第16話 怪童か、怪物か……

「……だれ、だ、」


 返答があるとは思っていなかったが、思わず呟いた一言に、意外にも返事があった。


「名前はないな」


 声は、少女のものだ……。ただ、リッカよりは子供らしくはないから、年上に感じるが――。

 いや、年齢なんてどうでもいい。


 人の言葉を理解し、意思疎通ができるのなら、怪童だろう。

 それとも俺たちと同サイズの人型ロボットか?


 まさかまた、怪物が聞かせてくる幻聴……? 怪物は行動不能にしたはずだから……もしかして二体目がいたりしたのだろうか。それともさっきの怪物が回復して……?


 幻聴にしては、意図が見えない……。

 怪物が聞かせてきたわけではないか……。


 なら本物だ。


 この声は、目の前の怪童(?)のもの――。


「……名前がないなら、お前はなんだ? 探索中の怪童か――、」


「なんだっていいだろ。こっちこそ聞きたいんだが――オレを呼び出したのは、オマエらか? うるせえ音に呼び寄せられてやってきてみれば、見えたのがオマエらとは――。

 腕を組んでデート気分かよ、危険だなんだと呼ばれた迷宮も落ちたもんだ。それにしても――チッ、今日の餌があると思って期待してみれば、出てきたのが不味そうな人間じゃあ、期待外れだぜ。それとも、オマエを脅せば食いものでも出てくるのか?」


「食いものなんか持ってねえよ。脅したところで出ねえな。……欲しければちょっと離れたところに怪物が転がってるぜ。死んではねえから、お前が殺す必要があるが――」


 ……ちょっと待て。

 違和感がある……、

 この少女自体が違和感の塊ではあるのだが……。


 まるで迷宮内部で生活しているような口ぶりだ。怪童であれば、彼女に指示を出している神童がいるはずで、近くにナビぐるみもいるはず、なのだが……、——見えない。


 遠目にいたとしても、聞き慣れた駆動音もない。かと言って、この少女が怪童ではない、怪物寄りの生物だと決めるには、人の言葉を理解し過ぎているし、使いこなせているだろう……。


 怪童でもあり、怪物でもあり……そんな印象を抱く。


「そうか、メシはあっちか……。悪かったな、急に襲ったりして。先手を取らなきゃやられる世界なのは、オマエもご存じってところだろ? だから殺す気で蹴り飛ばしたんだ……。

 驚いたぜ、ありゃなんだ? 怪物よりもめちゃくちゃ堅い人間がいるじゃねえか」


「……怪童だ。お前もそうなんじゃ――、やっぱり違うのか? 怪童を、知らない……?」


「怪童か……。怪物じゃなく?」


「人間は知っている、んだよな……?」


「人間のことは、嫌ッッ、ってほど知ってるぜ。

 オレをこの迷宮に放り込んだヤツらだからな……。ま、地上に出れば苦しむのはオレだから、閉じ込めた、とは違うのかもしれねえが――」


 その時だった。見えていなくとも分かる……、上から押し潰すような圧力……。

 それは俺に向けられた強い殺意である。


 ……弱肉強食の世界では存在しない恨み、復讐の感情。

 それが乗っているということは……、彼女は人間に、強い復讐心がある――。


「怪童……その女はどうでもいい。オマエは人間で間違いねえな?

 ……オレの蹴りで簡単に体を貫ける、柔らかい肉体なんだろ?」


 軽くつまんだつもりだろうが、指で掴まれた腹部の肉が、コスチュームの内側で千切れた感覚がした……、灼熱が這い上がってくる激痛だった……――っっ! 俺は膝を落とす。


「あ、悪い。ほんとに軽くつまんだだけだぜ? ……人間ってのはこんなに柔らかいのかよ……だから光がある地上に逃げ込んだってわけか……、卑怯なヤツらだぜ――」


 さっきからずっと感じていた違和感は……これだ。

 彼女は言っていた――『腕を組んでデート気分かよ』――と。俺の腹部をつまんだ時もそうだ……この迷宮内部にいながら、この少女は正確に、俺たちの位置を把握し過ぎている……。


 音を頼りに、なんて恩恵どころじゃない。

 それ以前に、彼女は恐らく、見えている。


 ナビぐるみを通した映像ではなく。


 指示を出されたわけでもない……、簡単な話だ。

 神童でも怪童でもなく、そして怪物でもない――人型の遠隔操作ロボットでもなく――、どこにも当てはまらない、迷宮内で生活している生命体と呼ぶべきか……?


 暗闇の中が見えている。


 暗闇を、見ているのか……?


「お前は、なんだ……?」


 立ち上がれない俺を、上から見下ろす(上からの圧迫感がある……)少女……。

 いや、怪童でなければ少女と決めつけるのも早計かもしれない。


 声は少女だが、口調は男っぽいし……、

 どちらでもあり、どちらでもないかもしれない……。


 迷宮内のギミックによるものか? 幻聴を越えて、幻覚が見えている?

 それとも俺たちのマイナスイメージが生み出した架空の生物?


 なんであれ、怪物と目の前で対峙している状況と危険度は変わらないだろう……。

 言葉が通じるだけまだマシだが、通じるからと言って説得できるわけじゃない。


 言葉一つで、相手の機嫌を損ねてしまう危険もある。

 ……怒りは能力を底上げさせる。

 それは生物であれば、すぐにでも適応してしまうものである。


「なんだっていいだろ……二回目だ、次に聞けば殺す。つまらない質問をすれば殺す。黙っていても殺すけど。というか、生かす理由もねえか。オレをこんな風にしたのはオマエじゃねえが、だが、アイツらと同じだ……だったら連帯責任だろ。

 ……オレのストレス発散に付き合えよ。それとも地上に出られる体に戻してくれるのか?」


 地上に出られる……体?


 戻してくれる? ……じゃあお前は……、


「元は、ただの人間……?」


「つまらない質問以外も――つまらない発言も引き金になるぜ? 白々しいセリフはうんざりだ。簡単な二択だよ……、オレを戻すか、オマエが死ぬかだ……選べよクズヤロウ」


「かはっ!?」


 彼女の手が俺の首を絞めている……。

 怪童並みの握力があるなら、いつでも俺を絞め殺せる……絞めるよりは、もう潰し殺すの方が正確だが……、彼女はいつでもできるのだ。


 俺に一言、声を出せる余地を残しているのは、彼女が俺に期待しているからだろう……、元に戻してくれることを。


 ……すぐに殺さないところを見ると、小さな希望でも潰したくはないということか――それだけ、強く願っている証明である。


 元の体に戻りたい。


 地上に出たい……光を浴びれなくなった体を、嫌っている……。


 ――迷宮内部の暗闇を見ている代償が、これなのか?



「一言の余地だ。命乞いをすれば、殺すぞ」

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