第12話 Just Go For It

「うーん」


 翌日、トレーナー室でウイングノーツがディスタンス部門転向の希望を告げると、青葉は腕を組んでうなった。目をとじて顔を上げ、しばらく考え込んでいる。テーブルに置かれたコーヒーにも手を付けていない。


「あのー……」

 おずおずとウイングノーツが声をかける。

「やっぱりダメ、でしょうか……?」


 すると、青葉はパッと目を見開いてウイングノーツの顔をじっと見つめた。またそのまま動かなくなってしまったので、見つめられているノーツは居たたまれない。

「あ、やっぱりダメですよね、そうですよね」

 ノーツがそう絞り出してうつむくと、青葉ははぁ、と大きなため息をついた。


「……ダメだなんて一言も言ってないわよ」

 その言葉にノーツは顔をあげる。


「私は元々、アナタはディスタンス部門向きだと思ってたのよ。初めて琵琶湖で会ったときから」

「あの時に!?」

 ウイングノーツは目を丸くした。まだスカイスポーツ学園に入ろうかどうしようか迷っていた時期だ。あの時青葉と話したことで編入を決意できたのだが。


「そう。腕、つまり翼長も長いし、持久力もありそうだったし。誤算だったのは編入直前に滑空部門での出場が認められたことだったんだけど」

「すみません」

 あやまるノーツに青葉は手をふった。

「今となっては、よ。その前から自分で何度も申込みしてたんだし、編入前にとやかく言うことでもなかったしね。まずは本番の雰囲気と琵琶湖の環境に直に触れることが大事だったから、結果的に良かったと思ってはいるわ」


「それじゃあ!」

 ウイングノーツが目を輝かせると、青葉は少し困った顔をした。

「問題はタイミングなのよ。もうアナタを含むウチの学園の選手の出場申込みは済ませてしまっているわ。アナタは滑空部門へのエントリー。いずれはディスタンス部門にとは考えていたけど、滑空部門で出場できたから、そこでしばらく経験積んでからと思ってたのよ」


「え、じゃあ今回ディスタンス部門へのエントリーは出来ないんですか?」

 食い下がるウイングノーツを、青葉は正面から見つめ返した。

「今日締め切りだからギリギリエントリーはできるわ」

「なら、挑戦させてください!どのみち転向するのなら、早めに始めたほうが良いと思います!」


 青葉はウイングノーツの言葉にすぐに応えず、コーヒーカップをとって一口飲んだ。そして再度ノーツの目を見据える。


「アナタの意見にも一理ある。それがまさにさっき私が悩んでいたこと。……でも簡単に言うようだけど、次のトリコンまで3か月切ってるのよ。今から飛べるようにするには相当キツいけど、覚悟はあるかしら?」


 現在トリ娘コンテストは年に4回開催されており、次回は2か月半後。羽ばたき方、羽ばたきながらの姿勢の制御、高度調整など、ディスタンス部門では滑空部門よりさらに練習しなければいけないことが多いのだ。


「望むところです!」

 そして、そのことはノーツ自身も分かっている。その上で出した結論なのだ。


「……よろしい。ならば、エントリーしましょう。新しい練習メニューを考えるから、明日伝えるわね」

 青葉は立ち上がると、書類が入っている戸棚に向かった。


「ありがとうございます!」

 ウイングノーツがその背に深くお辞儀をすると、青葉は申込書を探しながら話しはじめた。


「あと、滑空部門のエントリーは取り下げずにそのまま出しておくわ。初エントリーでディスタンス部門に出れるかどうかはわからないし、今は何より現地で飛んで経験を積むことが大事だから。できる限り出場チャンスを広げておきたいのよ」

「分かりました。……でも、もし両方とも出場できることになったらどうすればいいんですか?」

 ノーツの素朴な疑問に、青葉は振り向いて言った。


「決まってるじゃない。……両方出るのよ」


 ◆


「アンタそれ本気で言ってんの?」


 いつもの四人で夕食を食べながら事の経緯を話すと、マエストロから予想通りの反応が帰ってきた。


「そうそう、凄いよね〜。両部門同時出場だなんて!」

「そこじゃないわよ。私が言ってるのはこのタイミングでのディスタンス部門エントリーの話。そもそも同時出場どころか次の大会に出れるかどうかも分からないじゃない、私達」

「おぉう……」

 はしゃぐクラウドパルにマエストロの容赦ないツッコミが入る。


「……って今のは私にもブーメランだったけど。それで準備はどうするつもりなの?私でさえ一回出場見送って準備しても本番でうまく飛べなかったのに、2ヶ月でどうにかなると思ってるの?」


