第13話 目指す先


 「……え?」


 花の咲き誇る庭に訪れた瞬間、そんな言葉が漏れた。

 色とりどりの美しい花々。

 そしてその真ん中に、真っ黒い影が立っていたのだ。

 景色としては完全に異物。

 違和感しか放っていない彼が、俺に向かって口元を軽くあげる程度な微笑みを浮かべていた。


 「助けてくれ、と言われたからな」


 「墓守さぁぁぁん!」


 思わず泣きそうになりながら近づこうとするが、生憎と俺の腕はレベッカ嬢に固くホールドされている為、走り出した所でガクンッ! という勢いで元の位置に戻されてしまった。


 「失礼ですが、どちら様でしょうか? とても王宮で仕事をされている方に見えませんが」


 俺達の後ろに居た筈の老人執事が、スッと正面に立ち綺麗なお辞儀をかましている。

 あ、ヤバイ。

 立場的にもそうだが、この人は相当“デキる”。

 正面に回られる事に、正面に来てから気づいた程。

 それは、正直言って異常だ。

 誰かが目の前に来てから気づくなど、ウォーカーならあり得ない事。

 相手がもしも敵だった場合、俺の命は無いも同然なのだから。


 「“墓守”。 そう呼ばれている、ウォーカーだ」


 「そうですか。 ではそのウォーカーが、なぜこのような場所に? 普通なら立ち入る事さえ出来ない場所な筈ですが?」


 「俺の仲間が、助けを求めたからだ」


 「その心意気は良し。 しかし、若い」


 「老いぼれに負けるつもりは無い」


 二人は静かに睨み合い、執事さんは拳を、墓守さんはシャベルを構える。

 不味い不味い不味い!

 これ、このまま戦闘になっちゃったら絶対問題になるヤツだ。

 しかも二人共マジでる気マックスみたいだし。

 ダメだって! ソレは不味いって!

 なんて事を考えながら口を開いた瞬間。


 「墓守さん! 大丈夫です! この人は――」


 ガァァン! という衝撃音に、俺の声はかき消された。

 消えた、マジで一瞬消えた。

 二人の姿が。


 「ほう、やりますね」


 「そこまで真っすぐに攻められれば、誰にでも止められる」


 「言ってくれますね」


 老人執事が拳を叩き込み、墓守さんがシャベルで防ぐ。

 うん、まって。

 マジで止めて。

 しかも何で二人共ちょっと楽しそうなの。


 「あ、あの――」


 「爺や! 止めなさい! ユーゴ様が何か言っていますわ!」


 「失礼いたしましたお嬢様。 ハハハッ、久しぶりに滾ってしまいまして」


 そんな事を言いながら、先ほどとんでもない拳を打ち込んだ老人が爽やかな笑顔で帰って来る。

 は?


 「もう、いいのか?」


 「墓守さんも挑発しないで下さい、マジで」


 「了解した」


 チョイチョイっと手招きしていた墓守さんも、俺の一言と共に手を引っ込めた。

 よし、安心安全な解決に導いた。

 なんて事を思っていれば。


 「決着は、いずれ」


 「承知した」


 「承知しないで下さい」


 バチバチと火花が上がりそうな勢いで睨み合う二人は、未だ敵意を緩めてなどいなかった。

 どうしよう、この状況。

 どう対処するのが正解なんだろう?

 なんて思い思っていた所に。


 「アレは“墓守”、ウォーカー。 ユーゴの仲間、危なくない」


 「ユーゴ様の御友人ですのね! 不思議な格好をしているので驚きましたが、よろしくお願いします! 私はレベッカと申しますの!」


 「よろしく頼む」


 「あ、あれぇ?」


 ルナさんの機転によって、普通に受け入れられてしまった墓守さん。

 いや、嬉しいんだけどだ。

 いいの、コレ?

