第19話 葛藤

10月4日火曜日 早朝


洸一が窓から夜明け前の街を見ている後ろ姿を見ながら、陽一はこの世に生を受けた4か月前を思い出していた。


極秘プロジェクトの成果として、洸一の完全な複製として生まれた陽一は、その時点での洸一の肉体と精神、人格と記憶を持っていた。


洸一の勤める医療機器メーカーのラボで「誕生」した陽一は、まず最初の葛藤を克服しなければならなかった。


自分は陽一であって洸一ではない。だが、自分の物心ついて以降の記憶は、すべて洸一としてのものであって、常に洸一として生き経験し、洸一と呼ばれて暮らしてきたものであって、そこに陽一は存在しない。


(いったい自分は何者なんだ)


もちろんラボで生まれてそのまま世に出される訳ではなく、ミッションの開発者たちは当然そのような葛藤を想定し、陽一にすべての情報(陽一が求め、納得のいく限りの)を与え、陽一という人間として生きる決意をさせることに成功した。


そして今では陽一もすっかり洸一とはまったく異なる一人の人間として納得して生きている・・・つもりだった。


複製された人間が、あらゆる面でオリジナルとほとんど同一といっていい人間がオリジナルと共に生活することによってどのような変化が生まれるのか、いや共に生活しなければミッションの条件を満たさないのだが、その変化を、聡明と自覚する陽一は抗うことなく受け容れなければならない。


いや、抗ってもいいのかもしれない。抗うことが不自然であるならば。しかし自然か不自然かの判断もつきかねている。また新たな葛藤が陽一の中に生まれていた。


陽一は(当時は洸一だが)社会心理学の本で読んだことがある。アイデンティティ形成戦略という考え方だ。戦略には5つの型があり、その中で最もポジティブなのが、拒否することも放浪することもなく、「解決者(Resolver)」として、積極的に自己の成長機会を求めていくことだと書いてあった。


洸一には陽一がいま直面しているこの葛藤はない。そして、この葛藤こそが洸一とは違う人格の陽一としての成長の機会なのかもしれない。


まだ糸口が見えただけだが、早朝の静かな時間を過ごしつつ、陽一は自分の成長に少し心が躍った。

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