グレイス編 8

 本部での雑多がすぎる要件を終え、ダリアはオフィスへと戻ることにした。

 連続殺人事件の葬儀への出席、それに関係した協力という名の取り調べ、調査部任務への詰問など……要件は並べればきりがない。ほとんど自分の時間を作れず、調査部の仕事も全てアルバートとグレイスに丸投げしたままである。

 どうやらアルバートも呼ばれて事情聴取を受けているという。あちらも大変そうだ。

 この忙しさの発端は、ダリアの親類や知人が次々に殺される事件から始まっている。広域犯罪にあたり、捜査局が扱っている案件だ。

 身内が絡んだ事件の捜査からは外される。ダリアは調査部へと転属させられた。自分から事件に関わることはできないが時間だけは拘束され、親しい人間が殺された件について何度も質問を繰り返されている。

 同僚捜査官たちはダリアを冷血人間だと思っているのかもしれないが、この状況はそれなりに疲労する。だが、そうも言っていられない。まだ調査部の襲撃の件が残っている。

 グレイスから報告書が届いた。一連の襲撃事件の犯人に関する考察を彼女の目線でまとめたファイルだ。

 ダリアはエーテル・デバイセズ製の端末で暗号化されたファイルを開き、目を通してみた。

「調査部への襲撃・フラグメントの強奪事件における、アルバート捜査官とデイジー・バーリング研究員の共謀の可能性について……」

 グレイスのレポートのタイトルにはそう書かれていた。内容は以下のようなものだ。

 まず、キャスリン・アルバート捜査官の過去の経歴。彼女はかつて陸軍の空挺部隊に所属していた。詳細はわからず、秘密部隊だった可能性がある。軍をやめ捜査官になるまでの経緯も不明。一連の襲撃事件の時、彼女はいつも所在がわからなかった。襲撃者は警察とは異なる戦術を使う。彼女なら能力的にも一致する。

 もう一人、デイジー・バーリング研究員。こちらはまだ経歴を洗いきれていないが、やはりタイミングよく現場にいなかった。彼女が伝えた研究所の位置はでたらめで、そこでパロット捜査官が狙撃されたことから、アルバートに協力していたのは彼女ではないか。立場的にもフラグメントを入手しやすい。能力は不明だが、銃器の扱いができるかもしれない。

 グレイスの報告書では、最後にこう主張していた。

 少なくともこの二人が職務中に嘘をついたことは確実であり、アルバート捜査官とデイジー・バーリング研究員が本件の犯人である可能性は無視できない。二人の関係性や経歴の裏付けは終わっていないが、徹底的に調査するべきである。

 それが、グレイスの報告書の結論だった。ダリアはこれを読んですぐに本局に報告書を転送し、捜査協力の要請をした。現在ダリアと本局の関係はよくないが、この内容なら無視されることはないだろう。

 レポートの最後には、詳細な裏付け資料は調査部オフィスに揃えてあると記載されていた。ダリアはそれを受け取るため、調査部のオフィスへと向かっていた。

 半壊した外観のオフィスに到着した時、すでに時刻は夜の九時を回っていた。エントランスにまだ一部の明かりがついており、中に人がいるのがわかった。

 正門から入ると、埃っぽく荒れたエントランスの中央に作業用のテーブルが置かれているのが見えた。

 そこに資料が積んであった。グレイスが集めてきた資料だ。アルバートやバーリングの経歴の写しや、LD関連の研究資料まで揃えてあった。なぜかそれに混ざって、この古い建物に元からあったいくつかの書籍資料も積まれていた。

 かつて図書館だったここには、町の歴史に関する記録、資料が残されている。集められていたのは二〇年から三〇年ほど前のものだった。

 グレイスは、それらの資料の影に埋もれて座っていた。一冊の本を手にしている。

 それはこの町にかつて存在した、とある大学のアルバムだった。表紙の装丁に見覚えがある。年号は一九八〇年代のものだった。

「つまり私は罠にはめられたということですか、グレイス」

 グレイスは持っていた本をテーブルに起き、悲しんでいるような、あるいは困ったような表情でダリアを見た。

 ダリアはグレイスが置いたアルバムのページを開き、バーリング研究室所属学生の卒業生集合写真のページを見た。

 ダリア・クロス学生。卒業論文は、ナノデバイスを用いた脳神経補助の可能性についてまとめたもの。当時ブロッサムから留学していた学生だったダリアは、この町で極小材料工学を学んでいた。

 この一冊だけは事前に見つけ、処分しておいたはずだ。倉庫から除去したはずのアルバム。グレイスはそれを町のどこかから取り寄せ、抜けたピースを埋めたらしい。

 もう存在しない大学の卒業アルバムなど、探しはじめてすぐ見つけられるとは思えない。だとすれば、かなり前からグレイスはこれを探していたのではないだろうか?

