第14話 両親と同じ道は歩むまいと、心に決めていたⅤ

「うん……?」


 微睡みの中、私は僅かに薄めを開けた。

 ゆっくりと半身を起き上がらせる。


「……ここ、どこ?」


 学生寮の部屋よりも、遥かに広い個室。

 置かれている調度品は一目で高級品と分かるような代物ばかり。

 先程まで眠っていたベッドはとても柔らかく、雲のようにふわふわとしていた。

 加えて……天蓋付きだ。


 何だかお姫様にでもなった気分だ。

 ……これは、あれか?


 たまに見る「素敵なお父様が私を迎えに来てくれた」という類の私にとって都合がよい夢か……と、少し不愉快な気分になったことで私はようやく意識が覚醒してきた。


 あぁ、ジャスティンのお家にお泊りに来ていたんだっけ。


「ふぁぁ……眠い」


 私は欠伸をしながら、部屋の扉を開けた。

 正直なところ、あまり朝は得意ではない。

 加えて昨日の夜は夜食をつまみながら遅くまでジャスティンとボードゲームをしていたので、少し寝不足気味だった。


「オリヴィア?」

「……あぁ、ジャスティン。おはようございます」


 と、そこでたまたま廊下を歩いていたジャスティンと出くわした。

 彼は比較的ラフな普段着に着替え終えていた。


「っ……!?」(ま、不味い……)


 しかし何故かジャスティンは顔を赤らめて後ろを向いた。

 ……はて?

 どうしてだろうか。

 ジャスティンからは照れくささと罪悪感と……そして端的に言ってしまえば性欲的な感情がふんわりと伝わってきた。


 そして私は自分の服装へと視線を降ろす。

 私が着ているのはお城の使用人が事前に用意してくれていた少し大人っぽいネグリジェだ。

 寝起きのせいか、若干それが乱れている。

 ……ふむ。


 私はズレていた肩紐を直しながら思った。

 確かにこれは十三歳の少年には刺激が強かったかもしれない。


 しかしジャスティンも初心なやつだ。

 好きな女の子の無防備な姿ならば、もっと気付かないふりをしてじっくりと見れば良いのに……


 などと寝惚けた頭で考えていると、ジャスティンのすぐ後ろに付き従っていた男性の使用人がすっ飛んできた。

 彼は上着を脱ぐとそっと私の肩に被せた。


「ミス・スミス……今から女性の使用人を呼んできます故……少しお部屋でお待ちいただけませんか?」


 そう言いながら男性使用人はやや強引に私を客室へと押し込んだ。

 

「ふぁぃ……」


 私は働かない頭でそんな気の抜けた返事をしたのだった。





「ここがこの城で一番広い庭……薔薇園だ。たまにパーティーとか開いたりするんだが……」


 やってしまった。

 

 起床から二時間後、私は今朝のことを酷く後悔していた。

 ジャスティンに――そう、あろうことかジャスティンに!!――憐れもない姿を見せてしまった。


 少し記憶が覚束ないが、寝ぐせもボサボサで、寝間着も乱れていた気がする。

 あれ、下手をすれば胸元とか少し見えていたのではないか。


 何が「 好きな女の子の無防備な姿ならば、もっと気付かないふりをしてじっくりと見れば良いのに」だ。

 見られているのは私だぞ? どうしてそんな大事なことを忘れる。

 

 恥ずかしい……恥ずかしい。

 よりにもよって、ジャスティンに……


 い、いや、別にジャスティンに見られたくなかったというのは弱みを見せたくないからという理由であって。

 決してジャスティンに見られたのが特別恥ずかしかったとか、そういうわけではない。

 ジャスティンなんか、別に意識してはいないのだ。

 ただ……まあ、一般論として? 男の子にはそんな姿を見られるのははしたないという、十字教的な道徳・倫理観に照らし合わせての恥辱であって……


「オリヴィア、聞いてる?」(ずっと黙ったままで、体調でも悪いのか?)

「ひぃぁ!!」


 私は思わず飛び退いた。

 突然、ジャスティンの端正な顔――こいつは顔だけは良いのだ――が私の目の前に現れたからだ。

 び、びっくりするじゃないか!!


「き、聞いています! え、えぇ……とても綺麗な庭だと思います」

「……そうか?」(やっぱりつまらなかったか?)


 翡翠色の瞳が不安で僅かに揺れた。

 別につまらないということはない。

 ジャスティンに見せて貰った庭とか、お城の調度品はどれも素敵なものだった。


(まあ……オリヴィアはこういうのより食べ物の方が好きだしなぁー)


 何だか馬鹿にされた気がした。

 いや、事実なので否定はしないが……


「何というか、とても広いですね。このお城」

「え? まあ、そうだな……広ければ良いというわけでもないけど」


 その言葉にはどこか哀愁が篭っていた。

 ……やはり気になる。


「あの、ジャスティン」

「……どうした?」

「ご両親について聞いても良いですか?」


 単刀直入に言うと……

 ジャスティンはどこか自嘲気味な笑みを浮かべた。


「気になる?」

「……いえ、無理には聞きませんが」

「別に大したことでもないよ。二人とも愛人のところにいるってだけだ」(父上は王都の別邸で、母上は実家の別荘でね)


 ジャスティンはギュッと拳を握りしめた。

 そしてどこか虚ろな瞳で、他人事のように言った。


「俺の両親はいわゆる政略結婚だったわけだが……元々、結婚前から恋人がいたそうだ。だから義務的に俺を作って、あとは放置だ。……別に珍しい話でもないさ」(それぞれ愛人との間に子供がいるらしいしね……まあ、会ったことはないけど)


「……」


 あぁ……そうなんだ。

 彼は両親にとって仕方がなく作った、“要らない子”なんだ。


 そうか……そうか。





 私と同じかぁ……





「……オリヴィア?」(え?)


 よしよし。


 私は少し背伸びをして。

 彼の頭を撫でてあげた。


 若干、赤い瞳でジャスティンは私の顔を見つめ……


「や、やめろよ!!」


 顔を真っ赤にし、声を荒げながら私の手を強く振りほどいた。

 怒らせてしまったか?

 と思ったが、どちらかというと恥ずかしさと戸惑いが強い様子だ。


「きゅ、急に何をするんだ!」(別に悲しくなんてないし、安い同情は……)

「私も似たようなものなので」


 私がそう答えると。

 彼は大きく目を見開いた。


 それからハッとした表情で私に駆け寄って来た。


「……さっきはすまない。怪我はないか?」(思わず、強く振り払ってしまった……)

「この程度で怪我をするほど、軟ではないです」


 何でもないという調子で私がそう返すと、彼はホッとした表情を浮かべた。

 

 少し可愛いなと思ったのは内緒だ。

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