……やってしまった

「あなたには色々と訊きたいことがあるんですけれど……まずは、簡単な自己紹介をしてもらえませんか。」


 落ち着いてから彼女が俺に言った。


 そう言えばまだ俺は名前すら名乗っていなかったな。


「ええっと、俺の名前は神崎かんざき拓斗たくと。この家の近くの高校に通っている高校一年生で、帰宅部。家族構成は両親と姉が一人いる。両親は海外で働いていて、姉の方は今は会社の近くで一人暮らしをしている。とりあえずざっと説明したけどこんな感じでいいかな?」


「はい、大丈夫です。では私も……」


 言いかけて彼女ははっとし、こちらを不信そうに見てきた。


「そうです、あなたは何故か私の名前を……。何で私の名前を知っていたのですか?あなたと何処かで会ったことありましたっけ?それともやっぱり、変質者の変態監禁者だったんですか?」


 彼女から再び警戒される。


 名前を訊いてしまったのが墓穴を掘ってしまったか。


 だが、どう説明すれば良いのだろうか。


 ここで、いきなり君は漫画の登場人物だってことを言っても良いのだろうか。おそらく彼女はとても動揺するだろう。というか信じられないだろうな。でもいずれかはバレるだろうしな…………参ったな、こりゃ。


 俺がそうこう頭を悩ませていると


「因みに言っておきますけど、嘘を付いたと私が判断した瞬間にあなたを変態だと認識して大声で叫びます。窓の外を見たところ、この家の周りは普通の住宅街のようですから少なくとも隣人さんには聞こえると思いますよ。そして、何よりも私はあなたのことを


 てな事を言われました。


 はい、もう嘘をつけなくなりました。変態だなんて推しに認識されたら俺はこれから生きていけないや。(まあ隣人に認識されるのもごめんだが)


 仕方がない、と俺は覚悟を決めて恐る恐る言った。


「えーっと、落ち着いて聞いてくれよ。あのな、君さ、その……実は……俺の大好きな「春は彼方」って漫画の登場人物なんだ!」


「誰かーー!助けてーー!!変態で頭の変な人に監禁されてます!!」


「おい!?待て、ちゃんと素直に正直に言ったぞ。だから、叫ぶのは止めてくれ!な?」


「は?そんな馬鹿げた話を信じると思ったんですか?馬鹿ですか?………せっかく少しは信用したのに。」


 ガッカリした様子で彼女は言った。


 まあ、信じれるわけないよな。


 でも何とかして信じてもらわないと。


 このままではまずい、非常にまずい!


 何か、彼女を納得させる証拠はないだろうか。


 考えながら視線を部屋の隅々まで動かしていると、ふと近くの机においてあった漫画が目に入った。


 昨日、はながいた時に見ていた『春は彼方』の最終巻だ。


 そうだ、これを見せればいいんだ。これなら良い証拠になるぞ。


 俺は机の上から漫画を取ると、彼女に見せるために、彼女が写っているページを開いた。


 が、そこで少し思いとどまる。


 彼女は……仮屋かりや沙友理さゆりは、この最終巻で主人公の小鳥遊たかなし雄二ゆうじに振られる。


 さっき、彼女の気持ちを考えていなかったことを反省しておきながら、この漫画を見せて振られたことを思い出させるのは少々酷ではないか。


 かといって、他の巻を見せようにも姉ちゃんにこの間貸してしまっていて直ぐには戻ってこない。(最終巻だけは全部読んだら貸すといった約束をしていた。なんせ姉ちゃんは最終巻があったら絶対に結末を先に見てしまう人だからな)


 どうすればいいんだよ!見せるしかないのか?いや、彼女が悲しむ顔なんてもう見たくない!しかしどうすれば……


 そうこう考えている内にも時間は無情にも過ぎてゆく。


 その時、ある本棚が目に入った。


 そうだ!アレがあった!しかもこれならさっきの漫画よりも説得力がある!


 俺は本棚の方へと歩いていく。


 これだけは避けたかったが仕方ない。


 俺が家族から隠して買っていた、大量のアレを見せるしかない。


 いささか、人に、それもに見られるのは恥ずかしいが。


「証拠なら……ここにある。」


 俺は大量の漫画が入っている本棚をずらす。


 男子なら一度はあこがれたであろう隠し扉ならぬ『隠しクローゼット』が本棚の裏に現れた。


 俺は覚悟を決めてクローゼットの扉を開ける。


 そして、覚悟を決めて高らかに言う


「しかと見ろ!仮屋沙友理推しである俺が集めに集めたグッズの数々を」


 そう、察していた人もいると思うが中には大量の仮屋沙友理のグッズが入っていた。


 アクスタにタペストリー、マグカップにTシャツと、彼女のグッズがクローゼットの中にところ狭しと並んでいる。


 因みにこれは、華にも隠している。


 これを見た本人は果たして、どんな反応をしているのだろうか。


 気になり彼女の顔を見る。


 そこには唖然とした表情でこちらを見ていた少女がいた。


「あの~、驚くのはわかるんだけど何か反応してくれないと気まずいんですけど」


 話しかけても彼女は暫く何も言わずにただただ固まっていた。


 いや、正確には途中から何かを考えていた。


 彼女にもこれを見たら何かしら思うことがあるのだろう。


 次に彼女が口を開いたのはそれから5分程たった頃だった。


「あなたの言ったことが嘘ではないってこと……まだ、現実味がないけど、でも……ひとまず信じます」


 彼女は驚く程に冷静であった。


 どうやら人はとてつもなく驚くと驚きを通り越して逆に冷静になるらしい。


「そうか……ありがとう。信じてくれて。」


 俺は素直に嬉しかった。


 やっとわかってもらえた。


 やっと信じてもらえた。


 それだけで、俺の心は幸せに満ち溢れた。


「でも、あなたが変態だってことも同時にわかりました」


「そこはわからなくていいんですけど!?」


 俺の幸せな気持ちは一瞬で消え失せて一気に絶望へと変わっていったのであった。


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二次元の推しが突然、現実世界に来たのでとりあえず一緒に暮らすことにしました 東雲 夜 @abyss49

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