 なんて事を思って執事のお爺さんに視線を送ってみれば。


 「年も近いようですし、お友達を増やすことは良い事です」


 「あ、はい」


 もう、何も言いません。

 そんな訳で、俺達は一人増えた状態で花見……花見? を繰り広げるのであった。


 ――――


 「墓守さん! こちらの花は何と言いますの!?」


 「それはアジサイだ。 しかし、色が白い。 色が違うと呼び方も変わる事がある」


 「白いアジサイの別名はなんといいますの?」


 「アナベルと呼ばれるらしい。 花言葉は“ひたむきな愛”、“辛抱強い愛情”など、色々ある」


 「色々!」


 「色々だ。 花言葉は悪い意味も当然の様に含む。 その花には、“移り気”、“浮気”なんて花言葉もある」


 「忙しい花ですわね!」


 「そうだな、お前もだが」


 「じゃぁこっちは――」


 そんな事を言いながら、レベッカさんは庭を走り回っていた。

 ため息を溢しながら、それに続く墓守さん。

 そして笑顔の執事が歩幅と合っていない速度でスススッと付いていく。

 なんだか、凄くレアな光景を見ている気がする。

 ギルドの受付さんに動画を見せたら、半日くらいは食い入るように見つめていそうだ。

 スマホなんて無いので、動画を取る事は出来ないが。

 とかなんとか思いながら、チラッと横に視線を向ければ。


 「ルナさんは、参加しないの?」


 銀髪の少女が、静かに本を読んでいた。

 以前一緒の布団で眠った相手となると、色々とドギマギするが。

 彼女にはそんな様子はない。

 ただ静かに、分厚い本のページをめくっていた。


 「別に、読んだ事のある知識はあまり興味がない」


 「そう、なんだ。 ルナさんもあぁいう知識が豊富だったりするの?」


 「墓守に勧められてから、図鑑でも何でも、“本”なら読む様にしてる」


 あぁ、そうなんだ。

 俺はまだ結婚なんてするつもりはない。

 でも、どこかで嫉妬してしまった。

 絶対話なんか合わないだろうと思っていた貴族のお嬢様をあれだけ楽しませ、隣に居る少女でさえ心の中には“墓守”という存在が居る。

 別に俺に興味を持って欲しい訳じゃないし、この場で恋仲になろうとも思っていない。

 それでも、やはり年頃の男子となれば、色々と思う訳で。

 そして何だかんだ言って知名度の高い墓守さんと、何も持たない俺。

 色々と、そう色々と思う訳だ。


 「ふーん」


 なんて、どうしようもない返事を返してしまった。

 我ながら、非常に情けない。

 興味を持ってもらったところで、今すぐ婚約なんて決められない臆病者だというのに。


 「でも、貴方には興味がある」


 「え?」


 だからこそ、彼女の一言は非常に意外だった。

 親の意向、立場上のお見合い。

 そんな風に思っていたからこそ、俺自身に興味を持ってもらえるとは思っていなかった。

 しかし。


 「貴方の称号は、他に見ない。 だからこそ、興味がある。 何故使わないの? それとも、称号から来る魔法。 “称号魔法”がない類の称号なの? とても気になる」


 その言葉を聞いた瞬間、スッと気持ちが覚めたのが分かった。

 あぁ、彼女もまた、俺の称号目当てに寄り添って来た人間なのかと。


 「どうかな、良く分からない」


 「そう、残念」


 そう言いながら、ルナさんは小説に視線を戻した。

 “こちら側”の貴族はいつもこうだ。

 特別な称号、珍しい存在。

 そんなモノに、こぞって集まって来る。

 正直、嫌気がさす……。

 まるで、皆が皆俺の称号しか見ていない様で。

 はぁぁ、と。

 大きなため息を溢しながら、再び墓守さん達に視線を戻したその瞬間。


 「もし、“使える”様になったら見せて。 私は、物語に描いていない非現実を見るのが、とても好きなの。 私は、“新しい物語を初めて見る人間”になりたい。 だからこそ、貴方の近くに居たい」


 「……え?」


 「聞こえなかったなら良い、私は新しいモノが見たいだけの物好きだから」


 何でも無い雰囲気で、彼女は再び小説のページをめくる。

 あぁ、なるほど。

 この子は俺に期待なんかしていない。

 俺が珍しい初号持ちで、唾を付けて置くみたいな感情なんて有りはしない。

 要は、結果を求めているのだ。

 それだけ凄い称号があるなら結果を残せと、圧力をかけているのだ。

 更には、その途中経過も見せろと。

 それくらいに、はっぱをかけてくる少女。

 こんな事をストレートに言う少女は、今まで居なかった。

 正式なお見合いみたいなのは初めてだが、どこの女の子も褒めたたえてくる事ばかり。

 凄いとか、楽しみだという言葉ばかりを浴びせられた。

 だというのに。


 「君は、俺に期待しないんだね」


 「何もしていない英雄は英雄じゃない。 何かを成し遂げたからこそ、英雄と呼ばれる。 貴方は、何かを成し遂げた?」


 「いや、まだ何も」


 「だったら、英雄じゃない。 だからこそ、これから足掻けば良い。 藻掻けば良い。 それが、他人には美しく映るから」


 「それも、小説の知識?」


 「当然」


 「そっか……僕も足掻いたら、“英雄”になれるかな」


 「無理、今のままでは。 英雄は英雄たらんと示す必要がある。 そして、英雄を目指す人はほとんどの場合、英雄になれない。 周りからそう呼ばれ、いつの間になっているのが“英雄”。 彼等はそうなろうとして“なった”訳じゃない」


 「詳しいんだね」


 「全部、本の知識」


 そう言ってページを捲るルナ。

 だとしたら、多分俺は英雄にはなれないのだろう。

 どうしても目指してしまう目標がある俺には、多分“英雄”という言葉は似合わない。


 「俺は、偽物だよ」


 「へぇ?」


 ポツリと呟いた言葉に、彼女は意外にも反応して来た。

 てっきり、無視されるモノだと思っていたが。


 「俺の称号から、勘違いされる事も多いんだけど。 俺は英雄にはなれない。 真似するだけなんだ。 俺の称号は、そういう能力なんだ。 だから、英雄にはなれない」


 この称号のせいで、色々な人から期待されているのは分かる。

 でも、“称号魔法”というヤツを使って分かった。

 俺は、英雄じゃない。

 英雄達の力を借りるだけ。

 それだけの、情けない力なんだ。


 「もう、“使った”ことがあるんだ。 でも、よかった」


 「良かった?」


 「貴方が、“俺は英雄だ”なんて言い出す人じゃなくて」


 「えっと?」


 戸惑いながらも彼女に視線を送ってみれば、読みかけの本をパタンと閉じた後、ルナさんは微笑んだ。


 「良いじゃない、“偽りの英雄”。 とても本になりそうな物語。 貴方は、そのまま葛藤を続け、悩み、ひがみ、苦しみながらその称号と向き合えば良いと思う。 その結果を、人は“英雄”と呼ぶかもしれない」


 「君は……否定も期待もしないのか?」


 「しない。 私は結果と経緯、そして物語の結末を求める。 それしか求めないから、出来損ないと呼ばれた。 別に良いんだよ、中途半端に終わったって。 それはそれで、物語になる。 貴方という人生は、“完璧”で終わらせる必要ない」


 なんて台詞を吐きながら、彼女は微笑みながら目の前に広がる光景を指さした。

 その先に居るのは。


 「あははは! 墓守さんは足が速いのね! こっちとこっちの花言葉を教えてくださいな!」


 「……足は速くても早口は得意じゃない。 いい加減止まれ、説明が追い付かない。 おい執事、笑ってないでこの娘を止めろ」


 「楽しそうで何よりです、お嬢様。 墓守さん? 早くお嬢様の求める情報を」


 「貴様……」


 非常に、平和な光景だった。

 あの墓守さんが、貴族の少女に翻弄されている。

 それだけでも面白い光景だが、皆楽しそうなのだ。

 誰も、難しい事を考えず“今”だけを見ている。


 「俺も、あぁいう輪に加わりたい……そんな風に、ずっと思っていた気がする。 それこそ、称号が現れてから、ずっと」


 「今からでも遅くないんじゃない? アレは……“墓守”という男は、他者を否定するのが苦手」


 「貴女は、昔から彼を知っているのですよね?」


 「ほんの少しだけ」


 「ルナさん、彼はどんな人間かな」


 「とにかく不器用。 でも、何処までも素直。 それが“墓守”」


 「だったら、一緒に遊びに行こうか」


 「だから、もう覚えた知識には興味が――」


 「新しい知識を、景色を増やそう。 多分、“見える”筈だ」


 そんな事を言いながら、彼女の手を引いた。

 俺達も混じろう、あの楽しそうな光景に。

 例え知識などろくに無かったとしても、彼の言葉を聞いて、その場で考えよう。

 そして、皆が楽しめる環境を作ろうじゃないか。


 「墓守さん! 俺にもソレ教えて下さい!」


 「あぁ、構わない。 というかこの女を止めてくれ……」


 結局全員が合流し、墓守さんの解説が続いていく。

 それに対して各々が感想を洩らし、笑い合う。

 いいじゃないか、これくらいで。

 別に“答え”を求める必要はないんだ。

 俺が“コレだ”という結果を、今示す必要はないのだ。

 だからこそ、今を楽しめば良い。

 俺は、俺にしかなれない。

 だったら、無理に背伸びをする必要など無いのだ。


 「墓守さん、ありがとうございます」


 「いや、助けを求められれば助けにくる。 それが仲間であり、パーティだ」


 「そうですね」


 小さく微笑みを浮かべながら、どこまでも不器用なこの人の隣に並んだ。

 俺は、未熟だ。

 とてもじゃないが、この人の隣に並べる程の実力はない。

 でも、だからこそ。

 強くなろうと思える。

 俺は、この人の隣に並びたいんだ。

 そして、いつかは俺が見た“英雄”達に自信をもって、正面から向き合いたい。

 彼らと同じ土俵に立ったんだと、対等だと胸を張りながら。

 彼らに“久しぶり”と声を掛けたいのだ。

 それで英雄達から声を返してもらえたら、最高じゃないか。

 だからこそ、俺は俺のまま生きる。

 そして、英雄でありながら“ただのウォーカー”である彼等を目指す。

 それが俺、千葉 勇吾という人間の人生だ。


 「俺は、もっと強くなります」


 「頼もしいな、期待している」


 ニッと口元を釣り上げる相棒に、こちらも満面の笑みで返した。

 そうだ、まだ始まったばかりだ。

 俺は、夢見た英雄達と肩を並べる。

 “ただのウォーカー”になって、彼等と共に肩を並べられる存在になるんだ。

 物語の主人公でも、勇者でもない。

 そんな彼等らの隣に、俺は立ちたい。

 そしてその隣に、墓守さんが立って居てくれたら。

 どれ程安心できる事だろうか。

 なんて事を思いながら、笑みを返すのであった。


 「墓守さん! 花も良いですけど、お腹空きませんか!?」


 「よし、食事にしよう。 花は後でも見られるが、ユーゴの飯は今しか食えない」


 「確かに、少し小腹が空いた気がしますが……どうしたんですの? 急に」


 「ユーゴ飯、楽しみ」


 「ハッハッハ、若者たちが集まると楽しいですなぁ」


 そんな声を聞きながら、調理器具を端から並べ始めるのであった。

 王宮の庭先で。

 普通ならあり得ない、あり得ないけど。


 「今日は何でもありですよ! 何が食べたいですか!」


 「イカ、タコ。 あとは土蛇の蒲焼きも旨かった」


 「海鮮系? 食べたい、私もソレに賛成」


 「ユーゴ様は料理をなさるんですか? 私はパスタが好きなんですが……」


 「まずは海鮮パスタを作ります! いいですね!」


 「了解した」


 「あい」


 「楽しみです!」


 皆がジッと見守ってくる中、俺はとりあえず貝や海老をふんだんに使った海鮮パスタを拵えるのであった。

 もう、難しく考えるのは止めだ。

 俺は俺に出来る事をしよう。

 結局今すぐに何かが変わる訳じゃない。

 だったら、少しずつ変わって行こう。

 俺の目指した、英雄達みたいに。

 彼らは、いつだって食事の時は楽しそうだった。

 皆で笑い合って、皆で美味しいと言い合って。

 そして、どこまでも強かったのだ。

 俺は、そんな“英雄”になりたい。


 「はいっ! 海鮮パスタです!」


 「旨そうだ」


 「凄い、見ただけでお腹空く……」


 「ユーゴ様、凄いです。 料理人だったのですか!?」


 「いやはやこんな爺の分まで……ありがたく、頂戴致します」


 そんな訳で、俺は今日も料理を作る。

 何もなくとも、何も出来なくとも。

 彼等の様な英雄にはなれなくとも、俺にはこんなに頼もしい仲間が居るのだから。

 せめて、彼に恥じない男にはなりたい。

 そう、強く思ったんだ。


 「それでは皆様、手を合わせて……いただきます!」


 「「「いただきます!」」」


 とりあえず、今は。

 ひたすらに海鮮パスタを啜る。

 強くなるために、生きる為に。

 俺はひたすらに飯を喰らうのであった。

 コレが明日の糧になると信じて。


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