悪逆のダンジョンマスター 〜極悪少女の異世界蹂躙〜

たけのこ

スラム街編.プロローグ


「――う〜さ〜ぎ お〜いし」


 ビルの屋上へと続く階段を二人分の遺体を引き摺りながらゆっくりと登って行く。

 今日は朝霧が濃ゆく、制服にベッタリと付着した返り血は一向に乾く気配を見せません。

 母親と、その新しい彼氏の血を何時までも被っているのは酷く不愉快ではありますが……まぁどのみち私も同じ物になるのですから良いでしょう。


「――か〜の〜や〜ま〜」


 階段の踊り場で響く自分の少し音の外した歌声と靴音を聴きながら、そういえばもう要らないんだったと通学鞄から手を離します。

 ついついいつもの癖で学校に行く準備をしてしまいましたね。

 通学鞄から手を離す時に成人男性の遺体も一緒に取り落としてしまいますが、もう良いでしょう。

 もう定期も必要ありませんし、制服のポケットから取り出してこんな物は投げ捨ててしまいましょう。


「――こ〜ぶ〜な つ〜りし」


 先ほどからずっと血を滴らせては私が歩いた道へと血痕を残すカッターナイフを、そのままギチギチと弄びながら階段を登った先にある扉を開ける。

 ビルの屋上に着くと、秋も深まったと言わんばかりの乾いた冷たい風が私の頬に張り付いた血液を撫でていく。


「――か〜の〜か〜わ〜」


 少しばかり強めなその秋のビル風に煽られ、長く伸ばした黒髪と制服のスカートをたなびかせながら柵へと一直線に向かって歩いていきます。

 顔を出したばかりの朝日が眩しく、思わず未だに引き摺っていた成人女性の遺体をカッターナイフと一緒にその場に置き去りにし、血に塗れた手で日笠を作る。

 そろそろ誰かが気付いて警察に通報でもしている頃でしょうかね。


「――ゆ〜めは い〜ま〜も」


 屋上の端の、落ちない為に設けられた柵を乗り越えて眼下を眺めながらこれまでの人生を思い返してみますが……常に誰かに奪われていく人生だったかも知れません。


「――め〜ぐ〜ぅり〜て」


 私の手元に残った物など、母親から徴収されたバイト代の残りである百二円と、母親の新しい彼氏から何とか守り通した貞操だけです。

 あぁ、でも……このどれだけ価値があるのかも分からない貞操を守る時に初めて人から何かを奪うという行為をしましたね。


「――わ〜す〜れ〜が〜たき ふ〜る〜さ〜と」


 押し倒された時の衝撃で、ちょうど手元へと落ちて来たカッターナイフで頸動脈を切ってやったせいか、制服に返り血がベットリと付着してもう落ちそうにありません。

 思えば人殺し自体も初めての経験でしたが、特に罪悪感を感じたりはしませんでしたね……むしろ清々しい程の開放感があります。

 むしろ感じるというのなら昨日の夕飯に菓子パンを食べて以降、何も口に入れてないのでお腹が空いている事の方が気になりますか。

 自殺する前に最後の晩餐として贅沢にお肉でも食べようかと思っても、たった百二円では何も買えませんし、もう諦めるしかないのですけどね。


「――い〜か〜に い〜ます」


 親身になってピアノやヴァイオリンを教えてくれた母も、父の失業と借金を遺しての失踪で壊れてしまいました。

 元々上流階級だった母は劇的に変わった生活に耐えられず、甘い言葉を吐く大人達に騙されてさらに借金を増やしながら妄想を語る様になっていきました。


「――ち〜ち〜は〜は〜」


 まぁ、母を殺した今となってはその借金を返済する事も、聞くに堪えない妄想に付き合う必要もありません。

 一緒に作っていた曲の譜面も、母が父の失踪前に私の誕生日プレゼントとして編んでくれていたらしい作りかけのマフラーも、全てが未完成のまま終わるのが少し物悲しい気もしますが。


 まぁ心残りを強いて挙げるならばそれだけです。


 私は自分で言うのもおかしいのですが無表情で、感情の動きも極わずかな面白みのない人間でした。

 楽しい事なんて何もなく、他人が喜び、怒り、哀しんで、楽しむ……そういった様々な事柄にも私の感情は一切揺れ動く事はありませんでした。


「――つ〜つ〜が〜な〜しや と〜も〜が〜き」


 ……あぁでも、母親とその彼氏を殺害した時は人生で初めて高揚感を得られたかも知れませんね。

 殺人を冒して自分の中の何かが壊れてしまったのかとも思いましたが、実の母親から奪った時に感じたものは〝退屈〟からは程遠いもので……私の中で何かがカッチリ嵌った気がします。

 何かを奪う、壊す……そういった事をしたいとは思っておりましたが、いざ自分の手で行った時にこれほど甘美だとは思いませんでした。


「――あ〜めに か〜ぜに つ〜け〜ぇて〜も」


 道理で皆さん私から色んな物を奪い、暴力を振るう訳です。

 もしも私も奪い、壊す側に回る事が出来たのなら……もうちょっと自分の人生を楽しむ事が出来たのでしょうか。


「――お〜も〜い〜い〜ずる ふ〜る〜さ〜と」


 まぁ出来なかったから今の状況がある訳でして……それにもう私の命はここで終わるので今更うだうだと考えても詮無きことです。

 そんな意味の無い思考を繰り広げるよりも下を見てみましょう。チャンスですよ。

 今なら下に通行人や車なんかも通っていませんから、飛び降りるなら今しかありません。

 ……ちょうど、歌もキリが良いところで終わりましたしね。


「――では、来世に期待しましょう」


 階段を下りるかの様な自然体で、新たな旅立ちへの一歩を踏み出し――




【――その命、捨てるなら俺のために使え】


 ――正体不明の声と共に現れた、光を発する幾何学模様に呑み込まれます。

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