聖女の護衛依頼

「抱かせろ」


 聖女に向かってそう言った。


「っ……!!」


 いきなりのことで聖女は困惑していた。

 しかし、彼女も怒りを覚えたのか勇気を振り絞って言い返す。


「冒険者の人っていつもそうだわ……! 聖女のことをなんだと思ってるのよ!!」


 二人の間に微妙な空気が流れ、沈黙が場を支配する。

 ……その二人のやり取りを呆然と見ていたのは――アユムだった。

 言葉的に勘違いされそうだが、ワイルドに『抱かせろ』と言っていたのはユリーシアだ。


「あの、何この状況?」

「あ、勇者様。お帰りなさいませ」

「神の声がしたわ!? 神はどこ!? 神どこ!?」


 買い物を終えて、冒険者ギルドで寝ている聖女と、看病中のユリーシアの様子を見に来たら、突然こうなっていた。


「わけがわからない」

「では、私が過去回想を入れましょう」

「非常に助かる」


 頭がおかしくなりそうなノリに付いていけず、アユムは黙って説明を聞くことにした。




 ***




「あ、起きましたね! 聖女様――たしかマリア・セインティア様でしたね」

「……はい、わたくしの名前はマリア・セインティアですわ……マリアとお呼びください。それで、ここは?」


 マリアはまだクラクラする頭を抑えながら、辺りを見回した。

 個室で白い壁、ベッドと椅子と机くらいしかない必要最低限の家具。

 この場所に覚えは無い。


「ここは冒険者ギルドの職員用仮眠室。ちょっと使わせてもらっているの」

「冒険者ギルド……わたくしは……たしか……」


 マリアは徐々に記憶を思い出していく。

 そして、一番鮮烈な光景が浮かんできた。


「そ、そうですわ! わたくしは機械の神と出会ったのですわ!!」

「機械の神……? あ~……」


 ユリーシアとしては、何となくZYXのことだと察した。

 機械の精密な作りはゴーレムとも違い、中のアユムが喋ると知性ある神に見えなくもないからだ。

 ユリーシアも最初はそのような考えだったが、今では神は神でも、外部からやってきた高次元の存在のような意味での〝神〟と認識している。

 すべての存在を作り出したような〝神〟ではないのだ。

 でも、面白いので詳しい説明はしないでおいた。


「そう、機械の神が聖女様をお救いになりました!」

「や、やはり……! ああ、天上の御方の祝福を受けられるとは……身に余る光栄……。神は見てくださっていたのですわ!」


 想像以上に面白い勘違いになりそうだが、きっとアユムが後始末を何とかするだろう――とユリーシアは笑顔になってしまう。

 というところで、本題に入ることにした。

 そのために教会や病院へ移さず、この冒険者ギルドに運び込んで〝守って〟いたのだから。


「聖女様、なぜあなたは教会が用意した護衛から離れ、あんな危険なルートへ?」

「あなたは何を……? わたくしは、護衛たちが指示するルートを通っていたら、いつの間にか一人になっていて、ガスのようなモノが周囲に煙ってきて……」

「ふーん、なるほど……」


 ユリーシアは不自然すぎる〝事故〟の違和感だったモノが、明らかに事件性があるモノだと察した。

 とすると――この次に起こることも予想できる。


「ねぇ、聖女様。私ともう一人の冒険者に護衛依頼を出しませんか?」

「え? なぜですか?」


 ユリーシアとしては説明するとややこしくなりそうなので、また未来のアユムにぶん投げることにした。


「それは機械の神が、そうした方がいいと判断していたからです!」


 さすがに、この嘘に引っかかるかどうか怪しいと思っていたが――


「はい! わかりましたわ! それなら護衛依頼を出します!」

「ちょっろ」

「何か言いましたか?」

「いえ、何も」


 チョロい聖女――しかも可愛い顔で胸も大きい。

 女のユリーシアとしては、胸が大きいと色々と大変だと思ってしまうのだが、他人の場合はそれはそれとして好きである。

 今すぐにハグをして、自分にはない豊満な身体を感じたい。

 しかし、女同士でもそれは唐突すぎる。

 下心ありまくりの状態なら尚更だ。

 そこで百合脳を全開で働かせ、IQを極限まで引きげる特殊能力を使う。


「あの~、私としては護衛依頼の報酬は無償でも良いくらいなんですが、もう一人のアユムという冒険者がですね……たぶん、こんなことを言ってくるんですよ」

「えっ?」


 ユリーシアはゴニョゴニョと、マリアに耳打ちした。


「ええっ!? 『抱かせろ』って!?」

「というわけで、その状況に陥ったときのための予行演習をしましょう。仕方がないので私が抱かせろ野郎のアユムの役をします。そのあとに実際に抱きついても、驚かないでくださいね……練習ですから……ぐへへ……」

「わ、わかりました……これも機械の神のお導きなれば……ですわ……!」




 ***




「――で、現在に至ります」

「いくら何でも『抱かせろ』とかは言わねーよ!?」


 果たして、抱かせることが条件だと吹き込まれたマリアの評価を、アユムは覆すことができるのだろうか。

 次回へ続かない。

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