過ぎた憧憬は眼を曇らせる

黒木メイ

過ぎた憧憬は眼を曇らせる

 女性にしては高すぎる身長と低めの声、中性的な顔。一部の女性からはウケが良いが、男性からは悪い。友人曰く、そこらへんの貴族男性よりもスペックが高いせいで顰蹙を買っているのだとか。

 正直『男女おとこおんな』と陰口を叩かれるのが気にならないわけではない。ただ、それでも自分を変えようと思わなかったのはがいたからだ。


「カミラはそのままでいいよ。君の良さは僕がわかっているから」


 幼馴染でもあるオスヴィンの言葉に何度救われた事か。惹かれるのは自然の流れだったと思う。婚約が決まった時は本当に嬉しかった。間違いなく、私の世界はオスヴィンを中心に回っていた。————あの日までは。



 ————————


 寒くも無いのに身体が震えている。扉の向こうからは聞きたくない話が未だ続いていた。耳を塞いでしまいたいのに、両腕は己の身体を支えるので精一杯だ。


 今日はオスヴィンが家に来る日だった。そんな日に限って学園内でトラブルがあり、私はその対応に追われていた。ようやく解決して慌てて帰宅すれば、すでにオスヴィンは来ていると出迎えたメイドが教えてくれた。今は来客室でリディア義妹が相手をしているという。

 リディアがオスヴィンに恋心を抱いているのは知っていた。私が知らないところでアプローチをしていることも。でも、知らないフリをしていた。義母のマグダレナが注意をしてくれていたし、オスヴィン自身がその気があるようには見えなかったからだ。油断をしていた。リディアがこの機会を有効活用しないわけがない。

 普段心掛けている淑女らしさを捨て、来客室に急いだ。


 早足どころか、もはや駆け足レベルの勢いで来客室まで辿り着くと扉に手をかけた。その瞬間何故か私は手を止めてしまった。勢いのまま、開けてしまえばよかったのに。


 部屋の中から、話声が聞こえてきた。


「どうして私ではダメなのですか?! 私だって、お姉様に負けないくらいオスヴィン様を慕っています! それに、私の方が可愛いと言ってくださったじゃないですか!」


 最後のセリフに心臓がぎゅっと縮まる。ドアノブから手が離れた。

 オスヴィンがリディアのことを可愛いと言っていた?

 確かにリディアは可愛い。男性人気も高い。でも、オスヴィンがそんなことを言うはずは……


「リディアの気持ちは嬉しいし、正直男としてはリディアの方が可愛いと思うよ。でも、僕は君とは結婚できない」

「だから、その理由が私は知りたいと言っているのです! 納得できる理由が無いのに諦めることなどできません!」

「君がいくらそう言っても僕は君を選ぶつもりはないよ。君と結婚しても意味がないからね」

「それはどういう」

「僕には昔から夢があるんだ」

「ゆめ?」

「そう。いつか憧れの人……オスヴァルト剣聖に直接会って、目の前でその剣技を見せてもらうという夢。不思議なことに歴代の剣聖達は皆アスムス家と血の繋がりがある。カミラと結婚すればその夢も叶うだろう。しかも、運がよければ次代の剣聖の父親にだってなれるかもしれない! だから、君ではダメなんだよ。僕の夢は君では叶えられない。この家に残るカミラでないとダメなんだ」


 これ以上は聞いていられなくて、扉に背を向けてその場を離れた。屋敷にいることすら耐えられなかった。家を出て、ふらふらと歩き続ける。気づけば森の中にいた。


 歩きながらぼんやりと考える。

 全て嘘だったのだろうか。「私」を認めてくれたオスヴィンは……否、確かに彼にとっては嘘偽りの無い本心だったのだろう。その言葉に恋慕が含まれていなかっただけで。私が勝手に都合の良い解釈をしていただけだ。

 オスヴィンが見ていたのは「私」ではない。その向こうにいる憧れの存在————カミラの祖父。剣聖オスヴァルト・ヒルシュビーゲル。

 オスヴィンがリディアに靡かないのも当たり前だった。どんなにリディアがカミラより女性として魅力的だったとしても、オスヴィンにとっては意味が無い。靡くはずがなかった。そんな心配は無用だったのだ。


