オラ、打たん ー卓上の類人猿ー

桃山次郎

第1話

歴戦の麻雀打ちで知られる夜田(よるだ)は何千人もの対局相手――下は天才幼児から上は齢100をゆうに超える仙人まで幅広い――と闘ってきた。老若男女、国籍は様々だったがどの相手も人間であることは共通していた。


「麻雀AIを組み込んだロボットとはいずれ対局するとは思っていたが、まさかお猿さんとの対局が先とはな。本当に賭け麻雀するんだろうな」

苦笑しながら夜田はつぶやく。


「本当に快諾いただけて助かります。麻雀を打てるオランウータンのウータンくんの初披露は夜田さん相手しかありえないと思ってたんです。賭けはもちろん行いますよ。麻雀は麻雀、勝負は勝負です」

TVプロデューサーの梅井(うめい)が笑顔で答える。


ここはテレビ局の特別スタジオ、中央には自動麻雀卓が設置され対面には大型の類人猿が座っている。「類人猿 VS 最強雀士」というテレビ番組の収録だ。


ルールは変則的に2人対戦で行い、合計36枚ツモると一局終了。東1局→東2局→南1局→南2局と進行する。その他のルールは四人麻雀の赤入り東南戦と同じ。半荘一回勝負。

レートはデカピンだ。夜田としては許容できる中では最低レートだがオラウータン相手にこれ以上は望めないだろう。


『対戦よろしくお願いします』

東1局、親番はウータンくん。

いつも通り挨拶を済ませ親番のウータンくんのツモを眺める。

配牌までは自動で機械が自動で行うが、ツモと捨て牌は自力で行う必要がある。


「形だけならキレイに出来るものだな」

ウータンくんの流れるような理牌と打牌を見て夜田は言った。


夜田もツモを進めるが8巡目の2シャンテンから手が進まない。しかしウータンくんもツモ切りが続いているようだ。


(オラウータンに麻雀が出来るといってもしょせんはマネごとか、ならば)


例え自動卓でもイカサマは出来る。梅田が不要牌を山にもどし、必要牌を引く…


突然激しい痛みが夜田の右手を襲った。見るとウータンくんの手により夜田の右手が丸めたアルミホイルのようにぐちゃぐちゃだ。



「夜田さん、イカサマは反則ですよ。満貫払いでお願いします」

ウータンくんが諭すように言った。


「俺のイカサマを見破っただけでなく、日本語まで話せるのか」

「対局開始時に一緒に挨拶したじゃないですか。それに日本のリーチ式麻雀を学ぶには日本語の知識が必須ですからね。日本で麻雀を打てて日本語を話せない人は少数派でしょう。あとオランウータンの動体視力は人間を上回ります。これ以上下手は真似はしないでくださいね。オランウータンを軽視する真似は決して許しません」


右手を粉砕されイカサマ殺しをされた今となっては左手で打つしかない。12000点のビハインドは大きいが、夜田は逆転を目指し打ち進める。


夜田はウータンくんの弱点を見抜いていた。相手は1から9の順番,マンズ、ピンズ、ソーズ、字牌の必ず順に並べる完全理牌を行っている。これなら手牌読みや山読みを高精度で行える。チョンボで流れた東1局、夜田はリーチ七対子を4筒待ちで一発ツモ、裏も乗って跳満、点数が並んだ。


東2局ドラ8索、ウータンくんは5巡目に8萬をポン、10巡目に8筒を67筒でチーし打2筒。3巡目に7索を切っている。


狙いは明らかに喰いタン、7索が早い上に理牌から8索が対子以上なのは確定だ。3筒のチーは24567筒を8筒チーして36筒にした形に見える。だが、完全理牌をしている場合は、打2筒と67筒の間に2枚以上の牌が挟まるがウータンくんの切り方には間が無かった。こうなると36筒は完全に否定される。夜田は安心して36筒を切り出した。


「ロン。タンヤオドラドラ赤5筒で7700…いえ切り上げ満貫で8000にゃ。最近ネット麻雀ばかり打っていてすみません」

ウータンくんの手牌が倒された。

(この猿、普段は完全理牌で打って、鳴きの時は並び変えているのか!?テレビ対局にも完全に対応していやがる)


夜田は狼狽した。ここまで翻弄されてしまってはたとえ逆転できても代打として殺されてしまう。ここはいったん逃げ出して話を無かったことにするしかない。


夜田は急な腹痛を理由にトイレ休憩を申し入れ、テレビ局のトイレを借りた。内側から鍵をかけ、3階の窓から非常ハシゴをおろそうとする。


そのとき夜田はふと人の気配を感じ、後ろを振り返り、その正体に気づき思わず声を上げた。

「あ、〇〇〇ー〇〇!」


それが夜田の最後の発生となった。


帰りが遅い夜田を心配した梅井がマスターキーを借りてきた上でトイレを確認すると、顔面が鈍器で殴られたかのように変形した夜田の遺体を発見した。窓は空いているものの、窓からは避難梯子が降りておらず窓から降りると落下して死んでしまう。それにテレビ局では徹底的なボディチェックを行っており、鈍器の持ち込みは不可能…つまり完全な密室が存在している。


――読者への挑戦——

夜田を殺したのは誰か?またその動機は?凶器は何か?

必要な情報はすべて本文に揃っている。

探偵諸君の挑戦を待っている。

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