第14話 裏腹
LINEが来た。大学時代の友人からだった。椿と共通の友人で、名を
『今椿と一緒におる?』
離れのリビングにてスマホで漫画を読んでいた向日葵はすぐに返信した。
『お風呂入ってるよ。椿君に用事?』
質問してから変な返事をしてしまったと思った。椿もスマホを持っていてLINEを使っているのだから彼個人に用事があるのなら彼に直接連絡するはずである。
『おらんほうがいいんだよね、ひまと通話したいから』
案の定のメッセージに、ちょっと緊張しながらさらに返信を送る。
『今大丈夫だよ』
すぐに電話がかかってきた。大学四年間で聞き慣れた、少しハスキーで落ち着いた飛騨弁が聞こえてくる。
『声聞くの久しぶりやな。元気しとる?』
「元気だよ。みーやんも元気?」
『毎日くてくてになるまで働いとるよ。宿泊業は嫌やなあ』
「ほんとお疲れ様。みーやんみたいな若者が飛騨の文化を支えてるんだよ」
『あんたほど地元に貢献してせんよ』
少しドキドキする。
「で、何かあった? 椿くんには内緒にしないといけないこと?」
意外な答えが返ってきた。
『誕生日プレゼントが届いたんやさ。宅急便で』
ちょっと考えてしまった。
そういえば先日彼女の誕生日があった。グループLINEで一斉に誕生日おめでとうというメッセージを送ったのだ。彼女が久しぶりだと言っているのはこの時文章のメッセージだけで音声通話はしていなかったからである。
向日葵は友人の誕生日は必ずお祝いのメッセージを送るようにしている。絶対に忘れないし、一人でも多くの人間が気づいて一緒に祝ってくれるようにグループLINEがあるならあえてそちらにメッセージを残す。したがって美也子の誕生日も共通の友人総勢七人からメッセージが来たはずだ。しかしプレゼントまでは用意していない。LINEギフトでミスタードーナツのチケットを送ったが、物理的なものではなかった。
「えっ、何それ。椿くんから?」
『あんた知らんの? 椿の独断か。おもろい時代になったな』
「何送ったって?」
『沼津のおいしいもの詰め合わせギフトみたいな感じのもの』
「干物とか?」
『んーん、はちみつとかみかんジャムとかおしゃれな瓶詰め。そうか、まあ、考えれば椿のセンスやな。しゃれた男やさ』
「それでなんでわたしなの? 本人に直接お礼を言ってくれたらいいのに」
美也子と椿の友情が長く続いてくれたら嬉しい。椿はただでさえ友達が少ない上、数少ない友達はみんな向日葵とも友達なのである。個人的に結んでいる友情があるなら大切にしてもらいたいものだ、と思ったが――
『宅急便の伝票の送り主が池谷向日葵になっとったよ』
「なんだと? わたしの名前を勝手に使ったのか」
『中に入ってたメッセージカードも、お誕生日おめでとうございますとしか書いてなかったんやけど、まず向日葵と書いた後にひっそり椿と付け足してるもんやから、ひまの命令で準備したんかと思った』
「へえ!」
『でも親の顔より見た椿の字やからさ』
椿の書く文字は明らかに習字で矯正された美しく読みやすい楷書体だ。一周回って特徴的なのだ。
『私椿のノートで大学卒業したからあいつの字の癖詳しいよ』
「ええ……みーやんそんなに椿くんにおんぶにだっこだったっけ……」
『古文書学から博物館教育論まで必要な専門科目はだいたい椿のおかげで取れたんよ。わからせんこと全部椿に聞いてなー、あいつ勉強だけはできるからな。でもそれで結局二人とも博物館に勤めなかったの草やな』
そう言えば二人とも学芸員課程を取っていた。実習の時に椿の珍しい洋服姿がどうこうという話をしていた記憶がある。二人とも名家の子なのになぜ資格を取ったのだろう。文学部で就職の不安があったのだろうか。なお社会学部を卒業した向日葵は公民の教員免許を持っている。実家を継げなかったり工場が潰れたりした時に教育関係の仕事をやるつもりだったが、今のところ出番はない。
しかし意外である。美也子と椿がそこまで仲が良いとは思っていなかった。二人とも他人にべったりくっつくのをよしとしないタイプだったのだ。美也子はひょうひょうとしていたし、椿も姉御肌で他人に上から目線でしゃべりがちな美也子に時々苦手意識を感じると言っていた気がする。
美也子が電話の向こう側でくつくつと笑っている。
『私椿の弱みいっぱい握っとるからびびってんのかもな』
「なになになに? おもしろそう、話聞きたい」
『もう結婚したからいいかなーと思うんやけどさ』
予想外の言葉が飛び出した。
『私二回生の時一年間週に一回木曜六限の時間帯に大学近くのカフェで恋愛相談っていうか愚痴っていうかを聞かされててさー。こいつマジで四六時中ひまのことしか考えてないんやなーと思いながら相談料としてノートを借りててな』
「はあ」
『今思い出しても笑えてくるな。クールそうな顔して必死やったよ』
顔が真っ赤になった。熱い。
離れの玄関のドアが開閉する音がした。向日葵は心臓が跳ね上がるのを感じた。
「ヤバい! 椿くんだ! 切るね!」
『はいはい、またLINEするなぁ』
「ありがと、じゃね! お誕生日おめでとうございました!」
リビングのドアが開き、椿が顔を出す。おもしろくなさそうな顔だ。
「なに? 僕の悪口やった? ごめんな気が利かなくて」
「違う違う違う、ああー!」
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