生真面目後輩は憤る

 倉橋さんの要求通り、俺達は翌日になり彼女に助っ人要請をしたバスケ部、ソフト部に会うことにしたのだった。


「で、どっちからがいい?」


 背後にいる倉橋さんに尋ねた。

 倉橋さんは戸惑った顔をしながら、うーんと唸った。


「昨日、誘ってもらった先輩達に逆に申し訳ないと言われたと言ったじゃないですか。実はあれ、ソフト部だけの反応なんですよね」


「というと?」


「実は、バスケ部の方にはまだ何も……」


 倉橋さんは最後口ごもった。

 まあつまるところ、言い出しづらくてまだ言えていない、ということだろう。


「じゃあ、バスケ部の人から話そう。まずはバッティングしたことを念頭に置いてもらった方が、後々調整も楽になる」


「はい。先輩、ごめんなさい」


「何を言っているんだか。後輩のフォローをするのが、先輩ってもんだろう」


「せ、先輩……」


 倉橋さんは目頭を熱くしていた。


 そんな俺達に、冷ややかな視線を送る少女が一人。


「古田君。あなた、バスケ部の誰に話しかけるのかわかってるの?」


「ん? んー。知らない」


 あっけらかんと首を横に振ると、七瀬さんはため息を吐いた。


「じゃあ、結局倉橋さんがバスケ部の方に声はかけなきゃいけないわけね」


「えぇ。それさえも、ちょっと気が重い」


 珍しく弱気な倉橋さんに、俺は物珍しいものを見れたと微笑んだ。


「何笑っているんだか」


 再び、七瀬さんにため息を吐かれた。


 そこからは、昼休みの時間もあまりないということで、三年の教室がある方へ急いだ。倉橋さんのバッティング問題解決のために、俺達は随分と急いで昼食を頂いていた。


「あの、白井先輩、いますか?」


 だからか、バスケ部部長で倉橋さんに助っ人を頼んだ白井先輩とやらはまだ昼食を友人と仲睦まじく頂いている最中だった。


 倉橋さんの呼びかけに、談笑していた白井とやらは、露骨に顔を歪ませていた。


 ドスドスという音が聞こえるような図々しい歩調で、白井先輩はこちらにやってきた。


「何?」


 冷たい声に、俺はなんだか嫌な予感というか、先日の市役所で受けた仕打ちのような既視感を覚えていた。


「お昼の最中にすみません。僕、倉橋さんの部活の先輩でして」


 こういう時はさっさと介入するに限る。

 そう思って、俺は白井先輩の甲高く冷たい声に気圧される倉橋さんの前に割り込んだ。


「白井先輩。再来週の総体で、倉橋さんにバスケ部の助っ人、頼みましたよね?」


「頼んだ。それが?」


 こちらが後輩だからなのかはいざ知らず、相変わらず白井先輩の図々しい態度は変わらなかった。なんだか、図々しい態度が絵になる人だな。それ、誉め言葉なのだろうか。


「実はですね。倉橋さん、他にも大会の助っ人に呼ばれてまして。バスケ部の試合の日、他の部活の試合も被ってしまったんです」


「はあ?」


 威圧的に白井先輩は言った。


「何よそれ。ふざけないで。断ってよ。どこの部活か知らないけど」


「白井先輩、話を急がないでください。俺達……というか倉橋さんは、別にバスケ部の助っ人を断るつもりではないです」


 白井先輩は眉間に皺を寄せながら、小首を傾げた。

 というかこれ、ソフト部の人とは随分と対応が違うな。さっさとソフト部の人にお願いした方が楽な気がしてきた。


 いやでも、ソフト部の人達が応じてくれるとも限らないし、ここでその話を出さないで、後になって父兄の車ありませんか、とか聞いたら、なんでさっき言わなかったんだってキレそうだなあ。初対面ながら、この人自分に都合が悪いことには感情的になる人みたいだし。


 ……致し方なし。


「運よく時間は被らずに、時間制のバスケが先に試合をすることから、移動に一時間は取れそうでしてね。そこで相談したいんです」


 白井先輩は言葉を挟まなかった。最後まで俺の話を聞く気だろうか。


「先輩、それ以外のバスケ部の方でもいいんですが、誰か父兄の方に車を出してもらうことは出来ませんか?」


「出来ない」


 即答だった。最早確認する気は皆無である。


「というか話を戻すけど、もう一方の部活の試合への参加、断ってよ」


 そして、白井先輩は話を戻した。そっから引っかかっていたのであれば、最早この話がうまくいくことはないだろうな。


「何故ですか?」


「あたし、その試合に彼呼んでるんだよね。だから、どうしても勝ちたいわけ」


「ほう。で?」


「だからさあ。この子に手を抜かれるようなことがあったら困るの。わかる?」


 倉橋さんの前に立っているから、彼女がどんな反応をしているかは見えなかったが、七瀬さんが倉橋さんに近寄っているのを見ると、多分憤っているか、落ち込んでいるか。はたまた、怒っているか。


「わかりません。続きをどうぞ」


「だーかーらー! 同じ日に二つも試合に出るんでしょ? そんなの、ペース配分考えて手を抜くかもしれないじゃん!」


「あたし、そんなことしませんっ」


 倉橋さんが声を荒げた。

 これは、怒、ですね。


 まあ、白井先輩の言い分はわかる。勝ちたいと思っている人にしたら、倉橋さんが体力的なことを考えずに別種目の試合を二つもこなすだなんて、そんなの嫌だと思うのは当然だろう。


 倉橋さんは生真面目だ。

 だから、今こうしてそんなことはしないと言った。憤って怒った。だけど、いざ試合になればそうもいかなくなるかもしれない。


 疲れて、不意に足が止まることもあるかもしれない。


 ……倉橋さんの願いは、無謀なのかもしれない。


「先輩、わかりました」


 俺は、微笑んだ。




「その話、却下です」




「あ?」


 白井先輩は露骨に顔を歪めた。


「先輩、あなたは自分の立場を勘違いをしている。あなた、さっきから倉橋さんに対して随分と横暴な言い振りをしているけれど、あなた、本当はそんな態度で物を頼んじゃいけないはずでしょう。


 だってあなた、運動神経が抜群な倉橋さんを頼っているんですよ?」


「あたしの方が先輩だろうがっ!」


「先輩。あなた倉橋さんよりも二歳も年上のくせに、倉橋さんよりも運動能力が低いんですね」


 白井先輩は口を閉ざした。


「俺はバスケの知見はないけれど、先輩に一つ聞きたいことがあります。

 バスケで偉い人ってのは、年長者なんですか? 試合に出れるかどうかは、年功序列で決まるんですか?


 そうじゃないでしょ。試合に選ばれるのは。いいや、なんだってそうだ。いつだって偉いのは実力がある人だ。年上が偉い場所なんて、一切ないんですよ。そんなの古臭い考え方だ。自分が年上だとしか誇れるものがないから、そう言うんだ。

 あなただって一年の時とか、同じこと思ったんじゃないですか。


 まあ、そんな話はもうどうでもいい。


 もうあなた方に最初の車の件を掘り返すつもりはないです。手伝ってくれる気がないこともわかったしね。その件はこっちでどうにかする。忘れてくれ。

 だけどさ、あんたのその横暴な言い振りには、さっきも言ったけど絶対に同意なんて出来ないよ。


 彼氏とやらに試合に勝った姿を見せたいなら、誰かの手を借りる前に自分の力でどうにかすればいいじゃないか。


 力が及ばないことをわかっているか、もしくは不安だったから倉橋さんを頼りたいっていうのなら、頭を下げた上で誠心誠意頼むべきなんじゃないのか。彼女の思いを汲み取ってあげるべきなんじゃないのか。


 あんた、色々とおかしいよ」


 そう言って、俺は踵を返した。


「行こう。昼休みも短いし、ここにいたら時間の無駄だ」


 背後の女子二人に言うと、二人はしばらく呆けた後、俺に続いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る