ライム・クライム

堀北 薫

ライム・クライム!

「えてしてキスはレモンの味だとか、恋は甘酸っぱいとかいうのだが。これはどんな味だと思う?後輩よ」

「イヤです!絶対イヤです!」

 二人は学校内を走る!

 追いかける先輩、追われる俺、それを見て叫ぶ先生。

 これはとある放課後の先輩と俺の、

 ボーイ・ミーツ・クレイジーガールな物語である!


    ──ライム・クライム──


 遡ること10分前。

 化学室で先輩は叫んでいた。

「また新薬の完成だ!」

「あんたは天才か。で、どんな薬?」

 俺が尋ねると先輩は束ねていた髪を下ろして自信たっぷりの顔で言った。

「媚薬さ。他人に害は与えないから安心したまえ」

「すごいですね。俺も先輩みたいに頭良くなるために帰って宿題でも──」

 俺は荷物を持ち化学室を出ようとするがバックを掴まれる。後ろには企むような笑顔の先輩が試験管を持っていた。

「フフフ、飲んでみてくれない?」

「イヤです」

 ここから学校中を逃げ回る鬼ごっこの始まりだ。


   ───*───*───*───


 そして現在に至る。

 俺は階段を一段飛ばしで走る。追う先輩も同様に走る。

「ちなみにこの薬!飲むと惚れた異性に告白したくてたまらなくなる効果があり、即効性は劇薬レベル!さぁさぁさぁ!飲んでうたえよ後輩!」

「イヤですって!マジで!」

 この人、速い!普通の女子なら引き離せるのに距離が稼げない!

「この薬、名を“ライム・クライム”と言う。恋の甘酸っぱさは時としてレモンよりも刺激的で犯罪的──故に“ライム・犯罪クライム”」

「物騒な名前を!つけないでください!」

 俺は今度は階段を降りる。

 否、手すりにそのままの勢いで乗り滑り降りる!

 普通に階段を降りてたら時間は確実にかかるはず。ここで引き離せれば……。そう思い、振り向いた俺は目を剥く。

 先輩も同様に階段の手すりを使い滑り降りた!

「言っておくがこの状況は想定済み!だからあらかじめ対策は打ってあるんだよ!」

 よく考えたら、こんな喋りながら走れるもんなのか?俺は早くも息が切れてきたのに!

「対策その①、君が逃げても追いかけられるように開発したこの増強薬。飲めば30分だけ身体能力が倍増する。名付けて“ツヨクナール”」

 そのまんまじゃねぇか!

「対策その②、君の視界を塞ぐための煙玉!その名も“ミエナクナール”!」

 先輩は俺の後ろからそれを投げると、俺の前方で破裂して煙を起こす。

 もちろんお構い無しに駆け抜ける!

 しかし先輩のことだ、ただの煙玉に見せかけて吸えば身動きが取れなくなるガス玉の可能性もある。その手にはのらない。

 俺は息を止めて煙を抜ける。

「ぷはぁっ!」

 数秒後に追いかける先輩も煙を抜ける。俺と同様に息を止めていた。

「息を止めてたのか!さすがだ!」

 このままではラチが開かない!俺は廊下の角を曲がる。

「そろそろ観念したらどうだ……ん?」

 先輩は曲がると同時に戸惑う。曲がってすぐの部屋に入っていく俺を見つけたからだ。

「教室に入るのは愚策だ───」

 入った先輩は「ほぅ」と声を漏らす。

 俺が逃げ込んだのはロッカー室だ。いくつものロッカーが並ぶ、いわば更衣室。体育がある場合に使われるのだが、放課後のこの時間は使う人間はいない。着替えるにしても皆、部室を使うからだ。

 その並ぶロッカーの一つに息を殺して潜む俺。だが先輩の目の前には並ぶロッカーともう一つ目に止まったはずだ。そして考えるだろう。

「粋なことをしてくれる」

 先輩は開いた窓を睨みつける。

 ロッカーに後輩が隠れたのなら順に確認してけばいいだけだ。しかし!万が一ロッカーではなく窓から逃げたとしたら?ここは一階、十分にあり得る。

 ロッカー内を探す時間はロスだその間に逃げおおせるだろう。

 すると突然、先輩は言った。

「こんな曲を知ってるかい?」

 先輩は鼻歌交じりに歌い出す。

 

 天才・喝采・体裁♪

 そんなの並べてどうすんの?

 ほら、独裁・制裁・決済♪

 欲しいものはそれじゃないでしょ?

 危険アラートもメリットも全て無視デリートして叫べよ“ウォーアイニー”♪

 さぁさ踊れや♪

 純愛・溺愛・鍾愛♪

 月が綺麗とかどうでもいいよね?

 だから、純愛・相愛・割愛♪

 回りくどいのはゴメンだね

 打算も口上も全て投げ捨て伝えよ“アイラヴユー”♪

 

 歌い終わった瞬間、俺のいるロッカーが思いっきり開かれる!

 さすがに俺はびっくりして声が出た。

「なんでここが……」

 先輩は、してやったりという表情で持っている小型のライトを振る。数秒の思考、答えは簡単だった。

「ブラックライトか…、そりゃ気付きませんよ」

「少し時間を稼げればよかったんだよ。私の歌に聞き惚れたかね?」

「単純に気を取られただけです」

 おそらくブラックライトに反応して光る塗料が煙玉に使われていたのだろう。息を止めていても潜った俺には目印が付いていたわけだ。

 さて、お縄だな。

 どうせ薬で伝えるなら、いっそのこと…。

「先輩、好きです。付き合って下さい。」

 目を丸くした先輩はうろたえる。

「まだなにも飲ませてないぞ!」

「俺は先輩が好きです。だから返事を聞かせて下さい。それとも──」

 俺は差し出された試験管を押し返す。

「先輩がそのライム・クライムを飲みますか?」

「っっ!!」

 冗談まじりで好意を隠すなんて、俺も堕ちるとこまで堕ちたもんだ。

 先輩は急に薬を飲む。

 いや、口に含んだのだ。

「ちょっと!ヤケにならないで──」

 慌てた無防備な俺の口は先輩のモノで塞がれた。

 滑らかな舌で押し込まれ流させるまま飲むしかなかった。そう、飲むしかなかったのだ。

「さーて、私も好きな男子の1人や2人いるのだが。ここでチャンスをやろうか?」

 一呼吸置いて、続ける。

「君は誰が好きなんだ?」

 その瞬間、俺は確信とともに先輩に抱きついた。

 

 興味もない人間の好き嫌いなんて気にするか?この人も隠してたんだ。

 それなのに俺ときたら、とんだヘタレだ。

 ハグから互いの手と手を取り、指と指を絡ませ、目と目を合わせて照れた表情かおで再び口づけを交わす。

 ファーストキスはレモン味?

 いや、これは魅力的過ぎた。

 重なる想いと柔らかい感触はまさに人を夢へと落とす。

 先輩の甘酸っぱい匂いを感じながら、言い聞かせた。


 全部“ライム・クライム”のせいなんだから、と。

 



─────了

 




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