07

 本当にこの相棒は、興味が無いことには一切の食指が動かないらしい。本当に言っている意味が分からないとでも言いたげにこちらを見て居るブラッドに対し、ヴァルは面倒臭そうに口を開く。

「要するに、こう言うことだって」

 持って居た図面。それをブラッドに手渡し見るように促しながら、言葉として吐き出し組み立てていく仮説。

「この仕事を持ってきたとき、エレナは俺たちにこう言ってたよな? この場所は元々『刑務所だった』ってさ。そこで、だ。ブラッド」

「何だよ?」

「此処で一つ質問だ」

 突然始まった講義の時間。図面から一度顔を上げたブラッドが、嫌そうに表情を歪めながらヴァルを睨む。

「学校の先生みたいに偉そうにしやがって」

 またヴァルの悪い癖が始まった。ブラッドが疑問に思った事を投げると、偶にこうやってヴァルが講義を始めることがある。それは主に、情報の整理を丸投げした時に発生しやすいのだが、ブラッド自身、深く考える事は余り得意という訳では無いため、この様な物言いをされることは好みではない。仕事をし始めた頃はその事について何度も衝突していたものだが、今では長い付き合いということもあり、もう治るものではないと諦められるようにはなった。それでも、やはり誤魔化せないのは感情という物で、上手く偽ろうとしても瞬間的な思いがこうやって表情に出てしまうのだが。

「まぁまぁ、大人しく聞けって」

 それを知ってか知らずか、ヴァルは気にせず話を進める。

「なぁ、ブラッド。刑務所に収容される主な人間の種類は何だか分かるよな?」

 考えなくとも分かる質問。それを聞いたブラッドは不機嫌そうにヴァルを睨み付けた。

「そりゃ、犯罪者だろ? 違うのかよ」

「その通り。正解だ」

 よく出来ました。両手を軽く打ち鳴らすことで響く拍手の音。こちらが望む答えが返ってくる事を喜びながら、ヴァルは話を続けていく。

「刑務所の中の住人の殆どは受刑者……つまり、犯罪を犯してぶち込まれている人間って事だ。ブラッド、良く分かったな」

「餓鬼扱いすんじゃねぇよ」

「ははっ」

 ついからかいが入ってしまうのはご愛敬。それに対して目の前の相棒の機嫌が悪くなるのも想定済み。悪い悪い。そう言ってヴァルは両手を上げて降参のポーズを取り軽く謝った後、再び口を開く。

「ところでお前、こんな話を聞いたことは無いか?」

「あ?」

「入ったら二度と出られない『エデン』の話だよ」

 『エデン』。含みのある言葉にブラッドは記憶を辿り意味を探す。その言葉は聞いたことがある。それは一体どこで耳にしたものだったのだろう、と。

「確か……更生不可能と判断された犯罪者を収監している刑務所の名称だっけか? そこにぶち込まれた奴等は主に、頭のネジがぶっ飛んでて救いようもないサイコ野郎が殆どってゴシップには載ってた気がする」

 情報を仕入れる先がゴシップ記事というところが実に彼らしいと思わず零れた笑い。

「ゴシップってお前なぁ……」

 それでも、一応は彼なりに情報収集をする努力をしていることを素直に褒めるべきなのだろう。突っ込みたい気持ちを抑えながらヴァルは一度深く息を吐き瞼を伏せる。

「まぁいいや。今お前が言った通り、どうやらこの収容所は、元々主に殺人罪の凶悪犯を収容する施設だった様だ。しかも終身刑及び刑期が百年以上の時間を設定されている人間達の。さて、ここで問題だ」

「またかよ!」

 まだまだ続く質問と回答。一体いつになれば話の本質に辿り着くのか分からない状況に対し感じ始める苛立ち。それでもブラッドはこんなヴァルの講義に大人しく付き合ってはくれる。理由は主に二つ。一つは自分で考えるのが面倒臭いから。もう一つはヴァルの話の中で答えになるヒントを見つける事が出来れば、仕事を早く片付け帰宅することが出来るから。

 さっさと話を進めろ。そう目で訴えると、分かりましたと態度で示したヴァルが止まっていた説明を再開した。

「この施設に来たとき所長は何て言ったか覚えて居るか?」

「は?」

「ほら、言っていただろう? 『ようこそ、エデンへ』って」

 施設の入り口でハイエナが言った言葉。それを思い出したブラッドが何かに気が付いたように顔を上げる。

「この施設にいるのは多分、『社会の屑』って呼ばれている奴なんだろうな。そう言う奴等ってさぁ、死刑を執行しない限り、減ることが無く延々と増え続けるんじゃねぇの? 公正出来ないって匙投げられてるんだから、更生プログラムなんて組んでも社会復帰する気は更々無いんだろ。寧ろ、その状況ですら楽しんでるやつも居たりするのかもな」

 実際の所どうなのかは知らない。犯罪者としてその施設に入ったこともなければ、塀の中の異常者と言葉を交わす機会も滅多に有るものでは無い。それでも、意図的にそういう人間を集めるのには何か理由があるのだろう。沢山の嘘と少しの真実。世の中の裏側なんて、それくらいが丁度いいとヴァルは笑う。

