大義名分を掲げて正当化する

 綾部さんは言っていた。

 いつもの連中を頼るのは悪いかな、とか、ナンパ男達に対して本心を言うのは躊躇われた、とか。


 だから正直に言えば、そんな彼女の風見鶏な性格は分析なんてするまでもなくダメなところであることはわかっていたのだ。


 だけど、それじゃあいけない。


 そういう問題点というのは、口にしないと身に沁みない。分析してみないと、直面出来ない。


 人はズルく狡猾な生き物だ。

 時には富を築くために入信者を騙し金をせびり、時には繁栄するために国民を欺き戦争を行う。


 自らの行いが正しくないとわかっていても、大義名分を掲げて正当化して、私腹を肥やす。


 彼女のした行為はそこまで悪行ではない。だけど、多分繰り返す内に、その場しのぎをする内に、常態化して抜け出せなくなる。


 そうなる前に、嫌われようと指摘しないといけないのだ。


 指摘されれば、口にされれば、もう逃げ道はないのだから。



 ……というご高説は放っておいて、綾部さんが露骨に凹んでしまった。どうしよう。


 一先ず俺は、自分の言い過ぎる性格を、綾部さんを真っ当な道に進めるため、という大義名分を掲げて正当化しよう。

 そう、これは仕方なかったのだ。

 

 仕方ないなあ。


 仕方ないなら、仕方ないじゃないか。



 

「ごめんね。言い過ぎた」




 とはいかなかった。良心が、ね。さすがにね。


 綾部さんは、黙って首を横に何度か振った。


「でも、こうして言われてみなきゃ、多分ずっと同じこと繰り返していたと思うよ? 今までだって、ずっと他人に遠慮していたでしょ?」


 申し訳程度に大義名分を掲げて正当化してみた。俺ってやつは、とんだクズ野郎だなあ。アハハ!


「ありがとう」


 しばらくして、綾部さんは呟いた。


「古田の言う通りだよ。あたし、ずっと自分のこんな性格嫌だなと思ってたの。だけど、どうにも怖くて、一歩が踏み出せなかった。いきなり他人に遠慮しなくなって、嫌われたりしないかなって不安だったの。

 多分、作文だけの話じゃない。君の言う通り、あたしは昔からこうだった。同じこと、本当に繰り返していたと思う」


 乗ってきた! セーフ……。


「作文の件もそうだけど、納期が守れない人が将来どうなっていくか、わかるかい?」


 俺は調子に乗った。


「え?」


「それはね、信用を失うんだ」


「……信用」


「そう。どれだけ君が頑張ってもさ。最終的には人の評価を判断するのは結果であり実績なんだよ。だから今みたいに迷い続けて納期遅延を繰り返していたら、君は最終的に、誰からも信用されなくなる。あいつは出来ない奴ってレッテルを貼られるんだ。そうなれば、君の将来への道は狭まっていく一方だ」


 息巻いている内に俺は楽しくなってきていて、整然とした声のまま続けた。


「ま、君可愛いからそうそう男の上司陣とかからは嫌われないと思うけどね」


「か、かわっ」


「男って生き物は単純でねえ。可愛い子には滅法弱い。可愛い子があそこわからない。ここわからないって聞くだけで、鼻の下伸ばしてなんでも教えてくれるよ。まあだからこそ余計にさ、困った時には君はさっさと他人を頼るべきなんだ。