 このままいけばオスヴィンと結婚することはできるだろう。でも、それでいいのだろうか。カミラはしばらくの間、誰もいない場所で静かに涙を流し続けていた。


 涙も止み落ち着いてきた頃、ガサリと音がした。顔を向ければ、木々の間から顔を出したと目があう。ぽたぽたと落ち続けている涎。肉食動物特有の目はカミラを捉え、すでに己の獲物だと認識している。カミラは獣が近づいてくるのをぼんやりと眺め、飛びかかってきた瞬間、走り出した。



 ————————



 カミラが屋敷へと戻った時にはすでにオスヴィンは帰宅していた。リディアが不機嫌な顔をして報告してくれた。カミラは「そう」と苦笑して返すしかできなかった。そのことすらリディアの癪に障ったらしい。カミラを睨みつけると自室へと戻っていった。


 数日後。リディアの不満が爆発した。


 久しぶりに家族揃って食事をしていた時のこと。リディアが自室に戻ろうとするカミラを呼び止めた。珍しいこともあるものだと、家族全員の視線がリディアに集まる。リディアはカミラを睨みつけて言った。


「どうして最近、お姉様はオスヴィン様を避けているのですか?」


 カミラの顔が強張る。マグダレナも気になっていたのだろう。心配そうにカミラの様子を窺っていた。

 カミラが言葉に詰まっている間に、リディアが一気に捲し立てる。


「お姉様はずるいわ。オスヴィン様の婚約者でいつでも会うことができるのに、その立場に甘えてる! 私の方が彼のことを愛しているのに! もしかして、今更オスヴィン様との結婚が嫌になったとでも言うの?! それなら、私と代わってよ!」


 カミラは思わず息を止め、茫然と目の前の義妹を見た。興奮しながらピンクの髪を揺らし、同色の瞳でこちらを睨みつけてくるリディア。————ふと、気付いた。そうか。そういう道もあるのか。


「いいわ」

「え?」


 リディアが呆けた表情でカミラを見上げる。カミラは疲れた様に笑って頷いた。静観していた父親を見る。


「お父様。そういうことですので」

「……本当に、いいのか?」

「ええ。目が、覚めたのです。……本来あるべきカタチに戻すだけです。今まで、我儘を言って申し訳ありませんでした」

「いや。お前が決めたのならば、そうしよう」

「はい」

「カミラちゃん……本気、なのね」

「義母様……今までありがとうございました」

「そんなこと……本当にいいの? だって……」

「はい。私が自分で選んだ道ですから」


 静かに目を伏せ涙するマグダレナに微笑みを向ける。この場で話を理解できていないのはリディアだけだ。だが、それでも一つだけ理解できたことがあった。


「リディア」

「は、はい」


 義父でもあり、アスムス伯爵家当主でもあるカリストに名前を呼ばれ、リディアの背筋が自然と伸びた。


「お前にはアスムス伯爵家の次期当主の妻に相応しい知識をつけてもらう。あれだけ豪語してみせたのだ。その成果を出しなさい」

「わ、わかりました」


 とは言ったもののリディアの顔色は悪い。それでも、オスヴィンの隣に立つ未来が待っているならばとリディアは気を引き締める。義姉のカミラがどうして心変わりをしたのかはわからないが、初めてカミラに感謝した。



