悪の枢機卿、現る
「それで、どうして護衛なんだ?」
ユリーシアがマリアの護衛依頼を提案したのには、何かワケがあるのだろうと察したアユム。
マリアが休んでいる職員用仮眠室を抜け出て、冒険者ギルドのカウンター前までやってきていた。
なぜカウンター前にいるかというと、前回の緊急クエストの件で呼び出されたからだ。
すでに達成していて成功報酬も貰っているので、こちらも意味が分からない。
「んー、そうですね。一つは勘です」
「勘……。俺もたまに勘で行動したりするから、あまり言えたもんでもないけど……。でも、『一つは』ってことは理由は別にもあるってことだよな?」
「もうすぐ違和感の正体がわかると思いますよ」
そうしていると、カウンター奥から受付嬢が慌ただしくやって来た。
「アユム様、ユリーシア様。緊急クエストの報告は確認した通りで間違いないですよね!?」
「あ、ああ。うん」
すでにアユムは、緊急クエストで
もちろんレッドファングに乗って――ということは誤魔化して、だが。
「審査の結果、この緊急クエストは冒険者ランクによる難易度設定が大きく異なっていたことになります。冒険者ギルドとしてはお詫び申し上げます……」
「敵もいなかったし、もっと適性ランクが低かったとか?」
「いえ、アユム様! その逆です! 適性ランクが倍以上必要でした! というか達成条件がほぼ不可能に設定されていたんです!」
「なんだって……?」
受付嬢の話によると、どうやら依頼内容と、アユムとユリーシアの証言、マリアの状態が色々と食い違っていたのだ。
依頼者とアユムたちのどちらかが嘘を吐いているということになるのだが、アユムの冒険者カードに記録された現場情報と、マリアの状況でどちらが正しいか結論が出たのだ。
アユムが生体レーダーで速攻見つけ、この世界にはない薬で治療しなければ確実に死んでいた。
「どうやら、依頼者――教会側が偽証をしていたようです。事故に見せかけて、それを緊急クエストで冒険者に発見させて悲劇に仕立てあげようとしたのかと思われます」
「教会……?」
アユムは教会というと星々に広まる宗教組織を思い出す。
宇宙時代のイメージ的にはそんなに過激ではない。
そんなアユムに対して、ユリーシアが横から説明をしてくれた。
「勇者様、教会というのは〝神〟を信奉する集団です。それぞれの種族が考える〝神〟というのはあるのですが、主に人間が中心の宗教と言えるでしょう。最近だと災害級モンスターが多く出るようになって、その救いを求める人間を取り込んで拡大していますね」
「――ハハハ! 随分と言い方にトゲがありマース。現に、神を信じる教会施設は災害級に襲われていませんヨゥ?」
「誰だ?」
ユリーシアの言葉を遮るようにやってきた集団があった。
白い十字を付けたサーコートを羽織る全身鎧の騎士達。
その先頭に立つのが白い法衣を着た中年男性だ。
「我ら教会は施しを与え、迷える人々を救済するだけデース」
「これはこれは、トーマス枢機卿」
ユリーシアが皮肉をタップリ込めて名前を呼んだ白い法衣の中年男性――トーマスは、如何にも清廉潔白そうな笑みを浮かべていた。
アユムとしては何か気持ち悪さを覚えてしまう。
まだ日本の寺にいた酒飲み女遊び生臭坊主の方がマシである。
「我らの聖女を救助して頂きありがとうございマース。森番ユリーシア・リーガルリリー。それと……そちらの――」
「アユムだ」
一瞬だが、トーマスはアユムを値踏みするような目で見てきた。
どこか光の無いような瞳で、笑っているのに目が笑っていない。
「アユム君、感謝デース!」
トーマスがアユムにハグをしようとしてきたのだが、後ろにいる一際大きな騎士が止めに入った。
一人だけヘルメットをしていないのだが、毎日剃っているであろうスキンヘッドが目立つ。
首の異常な太さからして教会というより、軍人に思えてしまう。
