第17話 仲裁と脅威

 なんて返す? ――戻す、と言ってもいいが、戻し方など分からない。

 じゃあ死ぬことを選ぶかと言えば当然、違う。


 戻ることに協力すると言って信じるわけがないだろう……、彼女の警戒心は強過ぎる……。

 確実な証拠を提示しなければ、交渉にもならない。


 一言でひっくり返せるわけがないのだ。

 だから、言うべきことはそれじゃない。


 裏切りかもしれないが……だが、交渉の席に近づく手段としてはありか?


「うし、ろ……」


「一言、つっただろ」


「いいのか……? お前が蹴り飛ばした、リッカ、は…………強いぞ」


 震える手で、指を伸ばす……彼女の、後ろを。


 俺には見えていないが、きっと、彼女は振り向いた。


 そして、さっきからこそこそと移動しているリッカが、そろそろ、彼女に攻撃をしようとしていたことは、なんとなく、分かる……。


 俺なら指示を出し、タイミングを見て奇襲の合図を出すはずだ……。

 ステラと俺じゃあ、判断が違うだろうが、それでも。


 俺の戦い方を見ていたステラなら、このタイミングで合図を出すと、なんとなく分かる。


 だからこそ、これはちょっとした、ステラとリッカへの、裏切り行為になっちまう。


『なんでばらすの、グリット!!』


「……これで交渉の席に座れるとは思っていねえが……、

 少しくらい、話を聞く気にはなったか? って、あれ――?」


 首から手がはずれ、自由を取り戻した俺は、聞いた――。

 リッカの、これまで聞いたこともない、低い声である。



「――ねえ、先輩に、なにしてんの?」



「コイツ……、目がやべえよ。

 ブチ切れた怪物よりも殺意が乗ってやがる――」


 暗闇で視界が潰されたリッカと、暗闇を見ることができる少女が戦えば、当然、リッカの不利で進むことになるのだが――、


『え?』と声を漏らしたのはステラだった……、そうか、ステラは見えている。


 だから戦況が逐一、分かるのだ。


『リッカ……、見えてる?』


「見えていませんよ」


 鈍い音がしたと思えば、俺の隣でごろごろと転がっていく音……、


 目が見えない不利をものともせず、謎の少女を、殴り飛ばした……?


「見えていませんけど、標的がどこにいるかくらいなら分かります」


「ッ、テメエ……ッッ」


「先輩を傷つけるあなたの匂いや出す音を覚えました。正直、それ以外の判断材料はいりませんので遮断しています。

 だから感じるなにもかもが、あなたへ繋がる道としています――」


 標的の情報を覚え、それに一目散に突撃する……。

 確かにそれなら、目が見えていなくとも不利をひっくり返せるだろう……、だけど。


 視野が狭くなるということは、迷宮内では致命傷になるぞっ!?


「リッカッ、落ち着けっ! そいつと敵対する必要は、」



「――あります!」


「ねえわけねえだろ」



 リッカと、対峙する少女の声が重なる。


 ……二人は既にやる気満々だ……。


 これを止めるには、怪童がもう二人くらい、いなければどうにもならない。


 俺じゃあ、どうにも――。


「……俺でなければ、止められるか……?」


 たとえば――、怪物、とか。


 怪童、二人以上の戦力を持つ、迷宮の住民――。


 巨大な体、その巨体を持ち上げる体を包むほどの翼――、

 筋肉隆々の腕と、その指先には太く鋭い爪が伸びている……。


 大地を割るほどのパワーを持った、二足歩行が可能な怪物――姿は、ドラゴンである。



 具体的なイメージを思い浮かべる。

 体の色は選ぶ暇がなく、暗い視界に寄せられて黒にしてしまったが……、どうせ見えないのなら同じことだ。

 だから暗闇が見えている彼女からすれば、もしかしたら背景と同色になり、見えづらいかもしれない――。


 ステラにとっても判断しづらいことかもしれないが……がまんしてくれ。


 目的は、現れた怪物を倒すことじゃない。

 この二人の冷静ではない戦いを止めるためだ。


 仲裁をするのではなく、別の脅威を介入させることで、一時休戦を引っ張り出す。


 あわよくば、二人が協力してくれれば、尚良い結果になるだろう――。


 迷宮のギミックは、まだ効果範囲内だろう?


 聞こえてくる怪物の雄叫びに、いち早く察したリッカが、はっと冷静さを取り戻す。


「まさか先輩!? イメージしたんですかっ、どうして――!?」


「お前が聞き分けなく前に出るからだ。言葉が通じないなら実力行使に出るしかねえだろ……。悪いがイメージしちまった以上、俺の中のイメージと一致する怪物がすぐにでもここに現れるだろうぜ――、逃げるべきなんじゃねえの? それともまだ戦うか?」


 むす、とむくれるリッカ(そんな気がする……)の傍では、チッ、と舌打ちをした少女が、やっと殺意を引っ込めたところだった……。


 やはり彼女も、怪物ではなく怪童に近い存在か……。

 怪物を脅威に感じないわけじゃない。


 いくら目が見えていても、楽に勝てないのが怪物の強さである。


「……ここはそういうギミックかよ……。だからオレが呼ばれて――なるほどなあ。イメージで怪物を引き寄せる? 生み出すってわけではなさそうだ……、やっぱ、どこかにいる似たイメージの怪物を強制的に呼び寄せているだけと見るべきだな」


「プラスイメージを働かせれば、はぐれた仲間とも合流できる……俺とリッカが証明するぞ。

 一度はぐれた俺たちがまた会えたのは、このギミックのおかげだからな」


「はいそーですかと信じるかよ、バカか。この目で見てみない以上、相手の口八丁だと思い込んでおいた方がいい。分かった上で乗る場合もあるがな……」


「じゃあ……、お前は信じないのか?」


「オレが強制的にこの場に引っ張られたのは事実だ……、オレが証言者になるぜ」


 呼び寄せた俺たちには分からない、呼び寄せられた意見もある。


 少なくとも、マイナスイメージによる、怪物の強制召喚について、信じるらしい……。


 まあ、どちらにせよ、実際に怪物がこの場に迫ってきている事実は変わらない。


「……オマエがイメージした竜が……――イメージに近い、竜か。

 一致しているってなると、強制召喚じゃなく創造した……新しく生命を生み出したってことだもんな……、そこまでギミックってのは万能か? 違うだろ……だが確認しておくぞ」


「確認?」


「狭くはないが広くもねえ通路だ。そして、細長いトンネルみてえに続いている道だ……、見えないオマエらのために伝えてやってんだよ……。

 見える範囲に曲がり道はねえ……その上で聞くぞ。オマエ、イメージした竜が、ふざけた要素を付けたりしてねえよな?」


「…………」


「おい、なんだその沈黙……ッ、テメッ、マジでふざけんなよ!?」


「だってよ……竜は、炎を吐くもんだろ?」

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