「前から疑われていたということですか。困りましたね」

 ダリアは困り笑いを浮かべながら言った。

「あなたの前歴はシークレットサービスだと聞いていましたが、出身の大学についてまでは聞いたことがありませんでした」

 グレイスはダリアの顔をじっと見ながら話した。アルバートはまだ本部か。スタッフもいない。オフィスはダリアとグレイスの二人しかいなかった。

「私への報告が滞ったような気はしていましたよ。本部にはもう通報済みですか?」

 ダリアは、自らの罪を認めるように微笑みながらグレイスに尋ねた。

 きっと、ダリアである可能性は最後まで排除しようとしただろう。ダリアは唯一の旧友だから。だが、最終的には論理の方が勝つ。それがダリアの知るグレイス・ハートだ。

「いつ気付かれたんでしょうか。何か失敗しちゃってました?」

 ダリアはいつもと変わらない調子で尋ねてみた。グレイスの慎重さなら、気付いた段階でダリアが犯人である可能性を捜査局に報告しているに違いない。しかし根拠は少なかったはずだ。ダリアは、自分の過去に関する決定的な証拠や繋がりは残さないようにしていた。アルバムの処分もその一つだ。であれば、本局では可能性の一つとして処理するだけに留めただろう。

 ダリアは他にも判断を遅らせるための布石、撹乱するための情報をいくつも撒いておいた。グレイスを最大限警戒していたからだ。そのうちいくつが機能するかはわからなかったが、ニセのフラグメントを回収させたり、近いタイミングでアルバートに疑惑が向くようにしたのは効果があったようだ。

 ひとつの結論を出す前に事態が進展するように采配をふるっておいた。ディズを送り込んだり、新しい回収任務を与えたり。結果、グレイスは変わっていく事態に常に追われることになった。

 しかし今アルバムで一つの根拠を示せば、捜査局もダリアに的を絞ることになるだろう。もう少し時間があると思っていたが、思っていたよりは早く確信を持たれてしまった。

「……これからどうするんですか」

 グレイスは絞り出すように言った。どうする、というのは、まさか自首をすすめているわけではないだろうなとダリアは思う。

「理由がわかりません。どうしてですか……」

 グレイスは続けて言う。ずいぶんこたえている様子だ。

「どう推理したんですか? 私のこと。最初のビルなんて、私はいなかったはずですけど」

「それはもういいでしょう」

「いいじゃないですか。教えてくださいよ」

 ダリアは興味と、グレイスの真意を探る目的で会話を続けた。

「あのビルでは……」

 ダリアが促すと、グレイスは自分の考えを教えてくれた。

 まず最初の商業ビルでの一件。あの時ダリアは現場に遅れてきたことになっていたが、実はグレイスと近い時間にもう来ていたのだろう。警官になりすまして現場に入ったもののグレイスと交戦になってしまい、そのまま逃走した。その後、何食わぬ顔をして合流した。その際に息切れしていたのは本当に急いで合流したからだ。そうグレイスは分析していた。

「恥ずかしいですね。ビルからこっそり出て合流するのはハラハラしました」

「……」

 ダリアがおどけてみせるが、グレイスの表情は硬直している。

 商業ビルでの本命は楔型隕石だったが、グレイスと鉢合わせてしまって回収は無理だった。そして、フラグメントの管理はアルバートの担当。アルバートはまめに数を管理していて、改竄や横流しはできない。手に入れるには、外側から奪う方法しかなかった。

 そして、次はオフィスの襲撃だ。夜勤続きでパフォーマンスが落ちてきた頃を狙い、ダリアは襲撃を仕掛けた。

「あの時、一度私の命を奪いましたね」

 グレイスは低い声で言った。二度目の事件、オフィスでグレイスと交戦したのもダリアだ。

 ダリアの見立てではアルバートは国防総省、もしくはその中の国家安全保障局との接点がある。ただの捜査官ではなく、フラグメントが盗まれないように目を光らせていた。先に言った通り、彼女がついている時に目を盗んでフラグメントを入手することは不可能だった。だからこそ当直人員を絞り、アルバートが不在かつ疲労困憊した頃に襲撃した。

 しかし思っていたよりグレイスが手強く、間抜けな話だがダリアは追い詰められてしまった。

 あの場で正体を知られるには早すぎた。予定にはなかったが、グレイスを殺害する判断をした。それが最も確実だった。

 胸が傷んだ。それは誓って本当のことだ。だがグレイスは死ななかった。厳密には、一度死亡したが蘇生した。思ったよりも早く楔隕石が活動をはじめていたからだ。

「あなたはカウンターとして機能しはじめた。厄介だと思いました」

 グレイスはカウンターになった。あれらの超存在には、それぞれ窓口になる人間が必要になる。グレイスはそれに選ばれたのだ。綺柩は人類と対話を開始し、本格的な活動が始まってしまう。

 だがカウンターを作るにはエネルギーを消耗するはずだ。その上でカウンターを傷つけたり破壊すれば、本体にかなりの消耗を強いることができる。ガイアの封印の時もそのパターンだった。なので、グレイスに狙いを定めることにした。

