熱戦の後

 会場で、テレビの前で、観ている人達全てが息を飲む。

 

 多くの人の祈りも虚しく、昴の放ったシュートは少し距離が足りず、ボールは前方に落下した。ボールのバウンド音が静寂に包まれた体育館に重く響く。


 無情にも試合終了のブザーが鳴った。 昴は天井を見上げ、目を閉じた。涙が頬を伝った。

「ごめん」

 小さくそう呟いてガクッとうなだれた。日本チームは肩を落とした。


「ウォー!!」

 会場がどよめき、アメリカチームは歓喜の声で溢れ返っている。ベンチにいた選手、スタッフがコート内に雪崩れ込み、皆で抱き合い、喜びを分かち合う。

 明と暗。

 残酷なまでにくっきりとした境界がそこにはあった。


 長い時間が経過したように思えた。海斗が昴の元にやってきて抱擁し、背中をポンポンと叩いた。

「素晴らしい銀メダルだ。胸を張ろう」

 おでこを合わせて二人で涙した。チーム全員が集まってきた。海斗がもう一度言った。

「素晴らしい銀メダルだ。胸を張ろう」と。

 

 海斗が会場に向かって手を振るとみんながそれに合わせて手を振った。会場から大きな拍手と称賛の声が飛び交った。

 沢山の人々が涙を流していた。テレビで日本チームを応援していた人達も、大勢のの昴のファンも、彼らと一緒に泣いていた。

 「悔しいけれど、本当に良く頑張った。凄いよ。銀メダルおめでとう」

 きっとみんながそう思っている。


 マイケルが昴の元にやってきて握手を求めた。

「手こずったぜ。いいプレーだった」

 昴はくそっという顔をしながらも

「おめでとう。次は負けねえ」とその手を握り返した。


 昴は疲れ果てていた。控え室に戻ると放心状態になって車椅子に座ったまま頭を壁に預けて目を瞑っていた。自力で普段使いの車椅子に移乗する事も出来ずに、スタッフに抱えられて移乗した。

 スタッフが昴の身体を持ち上げた時、一瞬昴の全身の力が抜けた。

「スバル!」

スタッフがびっくりして少し大きな声を上げた。

「大丈夫だよ」

 無意識に声が出て、昴は気を失わずにすんだ。

 誰もこんな昴を見た事がなかった。海斗は心の中で言った。

「お前はなんて凄いヤツなんだ。このゲームでまた自分の限界を一つ突破したな」と。


 四年前のバスケのヒーローはイスバスのヒーローになった。日本ではオリンピック以上にパラリンピックが盛り上がった。その盛り上がり方はパラリンピックというよりは、オリンピックのイスバスという種目のような感じで、純粋にスポーツに対する熱狂のようだった。

 "イスバス"という言葉が世間に定着し、"する"という言葉が流行語となった。昴という名前の様に"す"にアクセントを置くのではなく、"ば"にアクセントを置く。昴の様に困難に負けずに頑張る事、若者達は「この課題難しいけど、オレ、もうちょっとスバッてみるよ」などと言う。昴の様にカッコいい事、「今日のお前、スバッてたぜ」などと言う。

「バスケのスバルもカッコ良かったけど、イスバスのスバルはその上をいくかも。まるで車椅子が自分の身体の一部みたい。自由自在って感じで、その迫力はバスケ以上って感じるよね」

 女子高生、女子大生の間では四年前以上に昴の話題が飛び交っていた。


 弟の柊斗はこのゲームを会場で観ていた。その光景を見ながら止めどなく涙を流していた。心が震えるこんな感動を初めて味わった。

 もう充分に身体を痛めつけられてる障害者が、敢えてそれ以上に自分の身体を痛めつける意味、その意味がやっと分かったような気がした。昴と海斗が一緒に流していた涙を羨ましいと思った。昴が歩んできた道を初めて本当に理解出来た気がした。

 帰国後、柊斗は昴に向かって言った。

「僕もイスバスを真剣にやりたい。日本代表になって、スバルとカイトさんと一緒に金メダルを目指したいんだ」と。

 昴は喜んだ。歌のクラブを辞めた柊斗を、昴はドゥーリハから高校に毎日迎えに行って一緒に練習を始めた。


 柊斗はずっとイスバスをレクリエーション的にしかやってこなかったが、元々才能はあった。昴や海斗のようにスピードやテクニックが図抜けている事は無く、動きは地味ではあるが昔からロングシュートは得意だった。決める確率がそれ程高いわけではないが、リングに吸い込まれるようにボールが描く放物線と、ネットにボールが吸い込まれる音が何とも美しい。昴はそれを見ながらため息をつく。

「お前のロングシュート、入ると何であんな気持ちいい、いい音するんだ? なあ、オレがシュウトって名前付けてやったからだと思わないか? 感謝しろよ。ロングシュートはシュウトの凄い武器になるから、もっともっと練習して確率を上げろ。百パーに近づけろ。特にスリーポイントな。頑張ればすぐに日本代表になれるぞ」


 昴と海斗はプレースタイルが似ているが、日本チームにタイプの違うハイポインターが入れば攻撃の幅がグッと広がる。まあ、イスバスは出場選手にポイント制限があるから、同時にハイポインターの三人がプレーする事は出来ないけれど、場面場面で選手を使い分け出来るようになる。


 柊斗も自分にはこれしかないと思っていた。昴や海斗のような動きは出来る気がしなかったが、ロングシュートを打つのは好きだったし、自分の武器に出来るような気がした。もしかしたら昴が言うように、自分が柊斗という名前を授かったのはシュートを打つ為に生まれてきたからなのかもしれないとさえ思った。

 二人の性格は大きく異なっていたが、本気になると一途な所は一緒だったようだ。柊斗は誰よりも多くロングシュートの練習を繰り返し、その確率を高めていった。体育館に気持ちのいい音が繰り返し鳴り響く。ニ年後、柊斗は高校二年生でナショナルチーム入りを果たした。


 パラリンピックまであとニ年。海斗と昴の名コンビの話題に加え、今度は昴と柊斗の兄弟出場の期待が高まる。

 しかも、次のオリンピック・パラリンピックは再び日本にやってくる。十五年前、世界中はコロナ禍にあり、東京は無観客試合で行われていたので、しっかりと観客を導引出来る形でという強い願いが叶い、開催地は長野に決定していたのだ。かつて長野オリンピック・パラリンピックは1998年に開催されたが、それは冬季大会だったので夏季は初めての開催となる。









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