町おこし

 タイムスリップ初日の授業は、責任感が伴うサラリーマンの仕事と違ってそれはもう楽しかった。時間を割いて成果を示さなければならない仕事と違い、授業は聞いているだけで良いのだし、何よりためになるからそう思ったのだと思った。大人になって仕事をしたからこそ、当時の環境が如何に恵まれていたかを再確認出来たわけである。


 クラスメイトの連中と休み時間に雑談するのも、疎遠になった大人時代のことを考えると、楽しいものであった。今ではめっきり見なくなったドラマの所感を語り合う光景は、なんだかとても懐かしく感じられた。


 その日の六科目の授業は、ロングホームルームになっていた。年度が変わり新体制になったこのクラスの学級委員。そして、クラス活動にやることを決めるそうだ。


 担任の須藤先生は、どこか気だるげに学級委員長を募った。


 ふと、以前の自分はこの時間で、どんな役職についていたかなと思った。記憶はあやふやだったから、多分ロクな役職につかなかったに違いない。


 そう思ったら、なんだか勿体ないことをした気がしてきていた。


 人生が仮に六十年あったとして、高校の学生生活はわずか三年。その三年でしか出来ない、様々な苦楽を味あわないことは、それこそ子供の時に五百円玉を落とした時くらいに、勿体ないことをしている気がした。


 そんな思考を巡らせる内に、学級委員長には気の強い七瀬さんが収まっていた。


「次、副委員長。誰かいないか」


「はい」


 致し方なし。

 俺は副委員長に立候補した。


「古田か。珍しいな」


「何がだよ、先生」


「お前、日頃面倒臭いばかり言う奴だったろ。先陣切って学級委員に立候補する奴じゃなかったじゃないか」


「先生、俺は変わったんですよ」


「怪しい宗教にでも入信したのか?」


 失礼な。

 だけど問答も面倒になった俺は、先生の意見に乗っかるようにグーサインをした。

 クラスメイトは、何故だがそれなりに笑っていた。


 学級委員の役職決めは、滞りなく進んだ。

 それからは今学期のクラス活動を決めるため、俺達学級委員長、副委員長が教壇に立って、意見の取りまとめを行うことになった。


「どうする」


「あなた、黒板に意見を板書して」


 七瀬さんは慣れた態度で俺に指示した。


「合点」


「はい。それでは皆さん、初めに須藤先生が説明してくれたように、今学期のクラス活動を決めたいと思います」


 ちょっとふざけたら無視された。女子高生ってわからない。

 一先ず、俺は黒板に『クラス活動 やること』と書いた。


「何かやりたいことがある人は手を挙げて言ってください」


「はい」


 七瀬さんの問に真っ先に手を挙げたのは、お調子者の黒瀬だった。顔が既にふざけてるし、多分これはロクな案を出さない。


「何もしたくありません」


 クラスが笑いに包まれた。

 俺はチョークを握りながら微笑していた。さすがに『何もしない』とは書けなかった。


「はい。次」


「はい。ボランティアが良いと思います」


 そんな感じで、クラスメイト全員で案出しをしながら時間は過ぎていった。

 まあ大抵、こういうので何をするのかってのは、相場で決まっていた。


 ボランティア。

 地域活動。

 寄付。

 千羽鶴の贈呈。


 大体こんなところだ。

 そして、それは俺が黒板に書き連ねたことと、大体酷似していた。妥当なところだと思わされた。


 ……しかし、ある程度板書が済んだところで、俺は気付いた。


 陽の者の女子グループがこそこそと何かを楽しげに話していることに。


 その女子グループの様子を見て、俺は過去の不鮮明な記憶が蘇ってきた。なんだかこの光景に、見覚えがあったのだ。


「はい」


 その女子グループの一人が、周囲に応援されながら手を挙げた。


「はい。綾部さん」


「うーんと、あたしは町おこしとか良いと思いまーす」


 間延びする可愛らしい声で、綾部さんは言った。


 町おこし。


 そうだ。思い出してきた。

 俺が丁度高校生くらいのこの頃、テレビのニュースでは廃れかけていた町がドラマの撮影地に使われたことをきっかけに、聖地巡礼として地域復興を果たしたみたいなニュースが度々取り上げられたのだ。

 

 それで、流行り廃りに敏感なこの女子高生が、それにあやかろうとしてこんなことを言い出したのだった。クラス連中も、俺も、目新しいそれに興味津々で、軽はずみにクラス活動に選んだのだった。


 だけど、結果は全然芳しくなかったんだよな。


 ……うーん。


「他に案はありますか。ないなら多数決に入ります」


 しかし、悩んでいる内に募った案でクラス活動に何をするかの多数決が始まってしまった。今更募った案へのダメ出しも出来ず、そして目新しいもの好きな学生諸君の荒波に抗うことは出来ず、結局今学期のクラス活動は『町おこし』をすることになるのだった。


 ちょうど良く、授業終了を告げる鐘があった。


 ついでショートホームルームが始まろうと喧騒とする教室で、


「須藤先生。七瀬さん。放課後少し時間をください。クラス活動の件で話をさせてください」


 俺は担任と学級委員長を呼びつけた。


   *   *   *


「それで古田君。町おこしの何が気に入らないのかしら?」


 須藤先生の計らいで職員室、須藤先生の自席付近に集まった俺達。そして、話を切り出した七瀬さんが冷たい声で言った。

 須藤先生は、高笑いしていた。


 俺はと言えば、


「え、不満なんてないけど?」


 首を傾げていた。

 七瀬さんと須藤先生が首を傾げ、見つめ合っていた。


「てっきりそれで呼ばれたのかと思ってた」


 須藤先生が言った。


「不満があったらあの場で言っていました。クラス活動ですからね。教師と学級委員長を唆して無理やり活動内容を変えるだなんて、そんな無茶苦茶したら後が怖い」


「ああ、確かに」


「じゃあ、なんで呼び出したの?」


「少なくとも、俺が不満を抱いているのでは、と思った時点で心当たりはあるんでしょ?」


 二人に聞くと、二人はなんとも言えない顔で黙りこくった。

 あんたら、さては俺だけに文句を言わせて活動内容を無理やり変えて、俺を一人悪者にするつもりだったな?


