第34話(終) 自由

【ここまでのあらすじ:洸一は医療機器メーカーの開発部に勤める35歳。某国スポンサーの再生人間プロジェクトで洸一から複製された人間である陽一は、身体のみならず記憶も人格も洸一の複製。二人は互いに脳の100%活性化を目指し、互いに高め合っていく。2022年末に売上100億円のアドバイザーになる計画を立て、半年間準備を進め、所期の目標を果たした。そして二人は次のステージへと上がる】


2023年6月24日 土曜日


事業での成功を手にした二人が考えていたのは、人類が直面する課題を解決することだ。


まとまった額の利益を事業で得たとは言え、売上100億円(投資も不要で費用もほとんどかからないので利益に等しい)には若干届いていないが、1,000億円規模の投資を呼び込む種としては十分だ。


国連が提唱し各国政府や大企業が賛同するSDGs、とりわけ気候変動問題については、洸一も陽一もいっこうに対策が進んでおらず、時間切れになることは火を見るより明らかで、自分たちの頭脳を使って、問題解決に貢献、いや貢献などという甘いものではなく、解決を主導したいとかねがね思っていた。


いつものとおり早朝ランニングを終え、朝食をとりながらそんなことを二人で話していると、洸一に電話がかかってきた。

ほとんどの用件はメールなので、電話がかかってくることなどめったになく、少し驚いたが、開発部長からだった。土曜日なのに何なのだろう。


「突然だが、ドバイに行ってくれないか。ミッションのリーダーと直接話をして欲しい」


ドバイはあらゆる分野において、いまや最先端テクノロジーのメッカとなっている。国家として巨額の投資を行ない、テクノロジーを育成している。そのショーケースである昨年の万博も大成功をおさめ、先進都市、いや国家としての地位を確立し、世界中のタレントが集まるところだ。


洸一と陽一は荷造りをして、念の為余裕をもって夕方タクシーで成田に向かった。

ミッションが航空券も宿も一切用意してくれている。二人はパスポートを持っていくだけでいいほどだ。


ドバイへは成田から約11時間のフライト。ファーストクラスを用意してくれた。

エミレーツ航空のファーストクラスは、エアバスA380だとシャワールームが用意されている。以前はA380は成田-ドバイ線に就航していなかったのだが、万博以来飛躍的に乗客が増えたことで就航が決まった。


大金を手にしたとはいえ、最近は海外に行くこともほとんどなく(海外とのやり取りはほとんどオンラインで済むので)、ややミーハーな二人は、エミレーツのファーストクラスに興味津々だ。


機内の食事もシャワーもエンターテインメントも一睡もせず満喫してドバイ国際空港に着陸したのは早朝5時。入国もスムーズに進み、指示通りに進むとリムジンが二人を待っていた。初めて乗るロールスロイスファントムだ。


ドバイは空港から市内まで車で5分もかからない。かつての香港のようだ。これは便利。地下鉄もある。


リムジンの行先はブルジュ・ハリファ。世界一の高さ800mを誇る超高層ビルで、オフィス、ホテル、商業施設を含む巨大コンプレックスだ。ホテルのプライベートラウンジまでエスコートされた。


ラウンジで待っていたのはミッションの最高幹部メンバ5名の一人であるリウ氏だ。中国系カナダ人で、専門は地球物理学。

9か国語を操るリウ氏は流暢な日本語で二人に声をかける。


「洸一、陽一、ドバイへようこそ。私のことは聞いていると思うので、自己紹介はいらないね。わざわざ来てもらったのは、君たちに直接合格証を渡したかったからだ」


合格証?試験なんかあったのか?と洸一と陽一は顔を見合わせた。


「ははは。もちろん試験らしきことは一切やっていない。君たちの能力が、我々のミッションで定めた水準にちょうど昨日達したんだ。それも我々の想定より30日も早くね」


リウ氏は続けた。


「合格したからには、ミッションに協力いただきたい。これがわざわざ私に会いにきてもらったもう一つの理由だ」


協力?また洸一と陽一は顔を見合わせた。


「君たちの次なる関心が人類存続だということは知っている。我々のミッションと軌を一にする。今日から我々の頭脳ブレインとしてここで働いてもらいたい。きみたちの成長には東京よりここいまや世界最先端のドバイが適している」


洸一も陽一も実は東京では不足だとかねがね感じていたが、住むことまでは考えていなかった。しかしまったく異存はない。洸一と陽一は異口同音に即答した。


「ありがとうございます。光栄です」


「君たちが既に理解のとおり、地球環境に関する国際的な取組のすべては、方向性が間違っているか、進捗が遅すぎ、人類存続の期限タイムリミットに間に合わない。我々は早急にタイプ0文明からタイプ1文明に移行しなければならない。カルダシェフ・スケールはもちろん知っているよね」


カルダシェフ・スケールとは、ロシアの科学者カルダシェフが提唱した宇宙文明の段階を示すもので、地球上の文明に限らず、宇宙に存在するであろう他の文明も含め、どれだけのエネルギーを活用できるかを定める方程式とその答だ。

タイプ1文明は、その文明が存在する惑星(我々であれば地球)上のエネルギーをすべて活用できる文明だが、地球人はまだ0.73だと計算されている。


「カルダシェフ・スケールなんて絵空事だと信じない科学者もいるが、そんなことは問題ではなく、太陽からのエネルギーにすべてを依存しているにも関わらず、人類は相変わらず化石燃料という過去の遺産に頼っているし、再生エネルギーといってもいずれもコストが高すぎて破綻している。水素や核融合も扱えない。ではダイソン球を建造して地球に降り注ぐ太陽のエネルギーを使えばいいという仮説もあったが、SFにとどまっている状況だ」


洸一と陽一は大きくうなずく。リウ氏は最後にこう言った。


「ご存じのとおり、我々のチームはこの問題の解決策を立案し実行するために最も優れた知能を集めている。彼らは世間では知られていないが、それは彼らが、社会課題の解決の為に出は無く、論文のために研究をする科学者とは異なる真の探究者だからだ。君たちもその一員にふさわしい知能と意思を持っている。よろしく」


洸一と陽一はリウ氏と固く握手を交わし、決意を新たにした。その目は燃える心の炎に輝いた。


(完)

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自分との邂逅 テラリウム @terrarium

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