「トーマス様、大切な身体なので軽率な行動はせぬように……」
「おぉ、十字騎士団長ヘンリード。これはすみませんデース」
こちらはだいぶ分かりやすい。
アユムに警戒心を向けている。
彼らを実際に見て、事故に見せかけて聖女マリアを殺そうとしたというのは、かなりありえると思ってしまった。
「それで――……」
トーマスが笑みを消して、見下すような視線で本来の目的を問い掛けてきた。
「我らが聖女は今どこに? この冒険者ギルドにいると聞いたのですが」
すでに情報が漏れていたらしい。
ギルドの入り口も十字騎士が封鎖しているのが見える。
たぶん裏口があったとしても塞がれているだろう。
ここで正直に言わなくても、しらみつぶしに探すくらいはしそうだ。
それなら――
「聖女マリアなら、職員用の仮眠室にいるよ」
「なっ!? 勇者様!?」
ユリーシアが驚いているが、それは好都合だ。
リアクションからして嘘は言っていないと判断してくれる可能性が高い。
「それはそれは、ありがとうございます。アユム君。神のご加護がありますように」
アユムに礼を言って職員用の仮眠室に向かおうとするトーマスだったが、アユムは皮肉を込めて告げた。
「あんた達より、神様とは付き合い慣れてるんでね」
「んん?」
「ああ、そうそう。まず先に冒険者ギルドに来たのだから、礼儀として受付嬢さんに色々と説明をしてもらおうか。枢機卿トーマスさん」
敵意ある言葉と受け取ったのか、トーマスに付き従うヘンリードが怒りを露わにする。
「貴様、トーマス様に向かってその口の利き方!」
「良い良い、ヘンリード。ああ、だがしかしアユム君。我らは今すぐにでも聖水を持って聖女を癒やしたいと考えている」
トーマスが騎士の一人から受け取ったのは小瓶だ。
中に透明な液体が入っている。
明らかに怪しいそれをスマホでスキャンする。
結果は通信で知らされてきた。
『古典的な毒薬ですね。成分はトリカブトと酷似』
(目の前に毒薬を持ち出して、何が何でも殺そうとしている。騎士団まで持ち出しているし、もう隠そうとしていないのか? あるいは頭がおかしいか。それなら――)
アユムは満面の笑みを浮かべて、トーマスから毒薬を受け取った。
「おぉ、アユム君。代わりに渡してくださるのですか?」
トーマスからしたら、『アユムが聖水をすり替えて毒殺した』という偽のシチュエーションを作れる可能性も出てきたので、しめしめといったところだろうか。
しかし、アユムの意外すぎる行動がすべてをぶち壊した。
「喉が渇いていたので頂きまーす」
小瓶のフタを開けて、毒薬を一気に飲み出したのだ。
トーマスとヘンリードは中身を知っていたのか仰天の表情だ。
他の十字騎士団は『礼儀知らずの猿め』『貴重な聖水を飲んでしまうとは……』『羨ましい』とそれぞれだが、どうやら毒薬とは知らないようだ。
これで主犯は絞られてきた。
「それじゃあ、俺たちはマリアがいる部屋で待ってますので。後からおいでください」
場が騒然としているところで、アユムはユリーシアの手を引っ張って移動することにした。
その途中、ユリーシアから質問が飛んでくる。
「勇者様、いきなり聖水を飲んで……いったいどうしたんですか?」
「ああ、あれは毒薬だった」
「ど、毒薬!? それなら今すぐ吐かないと!?」
「それなら平気だ。山での修行で大抵の毒への耐性はつけているから」
むしろアユムとしては具合が悪くなるというより、漢方を飲んだときのような体調の良さを感じた。
毒薬が栄養になったのかもしれない。
「すごい……勇者様……本当に人間ですか……?」
褒められているのかどうかわからない、と複雑そうな表情を見せるアユムだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます