生真面目後輩の困りごと

 一先ず倉橋さんを椅子に座らせて、俺達は彼女の困りごとに耳を貸すことにした。


「ごめんなさい。ご迷惑をおかけして」


「迷惑だなんて思ってない。むしろ、あたしはあなたにもっと頼ってもらいたいと思っているわ。だって、折角同じ部活の先輩になれたんだもの」


 優しい声色の七瀬さんに、倉橋さんの目尻に涙が溜まっているように見えた。


 ……俺にもそれくらい優しく当たってくれないだろうかと思ったが、口には出さなかった。野暮だと思ったってのもあるが、多分この場の空気を壊すと、一生七瀬さんに恨まれると思ったから。


「それで、何があったの?」


「……あたし、運動は嫌いじゃないし、苦手でもないんです」


 そう語りだした倉橋さんを他所に、俺はさっきの七瀬さんが教えてくれた情報を思い出していた。


 そういえば倉橋さん、体力テストで凄い成績を収めたとか。部活の助っ人で引く手あまたになる程度には。


「だから、球技方面の部活動の総体の助っ人に呼ばれても、冷やかしになって悪いかも、と思う気持ちはあっても、試合に出ることは嫌でもないし、むしろ楽しそうって思っているんです」


「その言い振りだと、やっぱり大会の助っ人に呼ばれてるんだ」


 俺が聞くと、倉橋さんは頷いた。


「バドミントン団体戦。バスケ部。あとはソフトボール部」


「三つも!?」


 驚くあまり、声を荒げてしまった。本当、運動なんでも出来るんだね、君。

 というか、その言い振りだとつまり……。


「大体読めてきた」


 そう呟いたのは、七瀬さんだった。


「……多分、先輩達の思った通りです。

 実は、一昨日ソフトボールの対戦票を決めるクジ引きがあったみたいで。それで、試合がある日がバスケ部の試合日と重なってしまったんです」


「なるほど」


 折角倉橋さんが困って俺達を頼ってくれたというのに、それは結局人のためにする行為だったわけか。少しだけ残念に思ってしまった。


「会場は?」


 俺が尋ねると、


「バスケ部は古瀬スポーツ公園の体育館。ソフトボールは釜梨川スポーツ公園です」


「十キロちょいだね。試合は同時刻に開始されるの?」


「いえ、ソフトボールがバスケの試合終わり、一時間後くらいにスタートです」


 一時間、か。

 十キロという距離を考えると、歩いていくにはちと遠いか。試合終わりに走るにも、それにもやはり体力的にキツイだろう。


「……どちらか、断ることは出来ないの?」


「そんなことはないです。むしろ、誘ってもらった先輩達から、逆に申し訳ないと言われている始末です」


「……じゃあ」


「それでも、あたしはやっぱり両方出たいです」


 倉橋さんは俯きながら、強めの口調で言った。


「どちらかしか選べないだなんて、そんなの嫌です」


「倉橋さん。それは我儘ってやつなのでは?」


 そう言うと、倉橋さんから睨まれた。


「……まあ、君の気持ちはわかるよ。一度誘われて了承した身で、自分の都合でどちらかを断ることなんて出来ないんだろう?」


 倉橋さんは黙って頷いた。


「でもさ、もし仮にバスケ部に助っ人に行ったとして、試合に勝ったら結局ソフト部の試合には出れないんじゃないの?」


「大丈夫です。一回戦に勝てば、二回戦は翌日なので」


「あ、そう」


「でも、あなたの体力だってもたないかも」


「大丈夫ですっ」


 力強く、倉橋さんは言った。


「……それに、ウチのバスケ部の部員は八人。ソフト部だって八人しかいません。バスケ部にしてもギリギリの人数で試合をすることになるし、ソフト部なんてあたしが入らないと頭数すら足りなくなる。

 だから、やっぱりどうしても出たいんです」


 この少女は、一度決めたら頑ななことで。

 まあ、時間制で終わる時間が読めるバスケを先にやるのがまだ救いだろうか。


「そうだなあ。バスケの試合して十キロ走ってまたソフトの試合なんて無理だろうし。だったら、俺が運転する自転車の荷台に乗る?」


「ちょっと、古田君」


「……二人乗りは、法律違反です」


「そうだよなあ……。親御さんは? その日、土曜とかだろ?」


「両親は、休日出勤しているので」


「じゃあ、ウチの親に車出せないか電話してみるか」


 俺は携帯電話を取り出して、母親に電話してみた。

 事情を説明するも、母親は良い返事を俺にくれなかった。こういう時は大体協力的なのにどうしたのかと思えば、


「畑の仕事あるから無理だって」


 仕事なのであれば致し方ない。


「その代わり、仕事は手伝わなくていいからその子に協力してあげろと言われた」


 ただし、やはり母はなんだかんだこういう時に協力的だった。

 あとで家に帰った時、根掘り葉掘り余計なことを聞かれそうだが、背に腹は代えられぬ。


「そんなの悪い……ですと言えば、怒りますよね」


「当たり前だろう」


 俺は目を細めて、続けた。


「七瀬さんの親御さんはどうかな」


 尋ねると、七瀬さんは心苦しそうに首を横に振った。


「お父さんは単身赴任。お母さんはパートしているの。ごめんなさい」


「そんな、謝らないでください」


「……であれば、部員達の父兄を頼るとかかな。早速会いに行こうよ」


「えっ、これからですか?」


「うん。なんで?」


「今、部活中ですし。明日のお昼とかの方がいいんじゃないかなって……。というか、三年生に頼られたんですけど、大丈夫ですか?」


「何が」


「いや、先輩相手じゃないですか」


「それが?」


「それは……」


「倉橋さん。この人、臆したりしないから心配は無用よ」


 七瀬さんが言った。


「向こうが依頼してきたことだろう? 何を臆する必要がある。むしろ、送迎バスくらい用意するのが筋ってものだろう」


 本心を嘘偽りなく言うと、倉橋さんは戸惑いがちに笑っていた。

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