第14話 友を買う為に


 あれから数日が経ったある日。

 ウォーカーギルドの扉が勢いよく開かれた。

 ズバンッ! という勢いで、物凄い音を上げて。

 そして、その先に居るのは。


 「え、あれ? レベッカさん?」


 扉の向こうには肩で息をした赤毛の女の子と、前にも見たニコニコした老人執事が立っていた。

 その姿に、周りのウォーカー達もガヤガヤと騒がしくなる訳だが。

 そんなものお構いなしに、彼女はカウンターに立っていた俺達の元まで走って来た。


 「ユーゴ様! 墓守さん!」


 「は、はい」


 「なんだ?」


 俺達の名前を呼んだ彼女の瞳から、ブワッとばかりに涙が零れ始める。

 ちょっと待った、事態に付いていけない。


 「ちょ、ちょちょちょ!? どうしたんですかレベッカさん!?」


 「どうしたじゃありませんの! 緊急事態ですのよ! 私ではどうしたら良いのか分からなくて、それで! それで!」


 息も絶え絶えに、彼女は咳き込みそうな勢いで何かを懇願してくる。

 前に会った時は、こんな風では無かった。

 自信に溢れているようで、堂々と胸を張っていた彼女。

 楽しそうに笑い、俺にも墓守さんにも、そしてルナさんにも明るく接していたというのに。

 今日ばかりは、縋りつく勢いで俺の肩を掴んできた。

 未だ慌てた様子の彼女に対し、どうしたものかと悩んでいれば。


 「落ち着け、息を吸え。 事態が把握できなければ、対処が出来ない」


 墓守さんが声を上げた。

 彼の声に従って、レベッカさんが深呼吸を一つ。

 そして。


 「俺達に、何を求めている?」


 「助けて、下さい。 私の友達を……」


 「分かった。 詳しく教えろ」


 たったそれだけの言葉で、今まで慌てふためいていた彼女は少しだけ落ち着きを取り戻したのであった。


 ――――


 貴族の娘、レベッカ・ヴァーミリオンが持って来た話は至極普通なモノだった。

 彼女の友人が奴隷として売られた、だから助けて欲しい。

 販売開始は、数週間後だという。

 本人に対する評価、家の金銭問題。

 色々な理由で、人は売られる。

 珍しい話じゃない。

 それでも、彼女は“助けて欲しい”と口にした。

 だからこそ、依頼を出した。

 俺達、無名のパーティに対して。

 ここまで来れば、コレは“仕事”だ。

 彼女の友人、今回奴隷として売られる少女。

 名を、ルナ・トレヴァー。


 「墓守さん! これって!」


 「あぁ、前に聞いていた内容だな」


 「本当に実の娘を売り払うなんて……」


 「良くある話だ」


 「でもっ!」


 「ユーゴ」


 興奮しているであろう相棒を見つめてみれば、彼は徐々に落ち着きを取り戻す。


 「すみませんでした……」


 「分かれば良い、俺達はウォーカーだ。 なら、何をすべきか分かるな」


 「はい!」


 金だ。

 金が要る。

 奴隷を買うのにも結構な金が要るが、今回は貴族の娘。

 更にはルーの様な美しい少女となれば、恐らく金額は跳ね上がるだろう。

 だからこそ、多くの金が必要だ。

 という訳で、クエストボードに張られている一番早くて金になりそうなモノをカウンターへと持って行った。


 「おい」


 「おい、じゃなくて今度から“こんにちは”とかの挨拶にしません? 威圧感が半端じゃないですよ?」


 「こんにちは」


 「ごめんなさい、次からも“おい”で良いです。 違和感が凄すぎます」


 訳の分からない事を言い放つ受付嬢に、一枚の用紙を差し出した。

 クエストの依頼書。

 俺達には、コレ以外に金を稼ぐ手段がない。


 「コレ、海の依頼ですよ?」


 「協力を求める」


 「協力が得られると分かってからじゃないと駄目です。 確かに破格です、でもその分危険も多い仕事です」


 「どうしてもか?」


 「どうしてもです。 ホラ、丁度海のリーダーがいるじゃないですか。 今すぐ許可が取れれば、受注してあげますから」


 「分かった」


 短い会話を終えてから、俺達はすぐ近くの席で酒を呷っているダリルの元へと向かった。

 仲間達と楽しそうに酒を飲んでいる彼に、後ろから肩を叩く。


 「ダリル」


 「おう墓守、どうしたよ?」


 陽気に笑う彼と彼の仲間達。

 それらが一斉にこちらを振り向き、ニカっと笑みを浮かべてくる。

 そんな彼らに、俺とユーゴは頭を下げた。


 「協力してくれ。 金が必要だ」


 そう言いながら、先程受付嬢に断られた依頼書を差し出してみれば。


 「断る」


 「ダメか?」


 即座に断られてしまった。

 確かに大物だが、彼らなら臆する事は無い存在だと思ったんだが……。


 「もう一枚の方を出しな」


 「何の事だ?」


 「お前らが受けた方の依頼書だよ、そっちを見せろ。 後ろにいる貴族のお嬢さんが出したんだろ? ソレを見せろって言ってんだ。 あんだけ大声で話してれば、こっちにだって聞こえて来る」


 チラッと背後に視線を向けて見れば、オロオロとしながらも歯を食いしばり、スッと頭を下げるレベッカの姿が。

 見せて良し、という事なのだろう。

 彼にもう一枚の依頼書を差し出してみれば。


 「な~るほどね。 こりゃ確かに結構な金額にいきそうな娘っ子だわな……」


 俺達が受けた依頼を眺め、彼は渋い顔を浮かべる。

 やはり、厳しいだろうか?

