第13話 パルちゃんの秘密兵器

「青葉さんの許可もらってきたよ〜」


 翌日の昼過ぎ、午後の選択履修の時間。校舎の入口でウイングノーツが待っていると、トレーナー室の方からクラウドパルが走ってきた。


「ありがとう。自分からだと何て説明したらいいか分からなかったから。パルちゃんの秘密兵器なんていきなり言ってもわからないでしょ」

「えへへ〜。あ、長期視点では効果的だけど無理はしすぎないようにというコメントだったよ」

「了解。他にもやることは山積みだしね。」

「特に今のノーツはそうだよね。……あ、ここここ」


 ウイングノーツがクラウドパルに連れられて行った所は、学園の敷地の片隅。塀と実習棟に挟まれたその場所に、金庫みたいな頑丈そうな小屋が立っていた。


「これがその秘密兵器なの?」

「そうだよ〜!何の略か忘れたけど、青葉さんはCBFって呼んでた。まあ立ち話もなんだから、入って入って」

 まるで自分の家かのような話ぶりで、クラウドパルがちょっと重そうな扉を開く。その途端、小屋の内側からムワッとした熱気がノーツを襲った。


 小屋に入ると、だいたい6畳くらいの広さにマットとダンベルなどのトレーニング器具が無造作に置かれている。壁にはいくつかの計器とコントロールパネルが見えた。


「この中暑いね……」

 扉を閉めてロックをかけるクラウドパルに、ウイングノーツは率直な感想を告げた。


「うん、体に高温高圧の負荷をかけながらトレーニングするための装置だからね〜。まあ、例えるならばドラ○ンボールの重力トレーニングみたいな?」

 分かるようなわからないような例えをしたクラウドパルは、話しながら壁の引き出しから何かを取り出した。

「実際に試した方がわかりやすいからね〜。まずはこの圧縮スーツを肌に直接着てみて」


 それは黒くビニールのようにテカテカした、全身タイツのようなトレーニングウェアだった。ウイングノーツは服を脱いでそのウェアに足を入れてみる。グッと引っ張ると伸びて足が入るが、手を離すとピチっと肌にフィットした。


「伸びるけど、かなりキツいね。ずっと締め付けられてるみたいでちょっと動きにくい」

 たたんだ翼も腕と一緒にウェアに入れて着終わったところで、ノーツは体をひねりながら感触を確かめる。体のラインがもろに出るのがなんだか恥ずかしくて、着心地よりも気になった。


「最初はちょっと恥ずかしいけど、この装置の中は外からは見えないから心配はいらないよ〜」

 ノーツの頭の中を見透かしたかのようにクラウドパルが笑う。気密性を保つためだろう、確かにこの小屋には窓が見当たらない。


「これで、部屋の温度を上げて体に高温高圧の負荷をかけながらトレーニングをしていくの。アタシたちトリ娘の体は骨の組成とか構造がヒトとは違うらしくって、え〜と、炭素が多いんだったかな?このトレーニング方法でその組成を直接鍛えることが出来るらしいんだよね~」

 自慢げにクラウドパルが解説を始める。

「もちろんすぐに強化できるわけじゃなくて、ある程度継続的にやらないと効果は薄いみたいだけど、うまくいけば体の軽さと強度を同時に得ることができるって青葉さんが言ってたよ〜」