「フラグメントが必要だった理由は何ですか?」

 グレイスはダリアの手を指差した。見せてはいないが、そこにはフラグメントを加工してできたブレスレットがある。

 そう、ダリアは隕石を持つことができる。隠していたわけではないが、話したこともなかった。統括の立場では触れることも少ないからだ。

 商業ビルでの収穫は結局この三日月型の石一つだけで、オフィスでは失敗。十分とは言えなかった。

「使わせないためですよ。私は反LD派なんです」

 ダリアは答えた。LDを使うのは手段に過ぎない。他の誰にもLDを使わせないようにするためだ。

 ダリアはGLDについての知識が少しあり、限定的な活性化ができる。このブレスレットのように簡単な詠唱器では、乱用するとすぐに壊れてしまう。それでもいい。LDなどなくなればいいと思っている。

「目的のため。わかってください、とは言えませんよね。あなたを殺したくはなかったんですけど」

 グレイスはその話を聞いても、一言も話さず俯いていた。

 いくらダリアの言うことでも、この子が殺人を肯定できるはずがない。だが、ダリアはこんな場合のための言葉も用意していた。

「罪を犯したことは理解しているつもりです。こうなっては、もう時間切れですね」

 ダリアはすらすらとセリフを言う。グレイスは視線を上げ、ダリアの顔を見た。お互いに真剣な眼差しをかわし、沈黙が流れる。

「あなたに捕まるなら……仕方ないですから」

 ダリアは瞳を閉じ、そうつぶやいた。それを切欠にグレイスの表情が同情的になった。

 ああ、本当にこの子はだめだ。能力は高く柔軟性もあるのに、こういう直線的すぎる所が捜査官に向いていない。せめてあの相棒の知恵を借りることができれば、もう少し生きのびられたかもしれないのに。

 純粋さゆえにグレイスは命を落とすことになる。二度も手にかけるのは本当に忍びない。手首に隠したフラグメント加工物に思念を送り込む。GLD系の術式で分子破砕魔法を込めた強力な詠唱具だが、射程距離が短いのが欠点だった。ダリアが一人で生み出せるものの中ではこれが最大威力の魔法だ。

 グレイスは、ダリアに手錠をかけるために近づいてくる。この距離なら十分だ。彼女のどの部分でも好きに選んで消し飛ばしてしまうことができる。丸腰かつ無警戒に近づいてきたグレイスの首を落とすのは赤子の手をひねるより容易い。

「……?」

 だが、分子破砕は発動しない。

 かしゃん、と乾いた音とともにフラグメントのブレスレットが床に落下した。

 石は、ダリアの思念を受けてぼんやりと赤く光っていた。まさにその能力を発動しようとしていた証だ。

「やっぱり……そうなんですね」

 グレイスは心痛を噛みしめるような表情で言った。床に転がった石を見ている。

 ダリアは身を屈めながら、腰にあるリボルバー拳銃を抜いてグレイスを撃った。その動きを察知し、グレイスは背後に跳びながら隠し持っていた自動拳銃を足から抜き、反撃してきた。

 初弾はお互いに外した。距離をとり、グレイスはデスクへ、ダリアは本棚の影に身を潜める。

 ダリアは自分の手首を見た。うっすらと赤くなっており、そこに何かの浸食作用が働いたのがわかった。

 カウンターになってから間もないというのに、もうLDを体外でコントロールして作用を及ぼすことができるらしい。効果は貧弱とはいえ、さすがはグレイスだ。

 何度も狙われているのでグレイスにも警戒心が身についたようだ。甘く見ていた。一人になっても油断できない。

 カウンターであるグレイスに狙いを定めたのはよかったが、柩はグレイスがカウンターになってから常に近くにいて目を光らせていた。やっとエーテル社で一人になったので暗殺しようとしたら、それも囮だった。おかげで、ヘイズの暗殺のために準備していた警備ロボの仕掛けを消費してしまい、仕留めそこねたままだ。ヘイズ暗殺には同じ手はもう使えないだろう。

 それだけではなく、狙っているのはグレイスだと教えることになってしまった。あの時、警備ロボの優先ターゲットをグレイスに設定したのが間違いだった。

 もしかするとあの邪悪は、そこまで計算して分身などという策を使ったのかもしれない。それは買いかぶりすぎだろうか。

 しかし、ここには埋葬花の香りがしない。柩はいないということだ。一対一の今なら、グレイスをやれる可能性は十分ある。

 ダリアはポケットから他のフラグメント加工物を出し、身に着けた。つい先ほど輸送中に奪ったものがいくらでもある。そのうちのいくつかを詠唱器にしてきてよかった。

「どうしてバレちゃったんです? あなたらしくない反応でしたよ」

 位置を探るため、ダリアは声をはって質問した。グレイスの性格から、今の攻撃を察知したのは意外に思えた。

「……」

 ダリアが質問しても、グレイスはその理由を答えない。そこで偶然、グレイスが先程まで持っていたアルバムが目に入った。

「ああ、そっか……そっちもバレちゃってるんですね」

 ダリアが開いたページには、バーリング研究室所属大学院生の集合写真がある。その当時からあまり印象の変わっていないダリア。他の数名の院生も写真におり、その中にはグレイスが最近見たであろう人物もいる。