 ――――――――



 後日、オスヴィン家とアスムス家の面々で話し合いの場が持たれた。

 オスヴィンの両親は最初こそ動揺していたもののすぐに理解したようで頷いた。

 困惑していたのはオスヴィンだけだ。


「急な話になり申し訳ありませんでした」


 改めてカミラが深々と頭を下げる。オスヴィンの両親は沈痛な表情でカミラを見つめながら首を横に振った。


「いえ。カミラちゃんにお義母様と呼んでもらえないのは残念だけど……あなたが覚悟を決めたのならば、私達は応援するだけだわ」

「こちらこそ……すまなかったね」

「いえ、私も……望んでいたことですから」


 沈黙の中、我慢できなくなったオスヴィンが口を開いた。


「なぜ、そんなにすんなり話を受け入れているのですか?! カミラ!君は僕が好きだっただろう!? なぜいきなりこんな……他に好きなやつができたの?!」

「違います」

「なら、なぜ?!」

「元々、私達の婚約の話はなかったはずです。覚えていませんか?」

「え?」

「本来、私は早々に、アスムス家を出る予定でした。その為、母が亡くなった後、遠縁であるリディアたちを迎え入れた。けれど、私はあなたに望まれ、愚かにもあなたと添い遂げる夢を見てしまった。……けれど、もういいのです」

「もう、いいとは」

「私が手に入れたかったものは手に入らないとわかったからです。大丈夫ですよ。リディアも血は薄いですが、間違いなくアスムス家に繋がる血を引いています。そして、アスムス家の当主を支える立場にもなりました。……問題はないでしょう」


 ちらりと、ピンク色の髪をしたリディアを見る。同じくピンクの瞳は真っすぐにオスヴィンを見つめていた。カミラの言葉にオスヴィンは目を見開き、顔色を無くす。『聞かれていたのか』と口だけを動かし、リディアとカミラを見比べ……口を閉じた。

 こうして、二人の婚約は、白紙となり、新たにリディアとオスヴィンの婚約が結ばれた。



 ————————



 カミラとの婚約が破棄され、リディアとの婚約がトントンと進み、オスヴィンは困惑していた。けれど、ゆっくりと考える間もないくらいにリディアがオスヴィンの側にいた。学園でも、家でもだ。周りの環境も変わっていた。


 いつのまにかカミラは学園を自主退学していて、そのことが学園内でとある噂に拍車をかけていた。


『カミラは今まで二人の邪魔をしていた責任を取って家を出た』


 という噂が、学園内に広まっていた。この噂を聞いたオスヴィンは驚いた。思わずその場で話していた女生徒たちの会話に飛び込むくらいに。


 聞けば、招かれた茶会でリディアが話していたという。本来婚約者になるはずだった二人。だが、カミラの我儘によって二人は引き裂かれた。今が本来の姿だと。カミラはようやく、そのことに気付いて身を引いたのだと。直接そう言っていたわけではないが、そのようなことを仄めかされたのだと。

 オスヴィンはその場で否定しそうになったが、咄嗟に口を噤む。

 今の婚約者はリディアだ。カミラの肩を持てばどうなるのか……冷静になった頭で考え、当たり障りのない言葉を並べ、その場から逃げた。


 浮かない顔のオスヴィンの元にリディアが駆け寄る。頬を紅潮させ、明らかな好意を含んだ視線をオスヴィンに向ける。この表情がカミラと婚約していた頃は可愛いと思っていた。けれど、今は何故かその表情を見ても何とも思わない。一人になった時、リディアといる時ですら思い出すのはカミラのことばかり。カミラのことは女性として意識したことはない……はずだったのに。


 記憶の中のカミラは……

 カミラはこんなに自分の事ばかりを話したりはしなかった。聞けば教えてくれたけど、どちらかというと僕の話を聞くのを好んでいたように思う。普段は明らかに好意を顔に出すこともなくて、でも僕が顔を近づければ頬を染めて……その表情が見たくて、たまにわざと近づけたりして……


「オスヴィン様?」

「……ああ、なんでもないよ。今日も勉強があるよね? そろそろ時間だ」

「もう、そんな時間?! でも、これもオスヴィン様との将来の為ですものね! 頑張ってきます」

「ああ。行っておいで」


 リディアは嬉しそうに手を振って去って行く。オスヴィンはその背中を見送りながら反省していた。今更何を考えているのか。多少計画とは変わってしまったが、将来設計に支障はないはずだ。そう自分に言い聞かせて、胸にぽっかりと空いた穴に気づかないフリをした。



