第16話 煩悶

2022年10月3日 月曜日(続)


洸一が自分がオリジナルではなくコピーである可能性を示唆する夢をみたその朝、洸一は陽一と別に走ることにした。


ひとりで走るのはめずらしくない。というより、陽一との共同生活が始まる1ヶ月前まではひとりで走るのが当然だった。


毎朝走っていると近くにランニング仲間になれそうなランナーはいるが、すれちがっても目で挨拶する程度で言葉を交わしたり、まして一緒に走ったりすることもない。


シリアスなランナーたちは、それぞれ自分の決めたプランに沿い、インターバル的、あるいは段階的にペースを上げるビルドアップ走などを行なっているからだ。


洸一は、なにかいやなことがあったら計画を無視して自由なペースで距離も時間も決めず走ることにしている。息を吐くたびに、汗が出るごとに、心の毒が排出されていく。時と場合にもよるが、長くても1時間も走ればカタルシスを覚える。


あるいは、仕事の企画がまとまらないとき、アイデアが出ないときも、一旦仕事を離れて走ってみる。繰り返す足からの刺激が脳にポジティブな影響を与えるという研究結果もあるそうだが、いいアイデアが浮かぶのは大抵走っているときだ。


きょうは前者だ。自分が「ニセモノ」なのではないか、いくらその可能性を否定しようとしても、そんな邪念を振り払おうとしてもできないでいる朝。やはり走ることにしよう。陽一とではなく、ひとりで。


洸一はTシャツとランパンに着替え、いつものAsicsのシューズを履き、肩を回したりしながらゆっくりと夜明け前の道を走り出す。10月ともなると朝5時半でもまだ暗い。


走ればこの煩悶から解放されることを信じ、5㎞、30分と走る。気温は15度だが既に額や首筋は汗が流れている。


40分、8㎞・・・ まだ心は晴れない。


60分も走ったところで設定していたアラームが鳴る。いつもならとっくにすっかり心も頭も浄化されていてよい頃だ。


今日は違う。いや、ここでやめてはかえって逆効果だ。あと30分走ろう。


90分走ってもなお、圧倒的な敗北感にも似たその感覚はしっかり洸一をとらえて離さない。

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