 当時はあまり目立たなかったが、細身で長身の特徴は変わっていない。見てすぐに気づいたのだろう。

 リトルアーク大学には当時、ブロッサムからの留学生が何人か在籍していた。そのうちの一人がダリア。そして、その他には将来エーテル・デバイセズ社の代表取締役となるデリック・ヘイズもいたのだ。

 ヘイズは命を狙われていると話していた。この写真を見た時、グレイスは考えたはずだ。

 ダリアの旧知の人物が次々に殺害されている事件。本局が今一番力を入れて捜査している広域連続殺人事件だ。ヘイズがもしダリアと知り合いなら、彼が狙われているのも同じ犯人によるのではないか?

 この写真に写っている人物で今も生き残っているのは、ダリアとヘイズだけ。とすれば、どちらかが犯人かもしれない。

 そしてこの状況で、知人であるグレイスを迷いなく殺そうとしたことが決定打になった。ダリアは知り合いだろうと容赦なく殺害することができる。

 つまり、一連の身内の連続殺人事件の犯人もダリアかもしれないとわかる。

「だとしても、アルバートやルーシーだって可能性があったんじゃないですか?」

 ダリアはグレイスに向けて話す。話しながら距離をつめていたダリアを察知し、グレイスは走りながら発砲してきた。それは牽制だったのだろう。グレイスはそのまま身を隠すように遠ざかっていく。一定の距離を維持しつつ反撃の機会を伺っているようだ。

「複数犯なら……その二人を候補に入れたでしょう。単独犯の可能性が高いと思っていました」

「ずっと単独犯を疑っていましたね。どうしてですか?」

 お互いに会話で位置を探る。薄暗い施設の中、グレイスの銃弾が隠れているダリアの足元をかすめた。同時に、ダリアの弾丸がグレイスの髪をすり抜ける。

「……直感です」

「……一人前の刑事みたいな事言いますね」

 いつぞやの会話を繰り返す。ダリアは直感など信じないが、この場合のグレイスの直感は当たっていた。根強く単独犯を疑うグレイスを見て、ダリアは対応をしなければならなかった。

 複数犯の場合は何人か可能性のある人物が浮上するが、単独犯の場合はやがて条件を満たすダリアに絞られていくからだ。

 調査部の内情に詳しく、どの襲撃現場にも居合わせなかった者。隕石を持つことができ、戦闘にも慣れている。そんな人物は一人しかいない。

 なので、ダリアは先回りして種を撒いておいた。いずれの策もグレイスを惑わし、悩ませるための時間稼ぎだった。

 まず、傭兵を使って尾行させることで組織だった相手であると印象づけた。

 危機管理の専門家だったダリアは傭兵ビジネスにも詳しい。ちょうど同じ時期、エーテル社でクーデターをもくろんでいた「ノストークの傭兵」はダリアの知人で、利害関係が一致していた。傭兵を融通してもらい、複数犯の気配を残していった。

 だが、それでもなおグレイスは粘り強く単独犯を疑っていた。単独・複数の可能性が半々である限り犯人がダリアに絞られることはなく曖昧なままにできたというのに。厄介なカンを持っている。

 だから、「アルバートは本当はフラグメントの運搬ができる」という錯誤を抱くような仕掛けをすることを思いついた。アルバートがフラグメントを運べないという前提さえ覆れば彼女の単独犯説が成立するからだ。

 サウスラーク砂漠で回収させたフラグメントは偽物で、鉄の含有率が高い石に過ぎない。それを市販の金属探知機に少し改造を加えたもので探させた。

 電話で内部犯の可能性を匂わせれば、グレイスが犯人を絞り込むために身近な捜査官を試していく可能性は高かった。フラグメントまわりのことを試されるのは危険で賭けになったが、その工作は成功した。

 ダリアがそんな賭けに追い込まれたのも、グレイスと柩のペアが思った以上に厄介な相手だったからだ。思ったよりも早く、グレイスはダリアの背後に迫っていた。

 あの二人を引き離す方法を考えなければならなかった。そうしない限り、早いうちに捕まることになるだろうと考えた。

「わかりません。ダリア、どうしてですか? なぜ知人を殺していたんですか。どうして私を狙ったんですか。模範的な捜査官だったあなたが……!」

 グレイスは感情的になって叫んでいた。そう、身内や親しい人間を次々と手にかけてきたのはダリア自身だった。そこまで知られていては、いくら相手がグレイスでももう説得や懐柔など不可能だろう。

