だし、冷凍保存よりも手軽な保冷だからね」


「なるほどね。で、三つ目は?」


「三つ目は、当日の売れ行きが見込めること」


 微笑んで言うと、高梨さんは疑問げに首を傾げていた。


「それはどうかなー。ホットスナックとかより定番感がないし、むしろ敬遠されたりしない?」


「それはない」


 即答すると、高梨さんは目を丸めた。


「学園祭をやるのは九月。まだまだ残暑がある季節で、そんな暑い日の昼間に、果たして君はホットスナックを食べたいかな?

 むしろ、冷たいドリンク系とか、欲しくならない?」


「……なるほどね」


「はい。ひと通り俺の意見は述べさせてもらったけど、他に気になることがある人はいますか?」


 俺はクラスメイトに尋ねた。

 ……返事は、ない。


「じゃあ、学園祭の出店はミックスジュースで決めようと思います。次に、当日の役割を決めてしまおう。こういうのはさっさと決めてしまった方がいい。

 出店を決めるつもりだった予定時間よりさっさと決まったし、ここでそこまで決めてしまえば、次回のこの時間は催し物の練習に当てられるようになる。そっちは多分ダンスとかになるんだろうし、総合優勝するにはそういう作業系の時間を多めに取った方がいい」


 そう言って俺は、黒板に向き直って、当日の出店の役割を板書していった。


「必要そうな役割は、大きく分けて二つ。宣伝と料理だ。三十人クラスだし、二時間の二交代制にしようか。十五人編成だね。

 で、宣伝と料理の役割はこれくらいでいいだろう」


 俺は黒板にデカデカと役割を書いた。


・宣伝 十人

・料理 五人


「料理少なくない!?」


 綾部さんの突っ込みが入った。

 そういう反応助かるよ。サクラの時にお願いしてはいなかったし、素なんだろうけどさ。


「言ったろ。ミックスジュースは保冷が効くって。どこまで売れるかわからないし、作りすぎるのは問題だけど、作り置き出来る内にそれなりの量を作り置きしてしまえばそんなに人数がかかる仕事でもない」


「でも、そんなに宣伝必要かなあ」


「綾部さん、町おこしの件も学校案内のパンフの件もそうだけどさ。このクラスの人であれば、宣伝とか認識の共有をすることの重要性は理解しているはずだよ」


「……う」


「例えば君の意見だと、学園祭のしおりでこのクラスがミックスジュースをすることの見出しは見るし、教室から呼びかけをするだろうから、それでもそれなりの集客を見込めるってことなんだろう。

 だけどさ、それだとせいぜい、それなり、だよ。


 町おこしの件も、学校案内のパンフの件も、自分達の意見を世に伝えようとしたから、キチンとした成果を出せたんだよ。自分達の口から、如何にその商品を買ってほしいか。

 それを伝えることの成果がどれだけあるかは、よくわかっているだろう。

 

 何せ、俺達の口から町おこしをしたいと言ったおかげで、この市の市長がわざわざ学校に訪問してくれたくらいなんだからさ」


「確かにね」


「だからさ、むしろもっと宣伝に人手を割くべきだって俺は思っているよ。まあ最悪その辺は後々調整も出来るし、料理組と違って学園祭を見回り出来る代わりに宣伝組には何かノルマを課そうか。ポスターは後で作ることだし、そのポスターを所定の枚数配りきること、とかかな」


 クラスメイトはノルマという言葉に驚愕した様子だったが、思ったよりも大したことではなくて安堵のため息を吐いていた。


「……さて、じゃあ人数の件で、反対意見はありますか?」


 俺はクラスに尋ねた。返事はない。


「よし。じゃあ早速、手短に役割分担を決めようか」


 そうして、出店の内容、役割決めは、俺の独壇場で幕を下ろした。

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