「風や長時間のフライトに耐えられる、丈夫で軽い体を作るためのトレーニングってことだね」

 確かに対岸を最終目標に置くならば早めに取り組み始めておいた方がいいトレーニングのようだと、ノーツは納得した。


「じゃあコントロールパネルの使い方を教えるから、今日から早速始めてみて〜。加温加圧中にはいわゆる体幹を鍛えるトレーニングをやると効果的みたいだよ〜」

「ありがとうパルちゃん」


 クラウドパルが自身のトレーニングをするために青葉のトレーナー室に帰っていったところで、ノーツは教えてもらったとおりにパネルのスイッチを入れてみた。


 だんだん部屋全体が熱くなってくる。それに合わせてトレーニングウェアがさらに体に食い込んできた。

「確かにきっつ……!でもっ、これに慣れていけばきっとっ……!」

 体が動かしにくいので、ウイングノーツは動きの少ないストレッチとプランクから始めて、徐々に体を動かすトレーニングに移っていった。


 そして、2時間後。


「ノーツぅ〜、生きてる〜?」

 クラウドパルが装置の扉の向こうから声をかけると、それに応えるように扉がゆっくりと開いて、汗だくのウイングノーツが姿を表した。


「ああ……パルちゃん……来てくれたんだね」

「うん、どうだった?」

「とりあえず疲れた……けど、なんとか続けられそう……」

 話しながら息も絶え絶えなウイングノーツに、クラウドパルはうんうんと満足気に頷く。

「よかった~。じゃあ、お互いに使う時間がかぶらないように時間割表決めよ?」


「いやその前に、」

 いそいそとノートを取り出そうとしたクラウドパルを手で制してウイングノーツは続けた。

「この黒いのから体が抜けないんだけど、なんとかならない?」


 ノーツが指したのは黒い圧縮スーツ。高温下のトレーニングを経てしっかりと体にフィットしている上に少し固くなっているため、体はおろか腕や足も抜けなくなっているのだ。


「あ〜、よくあることだから。慣れてくると抜けるようになるから、それまではもったいないけど切るしかないね。あと、着る時に体にローション塗っておくのも効くよ」

「それ先に言ってよパルちゃん……」


 ごめんごめん、と言いながらクラウドパルは入り口の扉を締めて、ハサミを壁の引き出しから取り出した。彼女がパチンパチンとスーツにハサミを通すたびに、体が少しずつ開放されていくように感じられる。


「はい、終わったよ〜」

「ありがとう!」

 お礼を言うが早いか、ウイングノーツはピョンピョンとその場で飛び始めた。

「すごい!体が軽い!」


「いやいやいやいや、それ錯覚だからね〜。ほら、スキーブーツ脱いだときに足が軽くなったように感じるアレだよ〜」

 呆れたように突っ込むクラウドパル。


「そうなのか……さすがパルちゃん、この装置のことよく知ってるね」

「えへへ〜。実はね、初めてのときノーツと全く同じことを言って、おんなじセリフを青葉さんに返されただけだけどね〜」

 そういってクラウドパルはペロっと舌を出した。

 アハハハという二人の笑い声が小さい小屋の中で響く。


「あ」

 突然クラウドパルが目を大きく見開いたので、ノーツも笑うのを止めた。

「どうしたのパルちゃん、なにかあった?」

 クラウドパルの目線は自分の体にある。気づかないうちにハサミで体に傷がついたのかとウイングノーツが下を見ると、そこには裸のままの自分の体があった。


「あ」

 素肌にトレーニングスーツを直接着たのだから、それを切れば裸になるのは当たり前。


「ノーツ、服着ないと風邪引くよ」

 クスクス笑うクラウドパルを無視して、真っ赤な顔のまましまっておいた制服を着るウイングノーツ。

 これを見てたらマエストロあたりは『トレーニングと一緒にパルの天然が感染った』とでも言うんだろうなとノーツは苦笑いしたのだった。


 ◆


 青葉によるトレーニングに、クラウドパルの装置での体幹強化を加えたハードな練習の日々が始まった。目標はあくまでディスタンス部門のため、滑空部門向けのトレーニングは行わず、羽ばたき方や空中での方向制御に全振りした内容が詰め込み式で叩き込まれる。

 夜暗くなってから寮の部屋に帰ってベッドにダイブすることを繰り返して2週間ほどたったある日、大会事務局から青葉とウイングノーツ宛に、当落を告げる2通の封筒が届いたのだった。


 ◆


第二章『対岸編』に続く

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