「予告はしておいたじゃないですか。最後に狙われるのはあなたかもしれない、って!」

 いつかの電話で言ったことをダリアは繰り返した。あの時言った通り、グレイスはダリアにとって最後の難敵であった。

 ダリアは本棚の根本を分子破砕し、ドミノ倒しのように倒れさせた。粉塵が舞い、一時的に施設内の視界がきかなくなる。

「!」

 グレイスが動揺する気配がした。同時に、階段で吹き抜けの二階に走っていく音がする。分子破砕攻撃を警戒して接近されるのを嫌い、視界で優位に立つために上に。そこからダリアを狙い撃ちにするつもりだろう。

「今度は出し惜しみはしませんよ」

 ダリアは手持ちの詠唱器全てを左手首に身につけた。術式を封入した加工済みの隕石フラグメントをブレスレットで数珠つなぎにしたもので、一つ一つで個別に分子破砕を発動できる。同時に、端末に空間分析用の音響分析プログラムを走らせる。

 すると、LDとして活性化した隕石フラグメントが個々のデバイスとして認識され、スタンバイされる。

 施設内のあちこちに設置したマイクによって音を拾い、視界がきかない中でも相手の位置を特定できる。館内の監視用にとりつけたもので、こんな準備をしていたことをグレイスは知らないだろう。

 ダリアの頭上に気配がある。二階の廊下から吹き抜けを通じて誰かが狙っている。

 発砲音とほぼ同時に空気が引き裂け、大気分子を分解する音がする。どうやらグレイスが撃ってきたようだが、音響探知によって射撃位置と方向を特定、ダリアの端末のプログラムを通じて詠唱器にデータが送られ、その弾丸を空中でかき消した。

 今のは足を狙ったらしい。ダリアがそれを意識するのは迎撃が済んでからだった。気づいた時には、発砲された弾丸は粉々に分解されている。

 さながらレーダーを搭載した最新鋭の駆逐艦のように、迫りくる弾丸を全て空中で迎撃する。詠唱器の一つがオーバーヒートしているが、予備は無数に用意している。

 今のでグレイスの位置もわかった。今度はダリアが反撃する番だ。

 ダリアは手首からオーバーヒート気味の詠唱器の一つをちぎり、射撃があった方向に放った。赤い光の帯をひきながら詠唱器は飛んでいき、二階の一部で破裂した。

 鋳造コンクリート造の床にたやすく穴が空いた。詠唱器を一つ消費してしまうが、多少遠くへも攻撃ができる。威力がありすぎるので手応えがあるかどうかさえわからないのが難点だ。

 二階に上がると、空気が破裂した地点の近くに小さな血痕が残っていた。だが、グレイスの姿はなかった。

 すばしっこい。反撃に気づいてすぐに移動したらしい。

 本棚が崩れた粉塵がおさまっていき、周囲の様子が見えはじめた。ダリアは自分のリボルバー拳銃にも弾丸を追加装填する。グレイスはその間にもあちこち走り回っているようだ。

 仕掛けに気づいたとしたらすごいが、マイクはいくつも仕掛けてある。気づいたところで潰しきれはしない。こちらには弾は当たらず、射撃戦では圧倒的なアドバンテージがある。以前とは用意した武器の数が違う。

「ほら、見つけましたよ」

 二階の本棚の間を逃げるグレイスを見つけ、ダリアは射撃を行う。ダリアの射撃は正確だが、グレイスはそれ以上の腕で反撃してくる。嫉妬するほどの射撃センスだった。

 しかし、グレイスが発射してくる弾丸は全て空中で叩き潰せる。グレイスはしだいに追い詰められ、施設の奥へと逃げていく。ダリアはさらに射撃を加えた。

 手応えはあったが、傷を負わせた気配はない。小賢しく例の貧弱な防御手段を使っているらしい。

 柩が行っていた重力バリアの真似事だ。グレイスは低ランクの重力干渉しか行えない。LDを使い始めたばかりならその程度が限界だろう。

 もっと簡単で殺傷能力能力の高い術式はMLDにもあるはずだが、それを使うのを許可するはずはない。これまでの分析でわかっている。

 MLDには冷淡なほどに厳格なルールがある。この状況ではどんなに高ランクでも重力干渉までだろう。極めればそれでも十分だが、未熟なグレイスの重力操作では殺傷能力を得るほどの術式にはならない。

「柩はずいぶん頭が固いようです。あなたと気が合いそうですが、なぜ別れたんですか?」

 ダリアは姿の見えないグレイスに話しかけた。グレイスはその挑発には返事を返してくれなかった。

 グレイスを仕留めるには、柩との分断がどうしても必要だった。いくつか方法は考えていて、ギリギリで実現できたのは幸運だった。

 柩は常にグレイスを守っていた。グレイスのレントゲン写真を見たが、MLDを脳に埋め込むことで脳への狙撃を防御している。脳以外へのダメージは、柩がすぐ近くにいればすぐに治療されてしまう。カウンターにした人間を保護するのは本能のようなものだろう。グレイスの暗殺は難しかった。

