柊斗の話
「僕はイスバスを楽しんでるよ」
ある時、弟の柊斗に向かって「シュウトはイスバス、好きじゃないのか?」と聞いた時に柊斗はそう答えた。
ドゥーリハリハのチーム練習は土日が中心だ。水曜日は集まれる人は集まって、多少連携プレーなど練習するが、平日はほぼ自主練主体に行われている。土日は試合に出場する事を目的にせず、レクリエーション的に楽しんでいる人達も含めて二十〜三十人集まる。初めは全員で交流しながら身体を動かし、その後二つのグループに別れて活動を行うのが常だ。柊斗は小学校に入学すると同時にイスバスを始めたが、中学生になった今もどちらかと言うとレクリエーション的に楽しんでいて、そちらのグループでリーダー的に活動している。
オレは柊斗がドゥーリハには小学校の時からずっと週末だけしか行っていなかった事を、今迄知らなかった。柊斗もてっきり自分と同じように、イスバスに夢中になって毎日やっているもんだと思い込んでいたが、そうではなかった。親に送り迎えをしてもらわないと通えないという事もあっただろうけど、柊斗はイスバスに熱を上げなかったようだ。小学校の時は合唱部で、中学校に上がるとsong部というのに入って、どうやらそっちの方に夢中になっているらしい。
「勿体ねえ」と思う。あいつだって小さい頃から身体能力は高い。歌なんてやっている暇があったらボール触れよ、チェアワーク磨けよって思う。
でもな、時々柊斗の部屋から聞こえてくるギターと歌声、心に沁みるんだよな。声変わりしたばっかりの大人になりきってない声が中々いい味を出している。これ、オレの弟が歌ってるのか? って不思議になる位、もしかしてスゲ〜才能あるのかもしれない。この前、隣の部屋で聞いてて、危うく涙流しそうになったぜ。
「この大きな大地を〜♪
もしも、踏み締める事が出来たなら〜
どんな感じがするんだろうな?
ル〜ル〜ル〜♪
ある日、この真っ青な大空を見ていたら〜
僕は自由に飛べる鳥になっていたんだ〜
フライフライフライフライ!
どこまでも〜♪」
おい! そんなに切なく歌うなよ。
お前は本当にオレの弟なのか? と思う程二人の性格は異なっている。柊斗はおっとりして穏やかで優しい性格だ。六歳も歳の差があるのに、二人で話していると、どちらかというと柊斗の方がお兄さんのように思える。この前、こんな事を言っていた。
「僕は思うんだ。僕達障害者って、もう充分に身体を痛めつけられてると思うんだよね。カイトさんやスバルは何でそれ以上自分の身体を痛めつけるのかな? 苦しくない程度に身体を動かす事は楽しいから、イスバスは楽しめればいいんだ。
それにさ、スポーツは障害者同士の集まりの中でしか、競い合う事が出来ないでしょ?
歌は違う。僕みたいな障害を持ってても、健常者と同等で引け目を感じる事なんか何も無いんだよ。
ギターを片手に、風景から感じるものとか、心にあるものを歌にして、自由に奏でるのは凄く楽しいんだ」と。
オレは何も言えなくなる。まあ、そりゃそうだよな、あんな風に上手に歌えたらそう思うだろうな。
オレはイスバスしか出来ないし、別に自分を痛めつけてる意識は無いけどな。イスバスが最高に楽しいし、そこには自由がある。まあ、お互い自由を感じる事が出来る場所があるって事は幸せだよな。その場所は人それぞれでいいんだろうなって思う。
柊斗とだいぶ話をするようになったので、オレはずっと思っていた一番言いたかった事を思い切って言った。
「お前がまだ小さかった時に勝手に出て行ってしまってごめん。何も力になってやれなくてごめん」
すると柊斗は「何で?」って顔を向けた。
「何で謝るの? 僕が小さい時、いつもスバルは励ましてくれた。一緒に遊んでくれたし。柊斗って名前もスバルが付けてくれたんだって、母さんから聞いたよ。スバルがミニバス始めて、一緒にいる時間が無くなって、アメリカに行っちゃったのは寂しかったけど、スバルが頑張っているのは分かってたし、僕も頑張ろうって思えたんだ。イスバスにはあまり夢中になれなかったけど、足が無い僕でも、カイトさんみたいに輝けるんだって思った。
オリンピック、家族でテレビの前で応援して、スバルが僕の兄ちゃんだなんて何か信じられなかった。カッコよかったな。
スバルが病気で足が動かなくなって、車椅子になっちゃったのは凄くショックだった。そんなのは僕だけで充分でしょ? って思った。だけど、またイスバスに戻ってきて、オリンピックで観たスバルと同じようにカッコいい。スバルは僕の中でずっと一番のヒーローなんだよ。戻ってきてくれてありがとう」
何なんだ? こいつは。よくそんな事が恥ずかしげもなく言えるもんだ。何て出来たヤツなんだ? これで中学一年かよ。本当にオレの弟なのかな。柊斗には参るぜ。
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