 可愛い子に頼られて嬉しくない奴なんていないんだから」


 うんうんと頷きながら言い切ると、綾部さんが頬を染めて俯いているのに気が付いた。社会人時代に見てきた美人の処世術を語ったつもりなのだが、どうしたというのだろう。


「ねえ?」


「ん?」


「ふ、古田もそうなの?」


「え?」


 よくわからず首を傾げると、綾部さんは真っ赤な顔で睨んできた。


「だからっ、古田もその……鼻の下伸ばして、色々教えてくれるの?」


「いや、それはない」


 顔の前で手を振ると、綾部さんは白けた顔で俺を睨んでいた。


「だって、俺なんかに他人が愛想振りまくわけないじゃないか。裏がないかと不安になるね、間違いなく。まあ頼まれたら助けるけどさ、出来る限り」


「……嘘つき」


「え、なんだって?」


 聞き返すも、綾部さんはそれ以降怒ってそっぽを向いてしまうのだった。一体、どうしたというのだろう。


「……まあいいや。とにかく、さっさと作文を終わらせてしまおう。先生もこれ以上は困ってしまうだろうし」


 と言いつつ、俺は先生の方の作業も遅れているのも知っているんだけどね。綾部さんには尻を叩く意味で何も言わないけど。

 納期遅延しているのに依頼主が指摘してこない時点で、彼女は向こうも遅れているのでは、と考えるべきではあったのだろう。

 そうすれば、俺からこんなに口うるさく色々言われることもなかった。


「そろそろ本題に戻ろうか」


「……わかった」


 綾部さんは不貞腐れながら同意してきた。


「で、だ。早速だけど、君が思う学校に入って良かったことをまとめてみよう。俺も手伝う。君一人では主観的視線でしか見れなくてまとまらなかったことだけど、客観的に見れる俺が交じれば多分選定の速度は段違いだ」


「うん。わかった」


「まずは、四百字に対して良かったことをいくつまで絞って、作文に落とし込むかを決めよう」


「うん。うーん。……ねえ、古田はいくつが良いと思ってるの?」


「一つ」


「えっ」


 綾部さんは目を丸めた。


「す、少なくない? 多分、原稿用紙の半分も書けない気がするんだけど」


「綾部さん、今から君が書く作文を読むのは誰だい?」


「誰って……受験生」


「そう。どういうことかというと、これを読む人は学校に興味はあっても、君には興味がないかもしれないってことだ」


「……えぇと、どういうこと?」


「つまり、君がこれまでの学校生活で学び知って理解して、とにかく色々あって良かったと思ったことをどれだけ作文に落とし込んでも、興味のない人からしたらへー、そうなのかとしか思われないってこと。皆が皆、君の全てを知っているわけじゃないんだよ。

 だったら、語る良かったことを一つに絞り込んで、どうしてそれが良かったのか、どういうことがあって良かったと思ったのか。その良かったことがあったから、受験生の皆にはこんなことを伝えていきたい。是非、入学してねーくらいにした方が、向こうにしたら君の人となりも知れて感情移入しやすいだろう」


「なるほど」


「まあ不安なら、第二候補までは用意しよう。それ以上は絶対にダメだ。話がただただ薄くなって、上辺だけに見えてしまうだろうから」


「わ、わかった」


「さてと、じゃあ次に作文に落とし込む良かったこと、だね」


「うん」


「……ねえ、綾部さん。この作文、何人くらいが書く予定だとか、そういうの知ってる?」


「なんで?」


「いや、選定するのはいいんだけど、他の人と被ったら嫌だなって。似たような話だとお腹一杯になるだろうし、印象が薄まる」


「えぇとね、この前そういえば、須藤先生に聞いた。確か、あたしも含めて三人」


「どんな人?」


「一人は生徒会長の足利さん。もう一人は、全国模試で凄い良い点取ったっていう、三年の清水さん」


「へー」


 なんだか錚々たるメンツだな。その中に交じるこの少女って、実は結構凄い人なのでは……?


 まあ、とりあえず。


「わかった。じゃあ、この辺はダメだ」


 俺はペンを持って、駄目そうな案に取り消し線を付けた。


<i520862|34079>


「勉強系と行事系だね」


「成績優秀者と生徒会長相手だと、学校行事や勉強の話は向こうの分野だろうし、何なら初めから向こうはそういう話を書いてくるだろう」


「そうかも」


「後、この辺もダメそうだね。なんなら自分から否定しているし」


 俺は、再び取り消し線を付けた。


<i520863|34079>


「あー。その辺は、正直なあなあで残してた」


「で、だ。この先輩後輩がーってのと友達ってやつ、この辺は一緒くたに出来る気がするんだけど。要は、全部交友関係にまつわる話だろう?」


 そう言って、俺は再び取り消し線を引いて、新たに十一番を書き足した。


<i520864|34079>


「おー、凄い凄い」


「ま、こんなものだろう。後は、九番と十一番のどちらを第一候補とするかだけど」


 そう言いながら、俺は再びペンを走らせた。


<i520865|34079>


「星を付けた方を第一候補にしよう」


 満足げに、俺は提案した。

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