 だが逆に、柩はカウンターでもない人間を救わないはずだ。それを利用してみることにした。

 ルーシー・パロットを目の前で失えば、グレイスと柩の関係は悪化するだろうと予測した。柩が近くにいれば容易には近づけないので、遠くから狙撃する必要があった。見通しのいい場所に呼び出したい場合のためにあのフェイクの住所を用意しており、それが役に立った。

 グレイスが泣きつけば蘇生してやる可能性もあると思ったが、そうはならかったということだろうか。

 こうして柩と一緒にいない所を見る限りはそうらしい。

「どうしてそこまでできるんですか……!」

 苦しそうなグレイスの声が聞こえた。少し気の毒になってきたので、ダリアはそれについて話してもいいという気分になってきていた。

 確かに、同郷のグレイスならそれを聞く資格がある。柩に不信感を持っている今なら、ダリアの話もわかるかもしれない。

「アレとの対話、利用が検討されているんですよ。そんな事、許せないとは思えませんか?」

 ダリアは言う。銀河をたやすく崩壊させるような存在がこぞって地球に舞い降りた。こんなのは狂気の沙汰だった。

 三つの超存在のうち、メテオライトタイプは最も保守的な態度を取っている。漂着した惑星に影響を与えることを嫌い、イレギュラーが起きた時だけしか対処しないようだ。

 シリウスタイプは生物的な反射ばかりで話など通じない。ガイアタイプは……なんとも言えない存在だが、間違いなく危険な相手だ。

「ゲームで例えればラスボスとして待ち構えている魔王みたいなものですよ。そんなのと対話しようだなんて……どういう神経ならそうなるんでしょうね」

 Mタイプは確かに一見対話ができそうな反応をする。だが、安全などと誰が保証できるだろう。

「綺柩は利用可能。それが政府や軍の言い分です。正気とは思えませんね。そうでしょう?」

 あれは甘く見ていい相手ではない。いざ牙を向けば、他のどのラスボスよりも厄介かもしれない。LDとしての質が最も制御的で、完成されているからだ。

 対話など正気ではない。LDは悪魔の技術だ。いずれ全てを加速させ、劣化させ、崩壊させる鍵のようなもの。どの銀河もLD技術に手を出したために滅んだのだ。そのことは奴ら自身の姿が語っているのに、なぜわからない?

 力を完全に取り戻す前に封印するのが望ましい。ガイアも、シリウスも、そしてメテオライトも。二度と起動できないように全力で封印すべきなのだ。

「あなたも知ってるはずですよ。私達の故郷がどんなふうにめちゃくちゃになってしまったか!」

 ダリアは叫んだ。LD技術に目がくらんだ連中のせいで故郷は滅んだのだ。ブロッサムの時も、連中が呼び寄せて降り注いだ流星で町が壊滅した。その後に起きたことも最悪だった。

 クロス家の屋敷も、ダリアの家族も、グレイスの家族も、みんなを育ててくれた故郷さえも無くなった。ヘイズ家をはじめとする一部の人間の目的のためにだ。それなのに人々はその後またガイアに手を出し、結局はコントロールできず失敗。落とされた爆弾で一つの町が犠牲になった。シリウスでも同じ失敗を繰り返そうとしている。

 超存在とは対話ができる。LD技術には利用価値がある。そんなのは言い訳だ。そのために罪のない一般市民が危険にさらされ、虐殺されていいわけがない。

 ダリアは感情に任せ、リボルバーの弾丸を撃ち尽くしてしまった。本棚を貫通しながら弾丸が飛び交い、グレイスが走り去る音が聞こえる。

 LD技術に関与する人間や組織は徹底して潰さなければならない。エーテル・デバイセズも、国防総省もだ。そして、カウンターとなった大事な友達も。

 希望など持たせない。LD技術の先にあるのは絶望だけ。それに気づいてほしい。そうしなければ、罪のない大勢の人間がまた犠牲になる。

 ダリアはスピードローダーを使ってリボルバーを再装填し、前方に銃を向けた。その方向に、突然いくつもの空中破裂が発生した。

「準備してましたか」

 グレイスが、どこかから調達したショットガンで正面から撃ってきたのだ。詠唱器の一つが今の防御展開で限界を迎えて砕け散った。それがなければられていただろうと経験上思う。

 だが、まだ詠唱器の残数は十分だった。防御はダリアの方が上回っている。

 G系のLDには破壊的な作用を及ぼす術式が豊富に揃っている。このような不完全な詠唱器であっても威力は十分。グレイスと比べると能力の種別のアドバンテージがある。

 現地への影響を遠慮しているM系とは違う。たとえ同レベルの能力をぶつけてきても、分子破砕という破壊力に優れた能力に対抗できるものは多くない。

「ほら、もう逃げ場はないですよ」

 二階の奥、行き止まりの隅にグレイスはいた。体は生傷だらけで、ダリアの弾丸をなんとか逸らしながら逃げてきたことがわかる。ショットガンの残弾も尽きたようで、武器は拳銃しか残されていない。