「俺が二人を呼んだのは、二つ気になることがあったからです」


「二つ?」


「うん。一つ目は、町おこしの目標について」


「なるほどね」


 須藤先生が腕組をして唸った。


「というと?」


 七瀬さんの問いかけに、


「七瀬さん。はっきり言って町おこしってクラス活動、上手くいくと思ってないだろ」


 俺は言った。


「……まあ」


「その理由は何故か、わかるかい」


 しばらく唸った七瀬さんは、俺の発言を思い出したのか、何か思いついたようにああ、と言った。


「目標が定まっていないから。何をすれば成功と判断すればいいのかわかってないから」


「そう。断言しようか。次回のロングホームルーム、まずは目標を定めてから町おこしとして何をするかを決めないと、しっちゃかめっちゃかになるよ。

 それは何故かと言えば、各々が各々、町おこしに対するモチベーション、目指す目標が違うから。

 一つ案が出ても、そっちはそれ以上のことをしたい。でもこっちはそこまで求めてない。

 こんな押し問答が始まって収集が付かなくなるだろうね」


「それで、まずは目標を定めましょう、か」


「うん。で、次の気になること。それは司会進行についてだ」


 そう言った途端、七瀬さんが露骨に苛立った顔をした。


「あたしの進行のどこがダメだったの?」


 冷たい声色で七瀬さんは言った。

 須藤先生は少し困った顔で成り行きを見守っていた。



「学級役員の役職決めに二十分。ウチの学校の授業が五十分だから、クラス活動の内容決めとかの時間は三十分くらいはあったわけだ。

 三十分も時間があった中で、決められた内容はクラス活動のみ。これはいくらなんでも、時間かかりすぎだよ。

 町おこしだなんてどれだけ時間がかかるかもわからない内容を一学期中、つまり三か月で成果を出さなければならない。であるなら、決め事は円滑に処理していかないと後々時間に追われるよ。

 決め事は円滑迅速に。作業の時間をなるべく多く。

 話し合いに時間を取られて、作業の時間が減るだなんて馬鹿らしいだろ?」



 七瀬さんが不服ながら正論に文句を言えない様子を見ながら、俺は茶化すように続けた。

 


「ま、俺もそれをわかっていながら急かしたりしなかったんだけどねっ。アハハハハ!」


 七瀬さんの視線が途端に鋭くなったので、俺は本題に戻った。


「七瀬さん。どうしてクラス活動のやることを決めるのに、こんなに時間がかかったかわかるかい」


「……なるべく、たくさんの人の意見を聞こうとしたからかしら。あと、そこまで時間も考えてなかった」


「それもあるだろうね。だけど、俺はそれよりも気になったことがある」


「それは?」


「クラス活動を決めるにあたって、学級委員サイドがまるで主導権を握れていなかったこと」


「というと?」


「つまりは、こちらが主体性をもっていなかったってことさ」


 七瀬さんと須藤先生が首を傾げた。


「今回のクラス活動を決めるやり方は、皆に案を募って、最後にそれを多数決で決めるってやり方だったよね。

 だけどさ、出た案って正直に言って、町おこし以外はこういう活動における鉄板というか、無難なものだけだったじゃないか。

 であれば、向こうに言われる前からこちらで言ってしまえばよかったわけだよ。

 これとこれとこれとかありますよね。追加はありますかってね。

 そうすれば、その案がないかを聞く時間、そして話させる時間。更にはシンキングタイムも省けたわけだ。


 更に更に言えば、町おこしだなんて面倒な案が出る前に活動内容の話し合いを終わらせられていたかもしれない」

 

「なるほど」


 七瀬さんは顎に手を当てて同意を示した。


「というか、やっぱり町おこしを面倒と思ってるんじゃない」


 いやはや鋭い。

 俺は苦笑しながら頭を掻いた。


「とりあえずまあ、そんな感じだけど、更に言えばこちらがこれとか良いと思うと言えれば満点だね。自分の意見を言う。これも立派な、会議を円滑に進める手段だよ」


「それ、独りよがりの言い分になったりしないの? あなたがそう言ったからそうしたんだよって言われる気がしてしょうがない」


「ならないよ。否定意見があるなら、その話し合いの場で言うように言えばいいだけだろ。多数決して、全体の意見に見せるようにもすればいい。その場で言わなかったから進めたんだよ、全体の意見だから進めたんでしょって大義名分があれば、こちらとしても強く出れる」


「なるほどね。まあ、ひとまず古田君の言いたいことはわかったわ。

 次回のロングホームルームに向けて、目標をキチンと定めること。かつ、時間短縮のためにこちらが意見を持つこと、か。


 ……古田君。聞いてもいいかしら?」


「何か」


「そこまで言うなら、古田君は次のロングホームルームに向けての町おこしの目標、大体こんなことが良いなってのは見当がついてるんでしょう?」


「勿論」


「それは?」


「市長に感謝状をもらうこと」


 俺は微笑んで言った。

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