第5話 エセ王子

「ねぇねぇ、ウォーマン君」

「これからみんなで飲みに行くんだけど、一緒にどう?」

「一緒に行かない? 一度ゆっくり話してみたかったの」

「こんな機会滅多にないし、親睦を深めるのに調度良いし」

「お酒強い? 何が飲める?」

「でも凄―い。王宮警吏にこんなに素敵な人がいるなんて知らなかった」

「良いな~、私も王宮警吏になりたいっ」

「一日でも良いよね」


 こちらはリオンを誘ってきた男性警吏とは熱量が違う。


 黄色い声を上げる女子に囲まれるケリードを妬ましそうに見る者達が気の毒に思えた。


 流石はエセ王子。


 女性警吏の視線を独り占めにしている。


「ごめんね、せっかくなんだけど今回は遠慮しておくよ」


 申し訳なさそうな表情を作り、ケリードは誘いを断る。


「えぇ~⁉」


 不満そうな声が次々と上がり、女子達が唇を尖らせる。


「身内の命日が近くてね。次は是非参加させてもらうよ」

「そうなの……」

「残念だわ……」

「でも、でも、次は絶対に来てね!」

「もちろんだよ。誘ってくれてありがとう」


 肩を落とす中央女子達に愛想よく微笑めば、それだけで女子達が顔を赤らめてしまう。


 ケリードの微笑みを間近に受けてそれだけで満たされたらしい、女子達は大人しく遠ざかっていく。


 ふとケリードの視線が交わる。


「なかなか使い勝手のいい言い訳だね」


 にやっと意地悪そうな笑みを浮かべてケリードは言う。


「……嘘なの?」

「もちろん」


 最低だ。  


 するとケリードがレイニーの存在に気付いた。


「何、この蛇。また君にくっついてるの?」


 ケリードが睨むような視線を向けるとレイニーはリオンに縋るように頭を引っ込め、リオンのジャケットの中に入り込んでしまった。


 それを不愉快そうにケリードは見ている。


 隊員達には割と懐いているレイニーだが、ケリードだけは苦手なようで懐かない。

 自分だけ懐かれないことを気にしているのかもしれない。


「女の子が勇気出して誘ってくれたのに何で行かないのよ」


 リオンはケリードの視線をレイニーから剝ぐために話題を変えた。


「苦手なんだよね」


 ため息交じりの声でケリードは口を開いた。


「女子のきゃーきゃー言う金切り声。視線も鬱陶しい」


 取り出したハンカチで眼鏡のレンズを拭きながら心底迷惑そうに言った。


「食事もお酒も静かに楽しみたいんだ。あんな煩い連中となんかお断りだよ」


 女の子達を前にすれば愛想の良い顔をするくせに、腹の中ではそんなことを思っていたのか。


 さっきの女子達に聞かせてやりたい。


「それ絶対言っちゃ駄目だよ。仲間内から犯罪者が出る」


 リオンはケリードに忠告する。


 ただでさえ男女比のおかしい職種なのだ。男性警吏にとって女性との出会いがどれほど貴重なものなのかこの男は分っていないらしい。こんな発言を誰かに聞かれたらつるし上げられてしまう。


 いや、むしろつるし上げてくれ。

 まぁ、この容姿ならばどこであろうと女性には困らないだろうけど。


 全く、王子とはかけ離れた性格だが、そのビジュアルだけは一級品だ。


「君こそどうして行かないの? 顔がリンゴみたいになってるからじゃないんでしょ」


 涼し気な瞳と視線がぶつかり、リオンはスッと視線を逸らした。


「悪いけど、私は嘘はついてない」


 もうじきリオンの両親、屋敷勤めていた大勢の使用人達の命日だ。

 町外れの教会にある墓地に花を持って行かなければならない。


「でも、それって本当に今日する用事なの?」


 揶揄うような口調でケリードが言う。


 痛い所を突いてくる男だな。


 命日は近いが、今日しなければならない用事ではない。


「ほらやっぱり。君だって行きたくないんじゃない」


 図星だったのが悔しくてリオンはケリードから視線を逸らした。


「苦手なんだよ、大勢人がいる空間が。お酒もあまり得意じゃないし」

「ふーん? どうして大勢が苦手なの? 君がいつも飲み会来ないってそういう事?」

「……人の視線が気になるから……かも」


 人が大勢いる場は落ち着かないし、疲れる。


 リオンもケリードとは理由は違うが人目を引いてしまうことを自覚している。


「君の髪、目立つもんね」


 そう言ってケリードはリオンを見下ろした。


 リオンの髪はこの国では珍しい銀色だ。銀色の髪がふわりと緩やかに波打ち、肩より少し上で揺れている。瞳の色もローズレッドとあまりない色味だ。


 もの珍しさ故に目立つのだ。 


「君だって僕と変わりないじゃない」

「意味合いが違うでしょ」


 女性の好意的な視線と不特定多数の好奇の視線と一緒にしないでもらいたい。


「お酒は弱いの?」

「あんまり得意じゃない」

「ふーん」


 聞いておいてその関心のなさは何なのか。


「じゃあ、少数でお酒が入らなかったらいいって事?」

「まぁ……そうね」

「ふーん。そう」


 リオンの言葉にケリードはまた興味なさそうに呟く。


 そして踵を返して歩き出した。


 自分から聞いておいてもうどうでもよくなったらしい。


 何なの。この男。疲れる。

 私はこれからまた一仕事しなきゃならないのに……。


 リオンが溜め息をついて顔を上げると少し先で立ち止まったケリードと目が合う。


「そう言えば、今回は出なかったね」

「何が?」


 今度は何の話かとリオンは首を傾げた。


「銀のピエロ」

「あぁ……そう言えばそうね」


 数か月前、市民の安全を脅かすピエロ達を一掃する者が現れた。


 ピエロ達は必ずどこかの集団に属しており、所属によって仮面の色とデザインが違う。


 現在確認されている大きな集団は赤、青、緑、仮面を着けた集団である。この集団は特に力のある者をリーダーに据えて犯罪を繰り返している。


 小規模な集団はいくつもあるが、中でも特殊で実態が掴めていないのが金の仮面をつけた集団だ。


 金の仮面集団はいつも少数で現れ、縄張り意識の強さから他の集団を排除する行動が多い。今のところ物損以外の犯罪は確認されておらず、謎が多い。


 それぞれの集団のトップはジョーカーと呼ばれており、ジョーカーによって集団が統率されている。集団ごとに特徴や傾向はあるがどれも犯罪集団に変わりはない。


 そしてその犯罪集団を取り締まる警吏と同じく、ピエロ達の騒ぎを制圧するために現れるのが銀色の仮面を着けたピエロだ。


 どこにも属さず、必ず一人で現れてピエロの起こす騒ぎを鎮静化している。

 ピエロ達を悉く制圧し、地に沈めるその様はまるで獰猛な狼のようだったとの目撃証言から相当な強者だと思われる。



「どう思う?」

「私、見たことないし」


 どうと言われても困る。 

 リオンはこの話題に極力触りたくないのである。


「髪は金の短髪、仮面は銀色、細身で小柄な男って説が有力だけど」

「へぇ」


 リオンは表情を崩さず相槌を打つ。


「僕は女だと思ってるんだよねぇ」


 その言葉にドキッと心臓が跳ねた。

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