03 「再び」小手指原へ

 武蔵、笛吹峠。

 新田義宗は、征夷大将軍・宗良親王と共に、鎌倉にいる兄、新田義興の使いを待っていた。

「鎌倉と笛吹峠から、となった足利尊氏を挟み撃ちに」

 そのために、敢えて「中先代」北条時行と手を組んだ。時行は中先代の乱で、鎌倉をおとした実績がある。今、それが奏功し、義興と時行は鎌倉に残る足利基氏を駆逐し、鎌倉に盤踞ばんきょしている。

 そして次なるは。

「武蔵平一揆、河越直重への調略はどうか、上杉の」

 上杉の、と呼ばれた男は鷹揚に頷く。

 男は、足利直義派だった上杉憲顕うえすぎのりあき

 しかし観応かんのう擾乱じょうらんの結果、尊氏によって憲顕は追放された。

 今、憲顕は直義の復仇と自身の報復のために、尊氏への敵対を選んだ。

婆娑羅ばさらにて……」

 秩序を無視し、己が意のままに振る舞い、華美な装いを好む者、婆裟羅。

 河越直重は婆裟羅大名として知られていた。

「言い訳はいい、上杉の。それで結局、河越は来ぬのか?」

「いや、来ぬわけは……そも、彼奴きゃつめ、なかなか動きを見せぬ」

 義宗はため息をついた。

 やはり、裏切者は駄目か。

 河越が来たところで、それもまた裏切者。

 こうなれば、頼りは兄弟の義興。

 使いが来ぬのなら、やむを得ぬ。

「ならば河越は捨て置こう。それより、出陣だ」

 宗良親王がここで初めて口を開いた。

「義宗、それでは義興の使いは待たぬのか?」

「致し方ござらん、宮さま。こちらが動けば、鎌倉の義興も動きましょう、いざ」

 出陣だ、と言おうとした頃で、とんでもない知らせが飛び込んで来た。

「一大事でござる!」

「何事か」

「あ、足利尊氏、石浜より動いた、とのよし

「何い!?」

 帝も神器も京も鎌倉も将軍位も奪われ、の尊氏が、動くとは。

 うめく義宗に、さらなる驚愕が襲う。

「……久米川だと!」

 尊氏は疾風の如き進軍を見せ、今、久米川に陣をいているとのことである。

 久米川。

 それは義宗の父・新田義貞が幕府軍を撃破した地である。

「おのれ……」

 義宗は父を侮辱されたように感じた。

 の逆賊め、どこまでも新田をなぶるか、と怒りに震えた。

彼奴きゃつめを必ずや膺懲ようちょうしてくれる! 出陣!」


 ……こうして、新田軍は出陣を開始する。

 それを知った尊氏もまた、久米川から出陣した。

 やがて、新田軍と足利軍が互いの姿を認め、そして合戦となった。


 その決戦の地を――小手指原こてさしはらといった。


 かつて、新田義貞がその鎌倉攻めにおいて、初めて幕府軍を撃退した古戦場である。

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