 視線を向けられてウイングノーツは肩をすくめる。

「そう言われちゃうと困っちゃうんだけど。青葉トレーナーは飛べる練習メニュー考えてくれてるし、ようやく見つけた目標にむけて、できる限り早く始めたかったの」

「気持ちは分かるわよ。現実的な話をしてるの。もし中途半端な準備で真っ逆さまに落ちたり棄権したりしたらそれ以降の大会の出場自体が危うくなるのよ」


「うん。でも、そのときはその時だし、仮に一回ダメでもずっと出場できなくなるわけじゃないはずだよ。アタシの目標は大分遠いから、のんびりしちゃいられない。今回の大会でもわかったけど、やっぱり飛ばないと始まらないし、何もわからない。あとは落ちないように全力で対策するだけだよ」


「……まあ、その覚悟があって、青葉トレーナーも合意して練習メニューを考えてくれてるってんなら、これ以上私から言うことはないわね」

 突き放すように言って、マエストロはカレーを大きくすくって口に入れた。


 ウイングノーツもカレーを口に運んで、改めてマエストロを見る。

「……ありがとう。心配してくれて」

「バッ……!」

 真っ赤になったマエストロが下を向いてカレーをかき込んだ。

「ち、違うわよ。別にそんなんじゃなくて経験者とし」

「お〜、ツンデレ炸裂」

「パルッ!!」

「顔が赤いのはカレーのせい?」

「アンタねぇ〜〜〜〜〜!」


 ちょっかい出したクラウドパルに怒るマエストロを二人がかりで引き離して、ウイングノーツはバートライアと顔を見合わせて苦笑いする。


「私も人のこと言えないから、加賀谷トレーナーと今後のトレーニングどうするか考えないといけないね。計測不能とかもう二度と出したくないもの。……あ、そういえば」

 何かを思い出したようなバートライアが、マエストロの方を向いた。


「……何よ」

 顔の赤みは引いたものの、仏頂面でマエストロが応える。


「いや、あの、大したことじゃないんだけど。今日マエストロが知らない男の人と一緒にトレーニングルームに入っていくのを見たから、ちょっと気になっちゃってて。行雲ゆくもトレーナーもいなかったから」

「ああ、そのことね」

 何かホッとしたようにマエストロは表情をゆるめた。


「あの人は今日から私に付いてくれることになった臨時トレーナーよ。行雲トレーナーの指導に加えて、その人からもいろいろアドバイスをもらえることになってるのよ」

「初めて聞くよ、トレーナー二人体制なんて」

「学園の新しい試みで、外部から他のスポーツのプロフェッショナルを招聘して、違った視点からの指導をしてもらうという企画なんだって。で、その最初の人とのコラボプログラムについて何人かのトレーナーに打診がいったのを聞いて、私から立候補したの」


「立候補」

 バートライアが繰り返すと、マエストロは大きく頷いた。

「そ。別に行雲トレーナーがダメって言ってるわけじゃないんだけど、現状を変えるには何でもいいから使えるものを使いたいって思ってね」

「なるほどね」

 

「それで〜、その臨時トレーナーはどんな人なの?」

 噴火が収まったとみたクラウドパルが尋ねると、マエストロは少しニヤッと笑って質問で返してきた。

「アンタたち、萩原はぎわら次郎じろうってオリンピック選手知ってる?」


 その名前にウイングノーツとバートライアは顔を見合わせた。

「確かこの前の冬季オリンピックに出てなかった?兄弟で選手とかで」

「そう。その人。スキージャンプの日本代表。もちろんトリ娘ではないけど、空中での姿勢制御や踏み切りなど、参考になる部分はあるだろうってことでこのプログラムに採用されたみたいよ」


「なるほど、だからどこかで見たことあるような気がしたのね」

 バートライアが改めてホッとしたような顔で微笑む。

「みんなもっと飛ぶためにいろいろ模索してるんだなぁ」


「あ、あたしにだって青葉トレーナーが用意してくれた秘密兵器があるもん!」

 対抗するかのようにクラウドパルが立ち上がって言った。


「「秘密兵器ー?」」

 彼女以外の三人の怪訝な声が重なる。


「そう。私の体を強くするためのトレーニング装置」

 その反応に少し気を良くしたクラウドパルが胸を張る。


「……それって、どういうものなの?青葉さんに言えばアタシにも使える?」

「う〜ん。そうだね、ノーツはチームメイトだから、明日こっそり教えてあげるよ〜」

 ドヤ顔をしたクラウドパルが、ノーツの顔を覗き込んでニシシと笑った。

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