 なんて事を思っていた矢先。

 ダリルは椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がった。


 「イズリー! 人を貸せ! あとお前もだ! テメェも船には慣れただろう!?」


 その叫び声はギルド内に響き渡り、随分と遠くの席でもう一人が立ち上がった。


 「どんな奴が欲しい?」


 「なるべくすばしっこい奴だな、あとは海にも慣れて来たメンツが欲しい」


 「いいだろう、ついて行ってやる。 貸し、一つだぞ?」


 「わーってらい、なんかあったら言いやがれ」


 遠く離れた席。

 “森”の専門家リーダーが、ニッと口元を上げながらそんな事を言い始めた。

 これは、一体どういう状態なのだろう?

 あまり人が多くなっては報酬が減る。

 それでは俺達としては困ってしまうのだが……なんて、冷や汗を流し始めた頃。


 「受付さんよ、今ある近くの海の仕事を全部寄越しな! 俺達“海”と“森”は合同でこの依頼を受ける! 今墓守が持って来た、元貴族のお嬢様を助けるって依頼だ! 俺達全員で、この依頼を受けるぜ! 一週間だ、一週間で全部片づけて来てやる!」


 は?

 思わず、そんな声が漏れてしまった。

 ダリルは、何を言っているのだろうか。


 「報酬も素材買い取り金も準備しておきな! すぐに使う事になるからな! テメェ等! 大した稼ぎにはならねぇかもしれねぇが、一週間暴れるぞ!  ルーキーと若い奴に格好いい顔してぇなら、漢を見せろぉ!」


 「「うぉぉぉー!」」


 「こちらも出るぞ! 海の連中には負けられんからな! 新人を助けられんベテランなんぞ味噌っカスだ! 気合を入れろ!」


 「「っしゃぁぁ!」」


 暑苦しい熱気に、ギルドが包まれてしまった。

 これは、良いのだろうか?

 レベッカの出した依頼は、あくまで俺たちに向けた物。

 彼等が受ける必要などない。

 それこそ、自分達の報酬を減らす事にしかならない様な依頼な訳だが……。


 「はいはい、皆揃ってレベッカ・ヴァーミリオンさんの“友人救出”依頼を受けるって事で良いんですね? 知りませんよ? 来週食べる物に困っても」


 「「だったら、来週稼げば良いだけだ」」


 「ホント、馬鹿ですよねぇ」


 森と海のリーダー二人が声を上げれば、受付嬢は呆れた様子で書類を作り始める。

 これで、良いのだろうか?

 唖然としながら眺めて居ると、意外な事に最初に動いたのはレベッカ。

 彼女は未だ涙を溜めながらも、必死で声を張り上げた。


 「皆さま、よろしくお願い致します! 私も、どうか私も同行させてくださいませ! 魔法が使えます! 同年代よりも、ずっと多くの魔法が使えます! だから、役に立たせてくださいませ!」


 なんて、どう聞いても断られそうな事を言い始めた貴族娘。

 その後ろに立っている執事に視線を向けてみれば。


 「旦那様からは“より多くの経験を積ませろ、自分の人生を決められる程の意思を育てよ”と言われております。 なので、何かジジィから言う事はありませんよ」


 「適当だな」


 「見方によっては。 しかし、素晴らしいお考えかと思っております」


 「そうか」


 「そうでありましょうとも。 人は、経験無くして育たないものですから」


 「そうかもしれないな」


 という訳で、えらく大人数でレベッカの依頼を受ける事になってしまった俺達。

 近くの海で討伐出来そうな依頼も端から受ける事になるので、随分と忙しくなりそうだが。

 それでも、希望が見えた。

 これら全ての報酬が、“ルー”の買い取りに回せるのだから。

 本当にそんな事をして良いのかと不安にもなる事例でもあるが。


 「「貸し、一つだ。 墓守」」


 「分かった、覚えておこう」


 森と海のリーダーにそんな事を言われてしまえば、頷く他あるまい。

 俺達はコレから、怒涛の日々を過ごす事になるだろう。

 たった一人の少女を、救うのではなく“買う”為に。

 コレは、そういう依頼だ。

 その依頼をこなす為に、コレだけ多くの人間が手を貸してくれる。

 だったら、絶対に失敗する訳にはいかない。


 「レベッカ、安心しろ。 ルーは“俺達”が買う。 彼女を、他の奴等には渡さん」


 「お願いします……墓守さん。 来年も一緒に花を見ようって、約束したんです」


 「見られるさ。 来年も、再来年も」


 それだけ言ってから、俺はシャベルを肩に担ぐのであった。

 さぁ、仕事の時間だ。


 「金を稼ぐぞ、ユーゴ。 俺達にはそれしか出来ない」


 「はい! 全部使ってでも、絶対に成功させましょう!」


 そんな訳で、俺たちは海に出た。

 数多くの仲間達を引き連れて。

 馬鹿な依頼だ、金銭の類を全て消費する事前提に進んでいるのだから。

 だとしても、見た事もない少女の為に彼らは協力してくれるという。

 どいつもコイツも、本当に馬鹿ばかりだ。

 だからこそ、安心して背中を預けられるというものだが。


 「では、頼む」


 「海の漢ってのは細かい事は気にしねぇんだよ」


 「森の漢だってそうだ、ちゃんと救ってやれ。 お前らだって漢だろう? なら、格好つけろ」


 「了解した」


 非常に大雑把な言葉を貰いながら、俺たちの仕事は始まったのであった。

 この一週間、忙しくなるぞ。

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