 ――――――――



 新たな剣聖が誕生したという知らせが国内を震撼させたのはそれから半年後の事だった。

 オスヴィンはリディアを連れて「継承の儀」が行われる会場へと足を運んでいた。半世紀ぶりの慶事に国民は沸いていた。「継承の儀」に直接参加出来る者は限られていた。しかし、ありがたいことに剣聖の生家であるアスムス伯爵家と婿入り予定のオスヴィンは特別枠で招待されていた。


 オスヴィンは興奮していた。

 自分の子供が次世代の剣聖となる可能性は低くなったが、この目で継承の儀を見ることができる。もしかしたら、剣聖と直接挨拶を交わすこともできるかもしれない。


「継承の儀」の会場は闘技場のようだった。儀式を行うステージを中心に観客席がぐるりと囲っている。オスヴィン達が通されたのはその席の中でも王家や宰相家と近いところだった。ふいにオスヴィンと宰相の視線が交わる。オスヴィンは緊張しつつも、黙礼した。宰相はオスヴィンを数秒見つめると、目を細め頷き返した。陛下に話しかけられた宰相がオスヴィンから視線を逸らす。ようやく緊張が解けた。視線をステージへと向ける。


 しばらくして、陛下の言葉により現剣聖であるオスヴァルト・ヒルシュビーゲルが現れた。その瞬間沸き起こる歓声。圧倒的な存在感。オスヴィンの興奮も最高潮に達していた。

 ふいに横を見るとリディアが顔を顰めていることに気づく。どうやら、歓声がうるさかったようだ。

 ならついてくるなと言いたいところだが。まあ女性にはわからないのかもしれない。と、結論づけて気にしないことにした。そんなことよりも歴史的瞬間だけに集中したい。


 ざわり、と会場が揺れた。リディアに気を取られていたオスヴィンは慌てて視線を戻す。オスヴァルトの後に会場に現れたのは、二人の男女だった。

 オスヴィンは息を呑む。男の方は次代の剣聖に一番近いと言われている男、ザームエル。宰相家の次男坊で、オスヴァルトが直々に自団の副団長にとスカウトした人物だ。確かにこうやって見ると彼の髪や瞳の色は剣聖の特徴である『赤』に近いように思う。以前、調べた情報では宰相家にも過去にアスムス家から嫁いでいった者がいた。血筋的にもあり得る人物だ。

 身分も見目も良い為、女性からの人気も高いが、未だにザームエルは独り身だった。ザームエル自身が生涯独身を貫くと明言していたからだ。彼は戦闘狂であり、女性に興味がなかった。そんな彼が女性をエスコートしている。しかも、わざわざ「継承の儀」の場で。観客たちが動揺するのも無理はなかった。

 その中でも一番動揺していたのはオスヴィンかもしれない。ザームエルがとろけるような笑みを向けている相手はよく知っている人物だった。特徴的な赤い髪に赤い瞳。見間違うわけがない。



「静まれ。その者の介入は我が許可をしている。……これより、継承の儀を始める」


 国王陛下の言葉によって会場が静まり返る。

 頃合を見て合図を送ると、オスヴァルトが片腕を掲げた。空気が揺れ、赤い大剣が現れる。オスヴァルト自身も赤のオーラを身に纏っている。人間離れしたその美しさに人々が息を呑んだ。


「遠慮は必要ない。こい」


 オスヴァルトが不敵な笑みを浮かべる。獰猛な瞳がたった一人を見据える。ザームエルも瞳孔の開いた瞳で笑みを浮かべていた。二人が爛々と瞳を輝かせる中、カミラが静かに言った。


「下がってて」

「嫌です」


 ピクリとカミラの眉が不快気に上がる。オスヴァルトが苦笑して言った。


「そいつは言っても聞かんぞ。気にしなくていい。もしも巻き込まれた時は……それまでだというだけだ」

「そういうことです。私の事はそこら辺に落ちている葉だと思っていただければ」

「……そんなでかい葉は落ちていません。ケガしても私は知りませんからね」

「もちろんです」


 ザームエルからとろけるような笑みを向けられたカミラは気持ち悪そうな顔を浮かべた後、溜息を吐いて諦めた。ザームエルは心得たように二人の間合いに入らないギリギリの場所へと移る。誰よりも剣聖に近いと言われていたザームエルがその場をどいたことに一同が戸惑う。国王陛下は楽しそうにその状況を見ていた。


