クラスメイトへの承認作業

 夏休みも終わり、二学期最初のロングホームルームは始まった。

 そこでは二学期に向けての学級委員の選定。そして、学級委員長を中心とした学園祭の出し物決めが行われることになっていた。


 二学期の学級委員長、並びに副委員長は、一学期と同じ人間で臨むことになった。つまるところ、委員長七瀬さん、副委員長俺だ。


 それから須藤先生主導の学級委員決めは、滞りなく進捗していった。


 学級委員が一通り決まったところで、学園祭の催し物の件で俺達学級委員に、須藤先生は取り纏め役のバトンを渡した。


「それでは早速、学園祭の催し物と出店の内容を決めたいと思います……が、実は事前に古田君とこんなことがいいのでは、と決めてきています」


 七瀬さんの言葉を合図に、女子達がきゃーきゃー喚きだした。

 そんなことを無視しながら、俺は事前に考えていた……まずは出店の内容を書いていった。


「二人共、随分やる気あるみたいだね」


 女子の誰かが茶化すように言ってきた。


「うん。あたし、今回の学園祭優勝する気なの。勿論、皆と楽しんでね」


 七瀬さんの快活な声での意見に、クラスが湧いた。

 こういうのは押しつけがましくない程度に率直な感情を言うに限る。目標もはっきりさせられるし、やる気を買われて乗ってきてくれるかもしれないし。


「確かに来年もクラス替えあるし、このメンバーでの学園祭は最後だもんね。あたしも思い出作りたい!」


 ほら、綾部さんが乗ってきた。


 ……実を言うと、綾部さんには事前に俺達の目的を言い含めていて、協力関係を結んでいた。つまるところ、サクラという奴だ。提起者側の意見だけだと、人によっては意見を迷ってしまう場合もあるからな。

 自分と同じ目線の人が、提起者に賛同している、という状況が大事なのだ。


 卑怯な真似と思うかもしれないが、自分の都合に相手を巻き込む上での準備を怠って失敗するよりは全然マシだ。


 それに、俺達は何もクラスメイトにとって不利益を生じさせる気があるわけではないし。


「はい。というわけで、まずは学園祭でやる出店の方から決めよう。こっちの方が細部まで決めないといけないから時間かかりそうだし」


 俺は黒板に板書を終えると言った。


「今、古田君に書いてもらった事項が、出店に関してあたし達がやれそうなこと、と考えていることです」


 端から七瀬さんが読み上げて言った。


・飲食店

・展示会

・アトラクション

・演劇


「大まかにこの四種類だと思っていますが、他に意見のある方はいますか?」


 七瀬さんに言葉に、返事をする人はなし。


「問題ないと言うことですね?」


 再び七瀬さん、相変わらず返事はない。


「じゃあ、この四種類の中からまずはどの出店をやるかを決めましょう。そこから選んだ一種類で具体的に何をやるのか、を決めたいと思います」


 七瀬さんは、一つ咳ばらいをして続けた。


「それで……先ほどもあたしの口から言ったんですけど、今回の学園祭の目標、クラスで出店の売り上げとか催し物の順位とか、丸まる含めての総合優勝にしたいと思っているのですが、いかがでしょうか?

 さっき綾部さんも言っていましたが、このクラスでの学園祭は今年限りとなります。町おこしの一件もありましたが、あたしはもっとこのクラスでの思い出を作りたいと思っているからです。

 どうかな?」


 しばらくクラスメイトは、近場の席の連中と顔を見合わせ合っていた。

 横眼から、七瀬さんの緊張している面持ちが見て取れた。まあ、かくいう俺も多少緊張している。仮にここでクラスの目標が別の内容に定まったとしても、俺と七瀬さんは裏で今掲げた目標に向けての動きを進めるつもりではあるのだが、やはり二人よりも五人。五人よりも三十人。

 たくさんの人の手助けがあった方が確実にその目標を叶えることは容易になる。


 しばらくして……。


「賛成でーす」


「良いと思います」


 クラスメイトが口々に俺達の目標に乗っかってきた。安堵から、俺は悟られないようにため息を吐いた。


「ありがとう、皆」


 七瀬さんの言葉に、


「ううん。このクラスでの思い出を作りたいのは、あたし達も一緒だもん」


 陽の者グループでもひと際陽の者の高梨さんが言った。良いこと言うじゃん! だから、いつもはもう少し静かにしような。


「それに、古田がいればどうにかなるでしょ?」


 高梨さんは、唐突に俺に話を振ってきた。


「どうせ、色々もう画策してるんでしょー? 今もそれくらいの勢いで話しているように見えるもん」


 おう、鋭いな。というか、随分と買い被られているものだ。


「まあね」


「じゃあ、早速教えてよ。何をする気なの?」


 俺は七瀬さんに目配せをした。なんだか俺が話す流れになっているがいいのか、と。

 

 七瀬さんは微笑んで頷いたから、俺は頷き返して黒板の板書した文字の前に立った。


「まず、事前に俺と七瀬さんで今回どんな出店をするか一回考えてみたんだけど、やることは飲食店にしようと思ってる」


「どうして?」


「展示会も演劇も、学園祭の内容よりも少しお金を出せば本物のそれを拝める。優勝するという目標に向けて一番大切なのは、たくさんの人が買ってしまう。つまり需要過多なものを売る必要があるってことだろう?

 そういう意味で考えると、どこか学生の自己満感が拭えない展示会と演劇はない。冷やかしだとか学園祭だからだとかで、人入りは最低限はあるだろうけど、万人から受ける内容では決してない」


「だったら値段を上げるとかは?」


「値段を上げたら、むしろ余計客足が遠のくだろう。学園祭で財布の紐が緩まっているとはいえ、物には限度がある。それだけじゃない。値段を上げることは、イコールそれ相応の高クオリティを要求されるってことだ。果たしてあと一月程度で、客に満足してもらえる演劇や展示会を出来るだろうか?

 俺は無理だと思っている」


 俺は敢えて無理だと明言した。

 そこを口に出さなければ、つまり曖昧のままにすれば、他者からはどうにかする手があるのではと思えてしまうからだ。

 だけど無理だと明言してしまえば、真っ当な反対意見が出ない限りはこの意見は全員に優勝は無理なんだと理解させられる。


 それに、俺に言い包められないほどの反対意見があるのなら、話を翻してその案に乗っかってしまえばいいわけだからな。


 自分の意見を言うことの重要性は、こういうところにあるわけだ。


「……じゃあ、アトラクション系は?」


「セットを作るのに時間がかかるし、景品とかも用意しないといけないわけだろう。催し物はこれから決めるわけだけど、体育館の檀上で十分程度皆で何かをやるわけだろう?

 その練習プラスセット作成の時間。一月でこれもやっぱり辛い。それに加えて、やるアトラクションを万人受けするようなものを作って、何か景品を用意するのなら、それでも採算を取らなきゃいけない。

 そういった理由から、これも時間が足りないと思っているわけだな」


「ふーん。それで、飲食系ね」


「うん」


 俺は微笑んで、クラスメイトを見回した。


「というわけで、学園祭の出店は飲食店で進めようと思うけど、反対意見はあるかな」


 シーンとする教室に、


「ないね。じゃあ次に具体的に飲食店として何を売るか、だね」


 俺は微笑んで言った。


「と言っても、どうせ何をしたいかは検討つけてきてるんでしょ、古田」


 微笑む俺にそう言ったのは、陽の中の陽、高梨さんだった。


「勿論」


 俺は即答した。


「それは?」


「ミックスジュースさ」


 クラスメイト達はピンと来ていないのか、再び黙りこくった。

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