第10話 侵食する毒

 マリアンがルイズが逮捕されたという知らせを聞いたのは、王太子宮でシモンといちゃついていた時だった。


 二人が受けた知らせはルイズが逮捕されたということのみで、事件の詳細などは聞いていない。



「どうしよう、ママが捕まっちゃった!」


 マリアンは取り乱していたが、シモンが宥めた。


「マリアン、落ち着いて。何かの間違いだ。この時間なら宰相はまだ執務中だから確認しに行こう」



 シモンとマリアンは王太子宮を出て、サミュエルの執務室まで向かう。


 シモンがノックして入室許可が下りたので、二人は入室する。



「何の用だ?と言いたいところだが、来ると思っていた。ルイズの逮捕の件だろう?」


「そうです。何故逮捕されたのですか?」


「ルイズは私の妻だったクリスティーンを殺した。その報いを受けただけだ」


「あなたの前妻を殺した……?」


「そうだ。あの女はブロワ公爵邸にメイドを一人潜り込ませて、そのメイドに指示を出して毒入りのハーブティーをクリスティーンに飲ませて殺した」


「確か夫人は原因不明で亡くなられたと発表されていたような気がするのですが……。それに亡くなられたのは四年ほど前ですよね? 何故今になって逮捕されることに? マリアンが王太子妃になって義母上も喜んでいたのに……」


 シモンは結婚式でのルイズの様子を思い浮かべる。


 ”シモン王太子殿下と結婚出来るなんて! マリアン、良かったわね! 流石私の娘!”ととても嬉しそうにしていた。



「確かに表向きは原因不明で亡くなったと発表した。当時クリスティーンの死の真相は大体わかっていたが、逮捕に至るには決め手に欠けていた。そこで私は犯人と思われる彼女を後妻に迎えて、証拠集めに奔走した。後妻に迎えたことで彼女の実家や最初に嫁いだ家にも調査が行えるようになり、そこで証拠を掴んだのだ。このタイミングにしたのは偶然ではなく、私がわざとこの時期にしたからだ。他人の幸せを壊したのだから、自分の幸せを壊されても文句は言えないだろう? どうせなら最もダメージを与えられる時期にしようと様子見をしていた」


 サミュエルは紅茶を一口飲み、続ける。


「ついでに言うと、逮捕の数日前に私と彼女は離縁したから、彼女は近いうちに平民だ。配偶者が犯罪者として逮捕される場合は、離縁届けは夫と妻どちらかのみのサインで受理される。彼女の実家にもきちんと彼女の起こした事件について報告して、離縁後はまた実家の子爵家に籍が戻ると説明したら、勘当扱いで二度と子爵家は彼女を受け入れないと言っていた。そうなると自然と行きつく先は平民だ」


「お義父様、お母様を愛していたから後妻に迎えたんじゃなかったの!? お母様はお義父様と結婚する時、すごく甘い言葉でプロポーズされたって喜んでいたのに?」


「王太子妃殿下。私は目的の為ならばいくらでも平気で嘘をつく。そうでなければ宰相など務まらない。こちらは目的があって後妻に迎えたいのに肝心の彼女が頷いてくれなければどうしようもない。それから、その”お義父様”という言葉。私に対して使うのはやめろ。私は殿下の義父ではない。私を父と呼んで良いのはエレオノールだけであり、私の娘はエレオノールだけだ」


 サミュエルは心底不愉快そうに告げる。


「”お義父様”じゃない……? でもお母様の旦那様だからお母様の娘の私にとっては血は繋がらないけどお父様っていうのが正しいんじゃ?」


「ルイズを後妻に迎えた時、殿下はブロワ公爵家の籍には入れていない。ブロワ公爵家の血が流れていない者を娘として養子縁組する必要性がなかったからだ。殿下の婚姻以前の籍は彼女の実家のサレット子爵家にある。つまり子爵家から王家に嫁いでいる。養女ではない以上、ブロワ公爵家における殿下の立場は縁者――有体に言って居候が正しい。単なる居候から”お義父様”と呼ばれる筋合いはどこにもない」


「え!? そんな! 私は公爵家の娘として嫁いだんじゃないの!?」


「違う。私は殿下が勘違いしていることに気づいていたが放置していただけだ。エレオノールも生前、殿下が自分の名前を勘違いしていることに気づいていたぞ。先程も言ったが、そもそも私は事件の証拠集めの為に再婚しただけだ。愛してもいない女の連れ子を公爵家の籍に入れて、その連れ子に公爵家の娘としていい思いをさせてやる義務はない。それでも公爵邸での同居は許し、真っ当な生活を送らせてやっただろう。それ以上を求めるな」


