屋上、針の向き

 「鹿島さん、この景色どうですか?」




 辺りはとっくに日が落ちていて、その代わりに煌びやかな半月が顔を出していた。ビルや住宅街の明かりが大宮の夜の街を彩っている。想像以上の絶景だった。写真に納めてガラケーの待受画面にしたいと思うほどに。

「すこく綺麗です、鷲本さん」

そう告げると、何故か彼女は少し顔を赤らめてしまった。あ、いや、別に違う意味で捉えてもらっても良いんですけどね!?ええ!

 屋上の柵を軽く握る彼女。月に照らされた頬にはほんのり血の気が差している。実際。夜景なんてもうどうでも良かった。 

「私、この景色が好きなんです。あの小さな光ひとつひとつに命があって…

 あの光の数だけドラマがあるんです。私がこの会に入れたこと、そして貴方に出逢えたこと。___私は、運命を信じます」

 俺は夜景をそんな目で見たことがなかった。鷲本さんには世界がどのように見えているのだろう。鷲本さんの目には、俺がどの様にうつっているのだろう。

 彼女は髪をなびかせ、こちらに目をやった。

「鹿島さんがこの会に入ってくれれば…、いつでもこの景色を私と見れます」

  




 

「俺、鷲本さんと一緒にいたいです」

 気付けば俺はそんな事を口にしていた。

 彼女は一瞬目を見開いた。が、瞬きもしないうちに普段の微笑に戻っていた。

「私も、そう思っております。」

すると、彼女は純白のポシェットから、銀色の物体を取り出した。新品のガラパゴスケータイだ。


「受け取って_______くれますか?」


 傷ひとつ無き叡智の結晶。彼女は俺に向かってその携帯の画面を開いた。まるで、婚約指輪の箱を開くように。


「はい、喜んで」


 鷲本さんは、今日一番の満面の笑みを浮かべた。






 A4サイズのコピー用紙には、自分の名前と赤い指紋が肩を並べていた。

新たな入会者のために、ガラケーの購入、契約などは全てガラパゴス学会が行うのだという。機種•通信料金は定期的に学会に振り込めばいいのでとても楽である。

 腕時計に目をやると、二本の針は上を向いていた。帰り際、鷲本さんが手を振ってくれた。『明日も来てください♪』なんて言われてしまったら、来ないなんて選択肢は無いだろう。

 


 会館の敷地内で、池を見かけた。大宮公園ほど立派なものでは無いが、大変風情のあるものだった。水面には歪な形の月がうつる。ああ、今日は色々なことがあった。恋に落ちるとは、案外単純なものなのかもしれない。

 ズボンのポケットには、既に不要になったスマートフォンが眠っていた。そんな画面の塊を引っこ抜き、代わりにガラケーを丁寧に差し込む。そして、俺は真っ黒な池の中にスマートフォンを投げ入れた。

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