最終話「そして……」
「美咲ちゃん、大丈夫だった……?」
俺が戻ると、心配そうに訪ねてくる山田さん。
態度にこそ見せなかったが、山田さんも田中さんの異変には気が付いていたようだ。
最近では、山田さんも田中さんの事を名前で呼ぶようになっており、二人の距離が友達として近付いている事に俺は安心していた。
しかし、先程の出来事とこれから俺がしようとする事で、もしかしたらそんな関係も終わらせてしまうかもしれないと思うと、心の中で躊躇する気持ちが滲み出す。
――でも、それでも俺は前に進まなければならない
田中さんは、しっかりと自分を貫き通してくれた。
だからこそ、もうここで有耶無耶になんて出来るはずもないし、その方が結果的には悪い影響を与えるに決まっているのだから。
そう決心した俺は、勇気を持って重い口を開いた。
「うん、華子さん。その事で話があるんだ」
「太郎……くん……?」
明らかに普段と違う俺の様子に戸惑う山田さん。
「俺は華子さんに、伝えないといけない事があるんだ」
その言葉に、山田さんは緊張した面持ちで次の俺の言葉を待ってくれた。
伝えるんだ、俺の気持ちを――。
勇気を持って、俺の背中を押してくれた田中さんのためにも――。
そして、これまで無個性陰キャとして生きてきた俺の心の扉を、外側から開いて微笑みかけてくれた山田さんに想いを伝えるためにも――。
「俺は、山田太郎は……山田華子さんの事が、大好きです」
◇
月曜日。
俺はいつものように目覚めると、いつものように支度を済ませると行ってきますと家を出る。
外はもう初夏の日差しで、朝から陽の光が降り注ぐ。
「あっついなぁ」
日差しを手で遮りながら、思わずそんな小言が出てしまう程季節は移り変わろうとしていた。
駅へつくと、俺はそのまま電車に乗る……のではなく、駅前で待つ一人の少女に声をかける。
「おまたせ、華子さん」
「おはよう、太郎くん」
駅で待っていたのは、同じクラスの山田華子さん。
彼女は、俺と同じクラスへ突然転校してきた学校一の美少女。
だけど、名前は俺と同じ無個性ネームで、どこか不思議な雰囲気を纏っているけれど、その実優しくて明るい可愛らしい女の子。
――そして、
――俺、山田太郎の初めての彼女だ
俺は、山田さん……じゃなくて、華子さんの手を取り、そして繋いだ。
所謂、恋人繋ぎだ。
絡み合った指から、互いの体温を感じ合う。
それは、例え暑い日差しのもとでも全然苦なんかではなく、むしろ暖かかった。
◇
俺は華子さんと手を繋ぎながら登校し教室へ入ると、クラス、いや学校中の皆から当然注目された。
だが、そんなものはもうどうでもよかった。
俺はもう、華子さんの彼氏として、決して恥ずかしくない男になる事を心に誓っているからだ。
「見られてるね……」
「そうだね、でも大丈夫。俺は華子さんに見合う男に必ずなるから」
「んー、嬉しいけど、太郎くんはやっぱりちょっと鈍感なところがあるよね」
俺の決意に、苦笑いしながらも嬉しそうに答える華子さん。
「……頑張らないといけないのは、私もなんだよ」
華子さんは、顔を少し赤らめながらそう小さく呟いた。
「おはよ! 太郎くん! 華ちゃん!」
「あっ、お、おはよう田中さん」
「おはよう、美咲ちゃん」
そんな俺と華子さんの間に割り込むように、俺達の肩に手を回しながら挨拶してくれたのは田中さんだった。
田中さんは、満面の笑みで「ちゃんと付き合えたんだね、おめでとう」と、俺達にだけ聞こえる声で優しく祝福してくれた。
そして田中さんは、そのままいつも通りの様子で周りに挨拶をしながら自分の席へと着いた。
俺は、そんな田中さんに対して思う所が色々あったが、それでも自分でしっかりと乗り越え、これまで通りに接してくれる田中さんの強さと優しさに、心の中で深く感謝をした。
――ありがとう、田中さん。
◇
そして昼休み。
俺は華子さんと共に屋上へとやってきた。
木村くんを始め、クラスの皆からはあれから質問攻めにあったが、隠すことは何も無いため全て素直に答えると、クラスの男子達は悔しそうにしながらも最終的には祝福してくれた。
「風が気持ちいいね」
「うん、そうだね」
風で靡く髪を押さえながら、空を見上げる華子さん。
その姿は相変わらず美しく、まるで映画のワンシーンのようであった。
「お弁当、食べよっか」
少し恥ずかしそうに、弁当を取り出す華子さん。
そこには、お弁当箱が二つ。
一つは当然華子さんの、そしてもう一つは、俺の分だ。
「はい、太郎くん」
「あ、ありがとうっ!」
少し恥ずかしそうにしながら弁当を差し出してくれる華子さんは、もう気がおかしくなりそうな程可愛らしかった。
そんな気持ちを隠すように、俺は弁当をあけると中から玉子焼きを一つ頬張る。
「うん、凄く美味しいよ」
「良かった」
元々華子さんが料理上手なのは知ってたから何も心配していなかったが、一つ一つ手作りのおかずはどれも本当に美味しかった。
◇
弁当を食べ終え、俺達はもう少し屋上で過ごす事にした。
「ねぇ太郎くん」
「ん、どうした?」
「私ね、これまでずっと転校は嫌だったの」
「……うん」
「でもね、初めて転校してきて良かったなって思えてるの」
そう言うと、華子さんは俺の顔を見てニッコリと微笑む。
「だって太郎くんと、こうして出会えたから」
華子さんのその言葉に、自分の中の感情が爆発する。
そんなの、俺の方こそだ。
俺の方こそ、華子さんと出会えて良かった。
華子さんが居てくれるおかげで俺は、生まれ変わる事が出来たんだから――。
気が付いたら、俺は思わず華子さんの事を強く抱き締めていた。
え? と華子さんが恥ずかしそうな声を上げた事で、俺はようやく正気に戻った。
「あ、ご、ごめ、俺!」
俺は慌てて離れようとしたが、そんな俺の背中に回された手で押さえられる。
「……いいよ、嬉しい」
「華子さん……」
「……大好き」
頬をピンク色に染めた華子さんが、俺の腕の中で顔を見上げてくる。
そんな華子さんを前に、俺はもう止まる事なんて出来なかった。
互いの顔の距離は次第に近づき、そして――、
――俺達は、そのまま初めてのキスを交わした
俺の名前は山田太郎。
一度は教科書なんかで目にした事があるであろう、無個性ネームの代表格だ。
そんな俺は、クラスメイトの田中さんに初めての恋をし、そして初めての失恋を経験した。
そんな時、同じクラスに転校してきた山田さんと出会い、そして――、
初めて失恋した陰キャな俺だけど、人生本気を出した結果、世界一可愛い彼女が出来たのでした。
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