「ところで。収容スペースには限りがあるとして、そこに収容される人間だけがどんどん増え続けるとする。そうなるとその収容所はどうなると思う?」

 ここからが話の本題。そう言いたげに吊り上げる口角。

「そりゃあ、入り切らなくて溢れるってことじゃねぇの?」

「そうだな。多分、そうなるよな」

 考える事が得意ではないからといって、馬鹿だと言う訳では無い。言った言葉に返される反応の早さは実に心地良く、ついつい弁に熱が入ってしまうのは仕方のない話だろう。

「言った通り、キャパシティには限界がある。それを越えてしまったところで入りきらない余剰は外に溢れてしまうのは当たり前だよな?」

「まあな」

「そこで、だ」

 パチン。と。重なり合わせた指を素早く動かすと、小気味の良い渇いた音が部屋の中に響く。

「施設の収容スペースの維持の為に、効率の良い死刑執行方法として有る方法が提案されたとしよう。それは有る意味、実に素晴らしい考えだと言えるんだろうな。その方法を取ることで娯楽が生まれ、更には資金の造成にも役立つ。さぁて、ブラッド。その方法とは一体なぁんだ?」

「あ?」

「それは一体何だとお前は考える? 聞かせろよ。お前の考えをさ」

「それは……」

 此処まで来たら答えは直ぐ目の前だと。解答を促すように右手を差し出せば、手渡された図面に視線を落としながら考え込んで居たブラッドが、何かに気付いたように顔を上げヴァルを見た。

「そうか! 受刑者同士で殺し合いをさせるってことかっっ!」

「そう言う事だ」

 楽しそうに弾む声と強い音で響く拍手。導き出された解答は、施設を維持するために組まれたと予想されるシステムプログラムだ。それは建物内で行われる巨大な賭博。受刑者を使ったバトルロワイヤルをさせることで生む娯楽とヴァルは付け加える。

「この施設は収容所となった時から、人の命で行う巨大な賭博場へと変化してるんだよ」

 生死を見せ物にすることで生まれるエンターテイメント。それは強い背徳感により中毒性が高くなる麻薬のような物で、一部の者にしか公開されていない秘密性も相まって裏の世界での人気は高いのだと考えられる。だからこそ徹底した情報規制と、息苦しさを覚えるほどの警備システム。始めからこの場所が異常なのは、その為だと改めて理解する。

「外から見た時は奇妙だなとしか思わなかった。だが、図面を見て気付いたんだ」

「図面?」

「ああ」

 ブラッドの手元にある図面の中に記された情報。それを指で追いながらヴァルは説明を続ける。

「一定間隔に設置された武器庫っておかしいと思わないか? 犯罪者を収監するなら、中に居る人間が直ぐに武器を取れる場所に武器庫を設置するってことは普通、有り得無い」

「まぁ、そうだけど」

「それにここ。建物の外壁なんだが、壁の厚さが異様に厚い。そして窓が一切無いんだ。窓があるのは建物の内側にある吹き抜けの部分だけ。回廊状になっている外壁には窓らしき指示は一切ない。これは、トラックの中から確認出来た外壁情報と一致しているから間違いはないだろう」

「ふぅん。じゃあ、この印はなんだ?」

「ああ、これか。一定間隔にマーキングされた物は多分カメラか何かだろうなぁ」

 僅かな情報から導き出す情報。一つ一つ説明される度に、成る程と思えるものが見えてくるのは純粋に面白い。こういう分析能力の高さは素直に尊敬出来ると、ブラッドは小さく頷きながらヴァルの話に耳を傾ける。

「そして何よりもおかしいのは、職員が待機するための部屋らしきものが、収容所の中に一つもないって事だ」

「は?」

 そこで一度、図面から離れたヴァルの指が紙の上をスライドしていく。向かう先は巨大な壁の外側にある別棟。所長室と書かれた部屋の上で止まると、そこを軽く叩きながらヴァルは挑発的に笑ってみせる。

「ブラッド。今、俺達は何処にいるんだっけ?」

「そりゃあ、所長って呼ばれてる奴の部屋だろう?」

 図面から視線を離したブラッドは、改めてレイアウトが最悪なこの部屋の中へと視線を巡らせる。その質問の意図が分からない。何故、ヴァルは分かりきったことをわざわざ言葉にしたのだろう。その事を考えながら言葉を返すべきなのかを考える。

「どう見たって所長室っていわれた部屋だと思うが、それが何か?」

「そうだな。お前が言う通りこの部屋が所長室であることは間違いは無いはずだ。そして、この建物が別棟であることも、彼処にある窓から容易に想像ができる」

 図面に記された巨大な建物ではなく別棟だと断言できるのは窓の有無が大きいとヴァルは言う。

「そもそも、俺達は目の前に有る建物に案内される前に真っ直ぐにここに来たはずだ。現に、ここに来るまでにこれだけデカイ規模の回廊を通った記憶が俺には無い。入り口こそ一つに見えるが、図面を見ると、ここで各施設へと向かうルートが分岐している。右に折れれば収容施設。左がそれ以外の施設。俺たちは確か廊下を左に折れて移動してきていたはずだから、此処を通って外側に建設された別棟に案内されていると考えられる」

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