 オスヴァルトに対峙する丸腰のカミラ。見ていた令嬢達は堪らず声を上げる。だが、次の瞬間、観客達は瞠目する。カミラの手には細長い剣が握られていた。『赤』を纏う剣。驚きの声を上げる間もなく、カミラがオスヴァルトに向かって走り出す。向かってくるカミラに向かって大剣を振り上げるオスヴァルト。観客は思わず目を閉じた。カミラが切られると思い叫ぶ者もいた。オスヴィンも「止めろ」と叫びそうになった。しかし、次の瞬間その言葉は行き場を無くす。


 カミラは襲ってくる剣先を軽い身のこなしで避けていた。ダンスを踊るようなしなやかさで間合いに入り、己が握る剣の切っ先をオスヴァルトへと向ける。その剣をオスヴァルトが力で押し返す。下手な騎士であれば吹っ飛ぶだろうが、カミラはその力をタイミング良く受け流し、利用して切り返していく。皆は歓声を上げるのも忘れ、二人の闘技を見つめていた。


 最初に気付いたのは誰か。次第に皆がその現象に気付き始める。カミラの髪が、瞳が、赤く光り始めていた。その身に纏うオーラは赤。まさしくオスヴァルトと同じだった。圧倒的な力の差があるはずのオスヴァルトが次第に押され始めた。


 オスヴァルトのオーラが揺らぐ、カミラはその一瞬を見逃さなかった。

 オスヴァルトの手から大剣が弾き飛ばされる。


 静寂の中、オスヴァルトは愉快気に笑い、両手を上げた。その手にもう剣はない。国王陛下が立ち上がり告げた。


「ここに新たな剣聖が誕生した! 新たな剣聖の名はカミラ・ヒルシュビーゲル!」


 湧き上がる歓声。カミラは剣を掲げ、観客に堂々とした態度で応える。歴史上初の女性の剣聖誕生の瞬間に皆興奮せずにはいられなかった。


 誰よりも楽しみにしていたはずのオスヴィンは歴史的な瞬間に立ち会っているにも関わらず、目の前の出来事を受け止めきれずにいた。カミラが不意にオスヴィンを見た。オスヴィンは思わず立ち上がる。

 何を言えばいいのか自分でもわからない。ただ、彼女の名前を呼ぼうとした。けれど、隣から強い力が加えられて我に返る。

 リディアが泣きそうな顔で自分を見ていた。その手は震えている。


 やめてくれ。


「すまない。俺は」


 その瞬間、鋭い視線を感じて、顔をステージへと戻す。ザームエルがオスヴィンを睨んでいた。明らかな殺意を向けられ、オスヴィンの息が止まる。

 カミラがザームエルの名を呼んだおかげで視線から逃れることができた。オスヴィンは遠ざかるカミラの背中をぼんやりと見つめる。


 リディアが何度オスヴィンに声をかけても、オスヴィンの意識はすでにカミラに囚われているようだった。憤るリディアをマグダレナが宥め、半ば強制的に連れて帰る。カリストはオスヴィンを一瞥すると、今日だけは仕方がないだろうと一人残して、カミラの元へと向かった。




「彼女が剣聖となる道を選んでくれたのは君のおかげだ。ありがとう」

「陛下は本当にいい性格をしていますね。最初、女性を剣聖にするのは反対だからと婚約を認めた癖に、彼女が覚醒した途端手に入れたがるとは……まぁ、私個人としても喜ばしい結果になりそうなのでありがたいことですが」


 一人残ったオスヴィンに国王陛下と宰相が声をかける。だが、オスヴィンの反応が薄いことに気付くと、憐れむような視線を向け、去って行った。オスヴィンは誰もいなくなった会場でぼんやりとステージを見つめる。

 もう、そこにいた人物は戻っては来ないのに。

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