 ダリアが持つマグナムリボルバーの弾丸は高威力だ。そこらの拳銃弾と違い、重力干渉でそらすには大きな力を消耗したことだろう。

 額を片手で抑えているのは、限界を超えた能力行使によって頭痛になっているからだろう。思考加速と重力干渉で脳を酷使している痛ましい姿のグレイスを見て、ダリアは高揚と憐憫の感情を同時に抱いていた。

 ダリアのリボルバーはまだ再装填の必要がない。グレイスはかなり消耗して見える。あと何発まで耐えてくるのだろうか。相手に先に撃たせたい。残弾を使わせた上でじっくりと仕留める。そのために、ダリアはわざと一歩を踏み出した。

 そこで、足元に何かあるのに気づいた。

「あ……」

 赤いチョークで✕の印がつけられている。これは……。

 そうだ。あの夜はグレイスの目がよくなっていたと聞いている。路面にあった印にも気づいたかもしれない。

 あれはダリアが用意していた仕掛け。複数犯を装うために使ったいくつかの仕掛けの一つで――。

「あの時からもう疑ってたんですね。あはは……」

 まさか、あの印に気づいていたとは。

 オフィスを襲撃した時、ダリアは逃走することになった。商業ビルで失敗した楔の回収が一番の目的で、無理な時はすぐ逃亡する想定をしていた。

 そこで、町の一番長い道路の途中に目印をつけておいた。数百メートル先の高所に仕掛けた狙撃銃であらかじめ狙いをつけ、そこを通るタイミングで遠隔から狙撃を行えるトラップだ。

 実は最初の商業ビルの時点でも使った手だ。傭兵とあわせ、複数犯であることを印象づける仕掛けでもあった。

 現場から見つかった狙撃銃からは何の証拠も出ていない。普通なら遠隔操作を受信する通信装置、トリガーを操作するための電気的な仕掛けなどがいる。だが、弾薬に直接LDを仕込んで雷管を発動させれば、そんな遠隔装置はいらない。

 弾丸が発射された瞬間に薬莢の中のものは燃え尽き、仕込んだLDは砕け散って無くなる。銃の側に通信端末などの仕掛けが不要になるので、遠隔操作の証拠は残らない。LDを扱える者ならそれができ、あたかもそこに「仲間の狙撃者がいた」ように見せることができる。

 異常は、路面にただ✕印がつけてあったということだけ。そこに弾丸が行くように事前に狙撃銃を設置しておいた。バイクで逃げるダリアはその印を路面から見つけ、車が通過するタイミングで遠隔狙撃を発動させた。

 誰かのいたずら書きにしか見えないような印だ。証拠にもなりはしない。しかしそれが、グレイスには怪しく見えたのだろう。

 遠隔操作で狙撃を行わなければならない者は「独り」であることを自白するようなもの。グレイスが単独犯に固執した本当の理由は、きっとあの夜にあった小さな違和感から始まっていたのだ。

 LDについて理解していけば証拠が出なかった理由もわかる。小さな違和感をつなぎ合わせ、狙撃者の気配がない理由が像を結ぶことになる。

 この✕印がもし同じ意味だとしたら、この場所に火力が向くようLDを使った仕掛けをしているということだ。ダリアがあの夜にしたような仕掛けを、この短時間で作ったというのか。

 意趣返しをされる。相手が使ったのと同じ方法を使うのは、負けず嫌いのグレイスらしい。

「やってみたらいいですよ。私の防御とあなたの用意した火力、どっちが上か力比べです」

 ダリアは虚勢を張った。手持ちの処理装置で防ぎきれるか、それほど自信はない。

 ダリアはグレイスの直感力や機転に感銘を受けていた。詠唱器による防御は隠し種だったので、予測して準備できたとは思えない。戦いながらこの罠を考えたに違いない。

 グレイスは銃口をダリアに向け、引き金に指をかけた。

 その動作が文字通りの引き金になっていた。本棚の影、廊下の奥などいくつもの場所から一斉に発砲音が響いた。

 射撃は数秒の間続いた。ダリアはその場から一歩も動かず、襲ってくる銃弾が空中で分解される破裂音を聞いていた。

 全て収まった時、ダリアはまだその場に立っていた。

 手足にわずかに擦過傷ができている。設置攻撃に使われたショットガンから放たれる散弾の一部がカバーできず、ダリアのストッキングやシャツを破って血を滲ませていた。だが、どれも急所は外れていた。

 詠唱器の全てが過負荷で悲鳴を上げ、赤い光をほとばしらせながら半数以上が砕け散った。熱を帯び、石を身につけていた手首部分が火傷の痛みを発している。再び使うには少しのクールダウンが必要だ。

 グレイスは沈黙したまま立ち続けていた。ダリアに銃口を向け続けている。

 ダリアもグレイスに銃口を向けていた。これで対等の条件。お互いに手品のタネは尽きた。あとは純粋に銃だけが残されている。

 グレイスは頭を抑えていて、立っているのもやっとの状態に見える。さらにLD操作を行ったせいで猛烈な頭痛に襲われているはずだ。気絶せずに立っているのを褒めて頭を撫でてやりたいくらいだ。

