42話「告白」

 山田さんと田中さんが作ったのは、カレーだった。


 スパイスの良い香りが漂ってきたため、すぐに何を作っているのか分かった。


 最後ぐらい俺も何か手伝おうと、カレーをよそう食器を棚から出して並べた。



「いただきます!」


 三人で手を合わせて頂きますをしてから、カレーを食べる。

 うん、ジャガイモがホクホクでとても美味しい。


 お代わりもあるからという事で、余らせるのも悪いし俺はお言葉に甘えてお代わりもペロリと平らげたおかげで、お腹が一杯になってしまった。


 こうして晩御飯を食べ終えた事だし、あと少しだけ勉強頑張りますかという空気になったところで、田中さんは「お腹いっぱいになっちゃったし、今日はそろそろ帰ろうかな」と言った。


 急にどうしたんだろうと思いながらも、なんだか元気の無い田中さんの事が俺は気になった。


「ねぇ太郎くん、駅まで送って貰っていい?」


 田中さんは、ちょっと疲れたような笑みを浮かべながら俺にそうお願いをしてきた。

 断る理由もない俺は、言われた通り山田さんを残して田中さんを駅まで送る事にした。



 ◇



 下りのエレベーターで、俺と田中さん二人きりになる。


「ねぇ太郎くん」

「ん? どうした?」

「太郎くんはさ、華ちゃん家来るの初めてじゃないでしょ?」

「え?」


 前だけを見ながらそんな事を告げる田中さん。

 どうしてバレたんだろうと内心焦った俺だが、よくよく考えればすぐに分かる事だった。


 山田さんみたいな美少女の家に上がり込むのに俺は普通過ぎたし、食器の場所まで把握していたのだから、普通に考えておかしいだろう。


「太郎くんと華ちゃんの関係って、もうそういう事なのかな?」


 そういう事、というのはつまり、付き合ってるのかという事だろう。


 それに対しては、答えはノーだ。


 でも、だからと言ってそれを否定するのは躊躇ってしまう。

 何故なら、俺の気持ちは既に山田さんの方へと向いているのだから。


「……ごめんね、変な事聞いちゃって」

「いや……大丈夫」


 俺が答えない事が答えだと察したのだろう。

 田中さんは一度ため息をつくと、疲れたような笑みを浮かべながら謝ってきた。


「私分かってるんだ。二人の気持ち」


 田中さんがそう言ったところで、丁度一階に到着したエレベーターの扉が開いた。

 田中さんは先に一歩エレベーターから出ると、くるりと回って俺の顔を覗き込んできた。


「私、太郎くんの事が好き。大好き」

「え?」

「でもね、太郎くんが見てるのは私じゃない事ぐらい知ってるよ。でも、どうしてもこの気持ちだけは伝えたかったの」


 俺は田中さんから告白をされた。

 それは本当に突然だった。


 でもなんとなく、最近の田中さんの態度を見てたらそんな気はしてた。

 だからこそ、もしこういう場面になったら、烏滸がましいかもしれないけど俺はしっかりと向き合おうって決めていた。


 でも、いざ本当に言葉にされると、こういうのは理屈じゃない事を思い知った。


 けれど、ここで中途半端にする事は、田中さんに対してきっと失礼な事だけは分かる。

 素振りは見せないけれど、きっと今の言葉は物凄く勇気を出して言ってくれた言葉なのだ。

 だったら俺も勇気を出して、誠心誠意向き合わなければならない。


「俺は……ごめん。田中さんの気持ちには、応えられない……」

「……華ちゃん、だよね?」

「うん……」


 俺の返事を聞いた田中さんは、弱々しく笑うと「そっか」と言って駅に向かって歩き出した。


 俺は、そんな田中さんのあとをついていく。


「うん――スッキリした! ありがとね!」

「いや、俺は何も……」

「そんなことないよ。しっかりと気持ちに応えてくれたじゃない。それは、私には出来なかった事だから」


 そう言うと、田中さんはくるりと振り返り、今度はニッコリと吹っ切れたような笑みを浮かべていた。


「ずっと大好きでした。でも、これで終わりだって思ってないからね! だから私のためにも、さっさと華ちゃんとくっついちゃえ!」

「な、なんだよそれ?」

「太郎くんが先に進まないと、私も進めないの! だから、頑張れ!」


 そう言う田中さんは、俺の背中を一度バシッと叩いて「じゃね!」と駅へ向かって走って行ってしまった。



 しかし、振り返る瞬間、田中さんの瞳からは涙が溢れ落ちていた。



 俺は、そんな田中さんの姿が見えなくなるまでただ見送る事しか出来なかった。




 ―――ありがとう、田中さん


 ―――そうだね、いい加減俺も前に進まなくちゃだよね



 田中さんの決意に後押しされた俺は、覚悟を決めて山田さんが待つマンションへと戻った。


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