森人氏
まきあ
第1話
それはある人物の呟きが発端なんだ。
「ーーーーの小説読んでたんだけどおかしい。絶対犯人はオランウータンじゃなかった」
ミステリー小説界隈の、さしてフォロワーも多くない人物の呟き。タイトルは? 本当にその作者の作品? パチもんか二次創作の類では? そんな話が飛び交う中、またしてもそれは現れる。
「読み終わってから気付いたけどなんでオランウータン出て来たのか不明
ってか犯人オランウータンって冷静に考えてありえなくないか?」
界隈は騒然とし始める。この二人、面識があるどころか互いにフォローしてさえいない。つまり共謀して皆を混乱させてやろうなど考えつくはずも、実行し得るはずもない。その二人は巡り巡って引き合わされ、何十何百という人間が画面に食らいつく中で言葉を交わす。二人が読んだのは全く別の作者の、全く別の作品だ。
「オランウータンが犯人の小説がないとは言いませんけど、この作品は違いましたよね?」
「少なくとも記憶の中では確実に違います。こっちの作品もですよね?」
「はい! それも好きな作品なので犯人を忘れるはずないんですけど……」
「そもそも高校が舞台なのにオランウータンっておかしいんですよね。高級ホテルでもそうですけど。なんであんな自然に登場してたのか……しかも作品としては崩壊してないどころかちゃんと成立してるんですよ……」
「そうなんです!! なんで成立してるかわからないのに成立してるんですよね!! ちゃんとオランウータンらしい(?)感じで!」
頭を抱えることになったのはこの二人を見守る連中だよ。作品自体、読んだことのある者も多いから犯人がオランウータンでないのはわかる。ただ明確に誰彼が犯人だとは口が裂けても言えず現状顔を見合わせて頷き合っているだけなんだ。ともかく何かの偶然でこの二人が同系統の偽物を買ってしまったか、気が狂ってしまったか、そんなところに落ち着きそうになった矢先。
「オランウータンって『森の人』って意味があるらしいですね! だから登場人物? 登場オランウータン? も森人氏だったんですかね?」
「え、名前、間違いないですか?」
「はい、今手元にあるので間違いないですよ!」
「私の読んだのもオランウータンの名前が『森人氏』でした……」
一同騒然。ここに来て単なる笑い話で済まない雰囲気になってくる。この二作品の作者が同じでない限り、ホラー展開だ。
「氏って死ねの伏せ字に使われてたしそういう意味なんじゃ……」
混乱、戦慄。タイムラインはもはや『森人氏』の話題一色。そうして一人、また一人と己の本棚を確かめる者が現れ、彼らが新たな被害者となった。
「ヤバいヤバいヤバい森人氏おる」
画像付きの呟きによりそれは現実味を更に帯びる。『森人氏』の観測者は毎分毎秒増えていく。もはやミステリー小説にとどまらず、サスペンス、ホラー、SF,果てはラブコメにまで現れた。それは魔の手を漫画、映画、詩にまで広げる。いつ何時どの媒体でも『森人氏』を名乗るオランウータンが人を殺すんだ。そうして、それは一線を越える。現実と創作の一線を。
テレビのバライティー番組に出てくる。オランウータンは出演者を殺す。低くて穏やかな声で言う。
『もりひとし』と。ニュースに登場して現場中継に登場して民間人にも手を出し始める。そんなに急なスピードじゃないけど、ゆっくり、確実に蝕まれる。現実に出てくるのだって初めの呟きから一年とか二年とか経った後。もうみんなそれに馴染み始めてるくらいの時期になって、恐怖の再来って感じ。
で、そのオランウータンはある時高級ホテルに入る。そこには要人が泊まっていてオランウータンはその人を殺す。なんてことはない、ただの殺人だ。更にオランウータンは学校にも現れていじめの現場に遭遇、主犯格を殺す。
言いたいことがわかり始めたんじゃない?
これ、このオランウータンによる殺人、初めに呟いた二人が読んだ小説なんだよ。
全ての創作物がどこかの世界線の実話だとしたら、これは筋の通った話だ。いろんな世界線で同時多発的に『森人氏』というオランウータンが人を殺す……
「なるほど、それが新しい小説の案か」
「そう! なかなか面白そうじゃない?」
「まぁなくはないけど……n番煎じのパニックホラーって感じがしないでもない」
「まぁまぁそんなこと言ったら世の中の作品全部n番煎じよ」
「とりあえず書いてみたら? 結構読みたくはあるし」
おやすみと挨拶して通話は切れた。私はこの物語を書くべくパソコンに向かった。
何日もキーボードを叩き、推敲を重ね、一週間して草稿が完成した。ひとまず読ませるかとファイルを転送する。タイトルは『殺戮オランウータン』。
うめき声と共に伸びをしてベッドにうつ伏せる。仮眠程度の時間しかとっていなかったから久々に長時間眠るつもりだった。頭を空っぽにして睡魔に身を委ねていると窓の方から音がした。ぼんやりした視界に何か、誰かが映る。背丈が低くて毛むくじゃら、腕が長くて目の大きな……
送られたファイルを開く。『殺戮オランウータン』とはまた物々しい題名にしたものだ。ざっと目を通すがあらすじは前に語られたものとほぼ変わっていないらしい。出来も悪くないどころか個人的には好みな方だ。感想はまたまとめるとしてとりあえず呟いとこう。
「『殺戮オランウータン』面白かった」
身内ネタの激しいフォロワー数十人のアカウントだ、前にも表に出してない小説について話してたからおおよそ察してくれるだろう。と、思っていた。
「殺戮オランウータン is 何」
「パワーワード殺戮オランウータン」
「殺戮オランウータンってあれ? 某ミステリ?」
思いの外ワードセンスが良かったのかタイムラインが『殺戮オランウータン』で埋まっていく。どうやら有名な古典ミステリにオランウータンが犯人の小説があるらしい。なるほど、一部の人は私がそれを読んでネタバレ対策をした感想を呟いたと捉えているのか。そんな回りくどいこと、普通はしないだろ。
さらに『殺戮オランウータン』は勢力を広げる。ただ身内の書いた小説が面白いと呟いたはずが古典ミステリのミームとなり更に『殺戮オランウータン』自体が謎の単語として独り歩きしている。この言葉を生んだ本人がこれに気付いたら爆笑するだろう。早く気付かないかな、と思いながら数日過ごした。張本人は一向に呟かないどころか連絡も寄越さない。やっと来た連絡は本人でなく、本人の親からだった。長々した文章を要約すると、こうだ。
「数日前(草稿ファイルを受け取った日)、部屋で遺体となって発見され、殺人事件として警察に調べてもらった結果、犯人はオランウータンだった。ダイイングメッセージは『森人氏』……
森人氏 まきあ @08110216
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