 マリアンはここに来てようやく自分の勘違いを指摘され、呆然とする。


 ルイズがサミュエルの後妻に迎えられ、ルイズと共にそれまで住んでいたサレット子爵邸からブロワ公爵邸に住まいを移した時、屋敷の広さや内装、使用人の人数などどれをとっても公爵邸は子爵邸とまるで比べ物にならなかった。


 自分はこれからこの屋敷を抱える公爵家の一員として生活出来るのだと喜んだのに単なる居候だったなんて。


 そして、本当の意味でのブロワ公爵家の娘はエレオノールだけなんて。



 サミュエルは呆然としているマリアンには目もくれずシモンに厳しい表情を向ける。


「シモン王太子殿下、王家に嫁ぐ令嬢は嫁ぐ前に厳しい身辺調査が行われる。王太子妃殿下にも当然調査が行われており、”マリアン・ブロワ”と名乗っているが実際の籍はサレット子爵家にあることを国王陛下夫妻は把握済みだ。その上で王太子である殿下と結婚が許されたその意味を考えろ。私からの宿題だ」


 サミュエルは話し込んでいたせいですっかり温くなった紅茶を飲み干す。


「そうそう、シモン王太子殿下。クリスティーンが毒殺された事件で使われた毒。それは白い悪魔だった。なんか最近、同じような出来事をどこかで聞いたな。……もう時間だ。私もそろそろ帰宅するから、二人も王太子宮へ戻れ」



 サミュエルが退室を促し、シモンとマリアンは王太子宮へと戻る。


 戻る道中も、王太子宮の部屋に入ってからも二人の間に言葉はなかった。


 各々サミュエルの執務室での話で考え事をしていたからだ。



 シモンはサミュエルから言われたことを考える。


 シモンはマリアンがエレオノールと同じブロワ公爵家の娘だから結婚を許されたと思っていた。


 でも、そうではなかった。

 

 いくら考えてもわからない。



 そしてサミュエルの最後の言葉。


 あれは絶対にマリアンの毒殺未遂事件を指している。


 あの時自分はエレオノールを犯人だと断定した。


 エレオノールを拷問した時も、最初は彼女は否定していたのに自分は聞く耳を持たず、鞭打ちを繰り返し最終的に犯人だと認めさせた。



 もし、あの事件での入手経路不明だった白の悪魔の出所が義母上だとしたら……?


 もしかして王太子としてとんでもないことをしてしまったのではないか?


 処刑された命はもう二度と戻らない。



 マリアンが自作自演でエレオノールを陥れた訳ではないよな?


 シモンの胸に不安が渦巻く。

 



 一方、マリアンはシモンとソファーに座っていたが、顔を真っ青にしてガタガタ震えていた。


 サミュエルが最後に独り言のように呟いたあの言葉。


 もしかしてサミュエルは自分がしたことに気づいている……?


 サミュエルは義父であり、自分は彼の愛するルイズの娘だから無条件で自分の味方だと思っていたのに違うの?


 私もいつかママと同じように逮捕される……?



 エレオノールが処刑されることになった事件の真相はマリアンによる自作自演だ。



 マリアンはルイズから白の悪魔とその解毒薬を貰い、まずハーブティーの茶葉に毒を染み込ませる。


 エレオノールがハーブティーを飲まないことは彼女のメイドから情報を仕入れ、知っていた。


 その後、毒はエレオノールの留守の隙にエレオノールの机の引き出しの奥に隠す。


 幸い引き出しはものが色々入っていたから、今更小瓶を入れたところで見つけにくい状態だった。


 そこまでは事件前日に行って、後は当日、自分付きのキャロルに毒が染み込んだ茶葉で紅茶を淹れさせ、マリアンは解毒薬を飲んだ状態で庭園に向かう。


 そしてエレオノールに言われた通りハーブティーを何食わぬ顔で飲み、倒れ、毒に苦しむ演技をする。


 キャロルには”エレオノールに脅され仕方なくやった・エレオノールから毒を受け取った”という内容の証言をするよう指示していた。



 マリアンがやったのはここまでで、あとは勝手にシモンが死刑という判断をして実行したが、この自作自演がバレたら待っているのは身の破滅だ。




 サミュエルという代弁者を通じてエレオノールの影がちらつき、二人とも眠れぬ夜を過ごすことになる。



 幸せに浸っていた二人にもエレオノールの毒が徐々に侵食していく――。

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