妖魔

 討伐者とは妖魔を専門に狩る掃除人の総称である。が、多岐に渡り、時に非合法な依頼をもこなす傭兵とでは同じ荒事を生業とはしていても、成り手の性質はかなり異なっていたと言えるだろう。

 

 傭兵とは違い妖魔を殺すのに罪悪感を抱く者はなく。依頼は常に。傭兵の如く戦場を求めて大陸を転々と渡る必要もない。人の恨みを買い難く殺した相手が毎夜夢枕に立って睡眠を妨げてくるような真似もしてこない。間口も広く。腕に自信があるならば、その日から金を稼いで生計を立てられる程に敷居は低い。


 なれど、大陸を見渡して討伐者の数が飽和する事はない。寧ろ減少していると言えるだろう。


 妖魔の如く化け物を相手にするに釣り合わぬ安い報酬額。危険の度合いは見上げた首が疲れる程に。命の儚さを実体験として知れるだろう。勿論、それも生きて帰れれば、と言う注釈は付く。


 訂正するべきか。


 真面な神経では続けて行けぬと言う点で、傭兵も討伐者も同類であるのだと。





 ────ラフォーヌ街道。街道沿いの森。


 街道の分岐路を隔てている森林で。人間たちの喧騒は色濃く深く鳴り響く。


「アルダル。距離を取れっ!!」


 視線の先、木々を薙ぎ倒しながら前進を続ける異形を前に。屈強な体躯の若者が叫ぶ。呼応して周囲に散る気配は三つ。各々が役割を担って木々の間を駆け抜ける討伐者チーム『鋼の猟犬』の面々であった。


「付いてねえ......全く嫌になるな」


 指示を飛ばして仲間を統率する青年、ネイト・アンヴィルは知らず舌打ちしていた。


 妖魔と並走しているネイトが視界に映すのは前方を駆ける仲間の一人であるアルダルの姿。ネイトの側面には赤斑の外皮に六脚の妖魔の異形。長身のネイトの倍はあろうかと言う巨躯を揺らして疾駆していた。


 赤斑と通称されるこの手の妖魔は硬度の高い外骨格を備える種として知られ、加えて柔軟な関節部と六脚が為す機動力と運動性能が脅威とされる厄介な妖魔であった。だが、ネイトが付きがないと嘆くのは。また別の理由から。


 今、アルダルを獲物と捉える赤斑の異様が異質に過ぎた。ほぼ成人の男の体格と同程度である筈の赤斑。眼前のソレは倍する巨躯を晒している。それが稀に種の成長限界を超えた変異種と呼ばれるモノだと直ぐに気付いたが、気付いたところで状況が好転する訳もなく。


 街道を徘徊する低級の妖魔の内では間違いなく大物に分類される異形の姿を眼前に。ネイトが貧乏くじだと嘆くのも無理からぬ話ではあった。


「リュース。お前の弓でもあの図体が相手じゃ話にならねえ。獲物の一人に加わって奴を惑わせてやれ」


「構わんが、脂身のないあの筋肉達磨と俺とでは選択肢にならんかも知れねぇぞ」


 射手として大樹の上で待機していたリュースの声の調子は存外に軽く。反して動きは俊敏にネイトの指示に応えて動き始めていた。


「アリシア。お前は先に街道に戻って術式を展開しとけ」


「分かったわ」


 短く告げるネイトの指示に。役割を素早く察する後方の女魔術師も多くの言葉は不要に尽きて。僅かに頷き応じて見せる。


「いいなっ!!!! このデカブツを街道で迎え撃つぞっ」


 ネイトは叫び。同時に妖魔に追われるアルダルは背にする大剣を投げ捨てて全力で森を駆けて往く。


 村や個人から依頼として請け負わずとも妖魔は金に成る。それは街道の安全性を担保する為に。間引きを目的として常に領主が懸賞金を懸けているからだ。組合を通じて支払われる額は五万ゴルダ。何人で狩ろうが妖魔一体で銀貨五枚。


 討伐者の命は銀貨に劣り。皮肉も一周回れば......何と夢のある職業であるのだろうと。





 一人森を抜け街道に姿を見せたのはアリシアと呼ばれた女魔術師。歳にして二十も半ば。凛々しさが先に立ち。女性としては尖った印象を与えるが。肩口で揃えた金髪も目を引く。特筆して眉目秀麗とは言わずとも十分に整った顔立ちの女性であったと言えるだろう。


 アリシアは警戒して周囲を見渡すが視界の限り人の気配も他に妖魔の存在も感じられなかった。それも当然と言えば当然で。現在に於いて最も物騒な街道の一つとして広く知られ。この道が最短と為る目的地は数あれど、迂回する順路も同じだけ。複数の選択肢を選べる状況で態々危険を侵す旅人や商人は多くはおらず、準じて人の往来は極めて少なくなっていた。


 安全を確認したアリシアは虚空に術印を刻み始める。術式の構築には集中力を必要とし展開に至るまで周囲への意識が散漫と為るために最初の安全確保は魔術師にとって重要な手順の一つであった。


 発現させる魔術は『火炎フレイム


 低級の魔術に属しはするが威力は高く。代償として構築に相応の時間を必要とする。アリシアの習得する中で最大火力の攻性魔術である。


 意識も深く。半眼のままに術印を刻み。時の流れも相応に。


 確かな覚醒と同時に構築された術式は展開し。アリシアの周囲の虚空に魔紋が浮かぶ。


 ────瞬間に。


「アリシア!! デカブツが往くぞっ」


 ネイトらしき声が森の内から耳に届くが......想定よりも遥かに遠く。それは縦軸にではなく横軸に。大分位置がずれている。


「問題......ないわ」


 感情の揺らぎは魔術の精度に影響を及ぼす。ゆえに自信を奮わせ息をつく。魔術は必中ではないが、裏を返せば対象を視界に捉える限り外さない。ましてあの巨躯の妖魔であれば尚の事。


 アリシアはネイトの声が聞こえた方角に視線を向けて────息を飲む。


 小さく......だがはっきりとした人影を其処に見て。


 黒い外套を纏った旅装の少女が。一人街道を歩いて此方へと向かって来ていた。身に迫る危険など予期せぬのだろう、足取りは緩やかで。街道沿いに面した森ゆえに妖魔が姿を現せば目前に。少女に回避する暇などない事は目に見えている。


 この位置から魔術を発現させれば少女を巻き込む事に為る。瞬時に至った解答こたえを前に。アリシアは少女に向かって駆け出していた。


 感情が先走っての情動ゆえに。この時節。少女が一人で街道を渡るなどと。本来であれば直ぐに抱いていた筈の違和感は後に回され。今のアリシアはその不自然さに思い至れなかった。


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