第30話 たあいない
とても他愛ないことだ。
起床時間は同じでなくとも、一日の初めに顔を合わせて、おはようとか、遅いなとか、他愛ない言葉を交わす。
美味しいものを一緒に食べて、美味しいとか、格別に好みだとか、他愛ない言葉を交わす。
結界縄を手渡す時に、少しは休んだらどうだとか、他にやれることはないのかとか、他愛ない言葉を交わす。
薬草畑を並んでみている時に、この薬草は元気だとか、少し元気がなさそうだとか、他愛のない言葉を交わす。
夕飯の終わりに、一緒に晩酌はどうだとか、夜空を見ないかとか、他愛のない言葉を交わす。
就寝時間が同じでなくとも、一日の終わりに顔を合わせて、おやすみとか、身体をきちんと休めろよとか、他愛ない言葉を交わす。
必要最低限の生命維持活動でさえ億劫なのだ。
会話など仕事関連のものだけで勘弁してくれと、幾度思ってきたことか。
無駄な会話に巻き込むなと。必要ならこちらから尋ねるのだ。基本的なことだけ、重要なことだけ取捨択一して伝えろと、幾度辟易してきたことか。
天気や体調、好物や嫌物などどーでもいい。と。
そうだろう。
そうだったはずだ。
なのに。
つらつらと脳裏で並び立てて来た言葉は。
浅葱と交わし合いたいと願う言葉はすべて不要なものだったはずなのに。
「史月。どうした?」
薬草畑の様子を見ていた浅葱の前に、忽然と空から飛び降りてきたかと思えば、気がつけばと言ったっきり、黙りこくる史月。尋ねられても、どう返事をしていいかわからずに、やはり閉口したままにするしかなかった。
まさか、魔草のせいで、会いたい人の元へ送り込まれたんだ、などと莫迦正直に言えるわけがなかった。
「魔草師のところに行くと言っていたな。巻き込まれでもしたんだろう。仕事が終わってないなら、早く戻れ。終わったなら、家に戻れ」
だまりこくる史月にどうしたと疑問に思いながらも、浅葱は早々に現状への不可思議な現象に対する回答を導き出しては、体調も悪くなさそうだしなと判断もしたので、もう用が済んだとばかりに薬草畑の見回りを再開しようとしたのだが。
「どうした?」
二本の指で裾を掴まれた浅葱は、史月に今一度疑問を口にした。
(2021.11.18)
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