第1話 マスオドン

1-1


 「アシタカ山で人さらいバスを見た」

ホラー好きのフォロワーの間で話題になっていた。アシタカ山が、本当にアシタカ山なら、地元じゃないか。マスオドンはネタに乗りたくてネタ元に近そうなアカウントにメッセージを送っていた。返事はまだ来ないので、ちょっと山道のようなところで、それっぽい写真でも撮って載せてみようかと考えていた。その近くの村で運行されている最終便の循環バスでも撮れば、リアルに近づくだろう。

 マスオドンは運行ルートと時刻表を確認して、少し雲が厚いながらも過ごしやすい天候の休日に出かけ、昼過ぎから村を散策した。小さな商店で飲み物を買い、15時までランチのある素朴な村の食堂で豚の生姜焼き定食を食べた。小鉢が充実してクセになりそうな、いい店があったことだけでも満足してしまいそうにさせる定食であった。今回は定食の写真をSNSには載せられないのが残念だ。

 夕方5時の最終便を待って、人家のない林の中でカメラを構えて適当な写真を撮った。バスといっても、診療所や郵便局を通る地域周回のマイクロバスだったので、思ったような雰囲気は出なかった。

 村を流れる川のほとりに、釣り人用の漁協の駐車場があり、そこから沢にアクセスできた。清流の水音を聞きながら、昼間もここでのんびりすればよかったと思った。マスオドンはついでにそこで何度も暗闇でシャッターを押して、自分の人影をモンクの叫びのように撮影した。バカみたいなことをしながら、意外とここまで遠くないので、また美味い定食を食べに来よう、などと思った。

 マイクロバスにあったロゴをぼんやりとわからないように加工し、より暗くブレさせて自身のSNSに載せた。自作のモンクの叫びも並べた。

#人さらいバス

#ホラー

#消えるバス

#アシタカ山

#タスケテ

少しだけバズった。


ツチノコ大王はFF外からの面倒なメッセージを無視していた。が、1件、すでに存在しないアカウントからのメッセージが残っており、急に気になりだした。もう1か月以上前のものだった。

「アシタカの人さらいバスについて、心当たりがあるので連絡欲しいです」

アシタカ山の人さらいバスについてと言えば、ツチノコ大王がどこかで聞いたネタをホラーに仕立て上げて、軽い気持ちでつぶやいたものだ。いつもはほぼゲームの推しキャラとガチャについてしか載せていないので、急にコワイ話を振ったからちょっとイジられたので覚えている。

#ホラー

#人さらい

「うちの近くでマジ消える路線バスが走ってて、乗ってるヤツ戻ってきてないらしい」

「丑三つ時に路線バスみたら、付いてく車も消える」

ていうか、俺が考えたのに心当たりってどういうことだろうか。うちの近く、はウソだし、乗客も周りの車も一緒に消えるとかもウソだ。しかも、実際の地名はまずいので、アシタカ山のことは一切触れていない。

#アシタカ山と#人さらいバスで検索すると、そう数は多くないがしっかり出てくる。しかも、誰かが撮った「人さらいバスの写真」まで出てきた。ネタ元を仕入れたのはSNSじゃなかったかもしれない。オンラインチャットの、どこかの誰か、アシタカ山の近くの話で、地名に親しみを感じて少し印象に残っただけのことだった、かもしれない。とてもあやふやだ。キーワードとして覚えているのは、「アシタカ山で」、「真夜中に」、「路線バス」が走っていて、「消えた」。

消えたアカウントからのメッセージは、1か月ちょい前。自分のつぶやきが2か月ちょい前。話をきいたのはつぶやきとほぼ同時期のはずだ。

ツチノコ大王は、子供のころにアシタカ山のふもとを流れる清流のどこかで、家族4人でキャンプをしたことがあった。白い砂利のある、河川敷で、堤防の上に、バーベキュー場があって、そこでつかみ取りした魚を焼いて食べた。とにかく、美味かった。母親が魚を捌くのを嫌がって騒いでいたが、楽しい思い出だ。父親が若いころからよく渓流釣りに来ていた場所で、結婚後もたまに一人で釣りに出かけていたこともあったようだ。

ほかにも違う場所で数回家族キャンプしたことがあるが、アシタカ山のところが初めての体験だったので、一番ツチノコ大王の印象に残っていた。その後、兄が父親と同じように釣りを好んで、フライフィッシングに出かけていたのを思い出した。父親のフライ道具も譲り受けていたっけ。ツチノコ大王は兄がいない間に、独占してゲームをするほうが楽しみになっていたので、アウトドアにはそれから縁がない。

ツチノコ大王は兄のコウスケにメッセージを送った。

「は?アシタカでフライ?あそこ3年前に崩れてからルートもポイントも変わって俺は行ってないよ。」

「おまえ、危ないから行くなよ?素人が一人で沢に興味持つな。」

いつものように上から目線で兄に馬鹿にされた。アシタカ山など遠いし、山奥の沢などアクセスが悪いので、車のないツチノコ大王は都内から行こうとも思わない。しかし、川の名前と、3年前にふもとの村に土石流が押し寄せたことが分かった。ツチノコ大王は、アシタカ山の人さらいバスの画像を辿った。何人かが#消える人さらいバスとして、画像をリツイートしていたが、画像の出どころからは、投稿が削除されたことがわかった。画像には多少違和感があった。マイクロバスだったからだ。「路線バス」であるというのは、ツチノコ大王もよく覚えている。

ただわかったことは、メッセージを寄こしたアカウントは消えて、人さらいマイクロバスの元画像もすでに消えているということだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る