第24話 誤解

 「調子悪いんだから寮に戻れば良かったのに」


 用済みになった担架を倉庫に片付け終える頃にケリードは言う。


 エリザベスが去った後はまるで嵐の後のような酷い有様だった。

 肉体と精神を鍛えた王宮警吏達でもあの魔性の色香にはほとんどの者が敵わない。


 倒れている程度ならまだいいが、頭から流血している者を発見してしまった時は本当に焦った。


「そういう訳にもいかないでしょ」


 現在、医務室のベッドは勿論、前の廊下まで横たわる王宮警吏で一杯で、この悲惨な状況を生み出した責任の一端が自分にあると思うと手伝わずにはいられない。


「具合はどうなの?」

「お陰様でだいぶ楽になった」


 ケリードの問いにリオンは正直に答えた。


 意識を失うほど強い胸の痛みを感じたのに、今は本当に何の症状もない。


「そう。そういえば、君。随分と女王陛下と親しいんだね」


 その声には少しだけ苛立ちを感じる。

 疑問に思いながらもリオンは答えた。


「別に。あの方は女性に優しいから。前例のない女の王宮警吏が生活しやすいように気を使って下さってるのよ」

「ふーん。それだけ?」

「何が言いたいの?」


 リオンの答えに納得がいかないのか、ケリードは深堀してくる。


「君って、もしかして女性が恋愛対象なの?」

「…………何でそういう発想になるのよ?」


 至極真剣な顔でする質問がそれか。

 リオンは溜息をついた。


「私の恋愛対象なんてどうだって良いじゃない」


 リオンは素っ気なく答えて倉庫から出ようとドアノブに手を伸ばす。


 しかし、ガンっと大きな音がした。


 ドアが開きかけたと思ったらリオンの背後から腕が伸び、ドアを押し戻していた。

 すぐ後ろに感じるケリードの気配にびくっと身体が跳ねた。


「君っていつもそうだよね。僕が近づくとビクビクして……何なの?」


 耳元で囁くように言われる。ケリードの言葉にリオンはムッとする。


「別にビクビクなんてしてない。それに、君だって私のこと嫌いじゃない。自分を嫌う相手と積極的に仲良くなろうとする方が不思議。私の君への態度は自然だと思うけど?」


 リオンはドアの方を向いたまま、後ろに立つケリードに言った。


「…………どうして僕が君を嫌う必要があるの? 誰かがそう言ってたわけ?」


 表情は見えないが背後でケリードの動揺を感じる。


「そんなの、言われなくても分かるわよ。いつも私に嫌味ばかり言うし、馬鹿にしたような目で見てる。君も女の私が同じ王宮警吏なのが気に入らないんでしょ。別に君だけじゃないから。私のことが気に入らない男は今までも沢山いたからね」


 嫌がらせも、冷たくされるのも、初めてではない。


 男社会で女のリオンはやはり異質で、前例のない女性王宮警吏であるリオンは他の警吏署からの妬みや反対意見も多く、リオンの耳にも届いている。


 そのくせ、そういう奴らに限ってリオンに好色の目で見る。


 女が同じ職場にいることに否定的なくせに、女であるリオンを求めるのだから、気持ち悪くて仕方ない。


 欲にまみれた視線も、無意味に近い距離も、少し触れられるのも嫌だった。


 正直、身の危険を感じることも何度かあった。

 その度に当時の教官やオズマーがリオンを庇ってくれた。


 しかし、庇われてばかりいるわけにはいかない。リオンは強くなるしかなかった。

 リオンは考えるだけでも気分が悪くなり、寒気がして二の腕を擦る。


「何か誤解してない? 僕は別に君を嫌ってるわけじゃない」

「別に今更、取り繕わなくても良いわよ」


 他の隊員とも、他の女性とも明らかに態度が違う。


 リオンに笑顔なんて見せたこともない彼は他署の女性隊員にはとても愛想が良い。

 自分に愛想良くする必要性を感じていないからだろう。


「明らかに他の女の子と態度が違うじゃない。見てればわか……きゃっ」


 発言を終えないうちに、無理矢理身体を向き合うように腕を引かれる。

 壁に背中を押し付けられ、すぐ目の前にケリードの顔があった。


「分かってないよ。他の女と君との態度が違うなんて当たり前じゃない」


 声を苛立たせて、綺麗な顔を苦し気に歪めるケリードにリオンは視線を奪われた。

 美しいアイスブルーの瞳の奥には憤りの炎が揺れている。


「僕が君に嫌味を言わなくなったら、君は僕に怯えなくなるの?」


 何でそんなことを聞くのだろうか。


 ケリードは真っすぐにリオンの瞳を覗き込む。

 そして目を吊り上げて不満そうに言うのだ。


「…………すぐには……無理。それに、君に限った話じゃないもの」


 真っすぐに向けられた視線から逃れ、リオンは観念したように呟く。


「どういうこと?」

「………………苦手なのよ…………男の人が」


 たっぷり間を開けたリオンの言葉にケリードは首を傾げた。

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