 ここから撃ち合いになったら、若干ダリアが不利だ。詠唱器が音を上げている今、グレイスの正確な射撃から身を守るのは困難に思える。だが、それを顔には出さないようにする。

「……ダリア。これ以上撃ちたくありません。無事でいてくれてほっとしてるくらいです。だから……私と自首しに行きましょう」

 グレイスは直線的にダリアを見据えながら言った。本気なのか。それとも、まだ手を残しているのだろうか。

「今更泣き落としするつもりですか。だめですよ。そんな事されたら辛くなっちゃいます」

 ダリアは答えた。ダリアを失えばグレイスは本当に一人になってしまう。この状況事態、グレイスにとっては寂しさで限界のはずだ。投降勧告は本気なのだろう。

「……わかりました。負けましたよグレイス。こうさんします」

 ダリアは身につけていた詠唱器を外し、リボルバーとともに前方に放り投げた。丸腰になり、両手を見える位置に上げる。

 グレイスは狙いを定めたまま、慎重に近づいてきた。その途中、ダリアの武器と詠唱器を足で蹴って遠くに退けた。

 そして、グレイスはダリアの前に立つ。心の底からほっとしたような顔を見せながら。

「さあ、ダリア。行きましょう」

 グレイスは、ダリアの手に手錠をかけようとする。ああ、どうかそんな安心した顔をしないでほしい。

 これからあなたを裏切ろうとしているのに、決意が鈍ってしまうから。

 グレイスはまだ、LD技術の深淵を知らない。のグレイスは、この地球上の人間でも体一つで十分に殺傷能力を引き出せるということを実感できていない。

 ダリアの体内にはGLDがあり、血液中を駆け巡っている。少量だが、もう抜き出すことはできない。フラグメントのような凝固し密度の高いものとは違うので、高位魔法である分子破砕の発動はできないが、低級のものなら何も武器を持っていなくても使うことができる。

 近づいてきたグレイスの右半身に照準を定め、ダリアは念じた。すると、グレイスの右手、右肩が発熱し、一気に衣服に着火するだけの温度に上昇する。

「…………っ!?」

 火柱が上がり、グレイスはその場に倒れた。嘘のように燃える自分の右手を見て驚いている。その時、取り落したグレイスの銃が熱で暴発する音が響いた。

 ダリアは単純な術式をいくつか暗記しており、それを血液中のGLDに思念として送ることで発動することができる。この方法なら、武器や外部のデバイス、フラグメントがなくてもいい。

 ダリアはさっきグレイスによって蹴られて退けられていた銃と詠唱器の場所に行き、それを拾った。銃には残った弾薬があり、詠唱器の冷却も済んでいた。

「さて、これ……で……」

 武器を拾いながら、ダリアは気づいた。

「え――?」

 拾った武器の下の床、そこにはさっき見たのと同じものがあった。赤いチョークでつけられた✕印だ。

 落ちていた銃を拾うと、それに隠れるようにその印があった。先程の位置とは別のもの。ダリアはそれに気づき、一瞬で意味を察した。

 急いで詠唱器を身につけ、身構えつつグレイスの様子を確認した。グレイスは焼けただれた右手を抑えながら、ゆっくり立ち上がっていた。

 そして、意思のこもった目でダリアを見ていた。炎で傷ついた指が震えながらダリアの方を向く。

 詠唱器での防御に入るダリアだったが、そこで気づく。グレイスは銃を持っていないではないか。そのかわり、グレイスの指の先に小さな白い光が集まっている。

 まさか、グレイスもできるというのだろうか。ダリアと同じように、何も持たずに攻撃する事が。だが、どんな攻撃だとしてもダリアに防げないものであるはずが――。

 光は直視できないほどの眩さに変わり、次の瞬間には音もなくダリアの胸を貫いていた。

 この場を離れる暇もなかった。重力操作でなく、銃による射撃でもない。なぜだ。MLDを用いた能力干渉で、こんなに現実世界に強い影響を与えそうなクラスのものはありえない。可能性があるとしても、何か大きな異常への対抗策カウンターとしてしか使えないはず……。

 それを思った時、あの銀色の髪の少女の姿が脳裏をかすめた。この場にはいない、あの忌むべき存在が。

 そんなカウンターを引き出せる存在がいるとしたら、同じく反則的な能力を持っている誰かだけだ。どこかで、この場所ではないどこかで、誰かが何かとても重大なルール違反をしている。それは例えば……失ったものを戻したり、時間の針を戻すような行為だ。

 ここに柩がいないのは、決別したからではなかった……?

 この光の攻撃はダリアではなく、そのルール違反に対して放たれている。そうとしか考えられない。

 ダリアの分子破砕魔法でも決して防御できない、烈日のような白い耀き。その光の槍によって、気持ちいいほどにまっすぐに、ダリアの心臓が貫かれていた。

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