第38話 もっともっともっと




 放置、水探し、場所探し、種探し、栄養剤作り、土台作り、室内作り。

 薬草を作る為に色々な方法を模索しているさーちゃんに初めて会った時、彼はあろうことか土作りに傾倒していた。


 土を触るのはこの世で一番嫌いだった。

 汚れるし、さらさらでも、もわもわでも、もちゃもちゃでも、冷たくても温くても熱くても、一粒一粒が蠢いている感触が大嫌いだし、爪の中に入るし、屈んでの作業は地獄だし、土運びも重労働だし、いいことなんて一つもない。


 はずだった。

 さーちゃんの夢中になる顔を見るまでは。


 眼が前髪で隠れていたってわかる。わかりやすすぎる。

 口の端を上げていたり、ぽかんと口を半開きにしていたり、薄く開いていたり、大きく開けていたり、口の端を下げていたり、横一文字にしていたり、横に引き伸ばしていたり、もごもごと呟いていたり、波を打ったり。

 忙しない口の表情とは裏腹に、目だけはずっと爛々に輝いているに違いない顔を間近で見るのが大好きだった。

 だから、すごく。すっごく嫌だったけど、土作りをしたいと申し出た。


 心の中では、いつも泣いていた。

 随喜と嫌悪で。

 でも表はいつだってにこにこ笑っていた。


 手袋越しで馬や牛、豚などの糞を触っている時だって。

 手袋越しでも時々突き破ってくる棘がいっぱいの野菜や果物の皮を刻んでいる時だって。

 全身武装で胞子をいっぱい飛ばす草を抱えている時だって。

 どんなに全身護衛服を着ていても髪から爪先まで汚れる時だって。

 次の日どころか、その日の内に筋肉痛や謎の発疹に襲われた時だって。

 さーちゃんの顔が間近で見られるなら、安いものだった。

 本気で。本気の本気でそう思っていたのに。




『水美。止めろ』




 一切の余地なく拒絶されても、傍に居続けた。

 だって、好きだったから。

 見ていたかった。近くに居たかった。一緒に作業をしていたかった。

 同じ景色を一緒に見たかった。


 それだけ、

 ううん。嘘だ。


 ほしかった。

 もっともっともっと。

 独り占めできる彼をほしがった。

 だから付き合ってって言った。すぐに断られたけど、すぐにまた言った。断られた。

 堂々巡り。

 その内、両親がやって来て、さーちゃんと引き裂かれた。


 泣いた。

 この世界に存在する水分よりも遥かに多いと断言できるくらい、泣き明かす日々が続いた。

 泣いて、泣いて、泣いて。

 或る日、ふと。気付いた。

 やっぱり、土は嫌いだって。

 だったら、あたしはあたしの好きなもので、さーちゃんと同じ景色を見ればいいって。






 都雅から視線を外し、身体の向きを変えて浅葱と対面した水美は真剣な表情になって、喉元近くに拳を置きながら口を大きく開いた。


「さーちゃん、あたし。薬草専門の薬水師になったの。あたしはあたしのできることをする。だから、あたしと付き合ってください」

「悪い。付き合っているやつが居るから無理だ」

「え?」

「だが薬草作りに手を貸してもらえると助かる」


 都雅は思わず天を仰ぎ、水美はぷるぷると身体を小刻みに動かしながら、ぐっちゃぐっちゃの思考の中で飛び出して来た単語を呟いた。

 薬草莫迦と。










(2022.3.14)


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淵に臨みて魚を羨むは、退きて網を結ぶに如かず 藤泉都理 @fujitori

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