第18話 待望の野球部に入部できるはずが

2004年4月8日

 桃園中央高校で入学式を終えた後、保護者も同席できる説明会があり、朝補習や部活、食堂などについて確認があった。一般入試の合格発表日を待って入学手続きをした際に『放課後クラブ活動・入部申込み書』が渡されており、この説明会で提出することになっていたので、麻矢は第一希望に「野球部」、第二希望に「美術部」と記入して持参していたのだが、ここで予期せぬ大どんでん返しが!

 「~ただし、普通科の8組、芸術コースの生徒さんは美術専攻なら美術部、書道専攻なら書道部へ放課後のクラブへ自動入部になります、ですので、ほかの文化部や運動部との掛け持ち入部はできません。部活の枠も利用してコンクールの入選を目指す作品づくりや進学のための受験対策を行うことになります~との説明に耳を疑った。

 父・郁矢としても晴天の霹靂だったので、当事者の麻矢にとってはショックのどん底に叩き落された感じではなかったか~しばらく声を発せなかった。


 この日はグラウンドが保護者用の駐車場として開放されており、ガックリと肩を落とした麻矢と母親が運転してきた軽自動車へ歩いた。麻郁も車の運転は好きなほうで独身時代から車検の時期がくるたびに乗り換えており、印刷会社への通勤に使っているのは藍色が気に入っているネイキッド。父・史矢は午後から出社することにしていたので昼食後に最寄り駅まで送ることにして、近くのファミレスでランチタイムにした。

 麻矢は野球部への入部に備えて、推薦での合格によりクラスメートより入学を早く決めた余裕の期間を利用して父・史矢とフォーム矯正に励み、投球のコントロールが安定してきた矢先、野球部を断念しなけばならない~失意のどん底かと思われたが、ハンバーグランチをたちまちたいらげて、お冷を飲み干し「美術部で頑張るしかないね」と気持ちを切り替えようとしているらしかった。

 父・史矢はドリンクバーでコーヒーをおかわりしながら高校時代の漫画同好研究会でのエピソードを語り始めた。「真面目に部活していたのは文化祭のような発表会の前だけで、天気の良い日は高校の周囲の広場で遊びながら練習していたから、ほかの文化部とのソフトボールか軟式野球での試合で負けたことはなかったよ。試合が立て込んだ日は昼休みも3イニングゲームをしたこともあったし」。漫研の発会とほぼ同時に軟式野球部から捕手経験者が転部してきたからね、捕手が強いとチームとして強いわけ、他はただの野球好きだけでドカベンとかキャラの真似をしながらでも勝てたのよ。他の文化部より練習はしてたしね…、あ、負けたことがある~土木建築部に~ここにも野球経験者がいた~、すぐ猛練習してリベンジしたけど」

 (ドカベンとは水島新司著でテレビアニメにもなった少年チャンピオン連載の少年野球漫画。見るからに筋肉肥満系キャッチャー体型の主人公・山田太郎とバッテリーを組む小柄なアンダースロー・エース里中悟、悪球豪打の男・岩鬼、秘打・白鳥の湖などピアノと野球センス抜群の殿間などが主要メンバーの明訓高校と強敵ライバル高校との死闘を描いている。父・史矢も小柄なので里中のアンダースローのフォームを真似ていたらしい)

 「漫研のフリした野球部やん」

 「…そんなふうに野球で遊ぶ方法もあるわけよ」


 ランチを終えて地下駐車場のネイキッドに向かう。地下の照明がウインドに反射しているが、何だろう? ネイキッドのテカり方がおかしい。後部のドアのウインドが開いているのか光らないし、中からキラキラした光が漏れている。近づいて愕然となった。ウインドカラスが破られており、その破片が室内に散乱していたのだ。乗り込もうとしたら史矢のビジネスバッグが無いのに気付いた。

 「ヤラれた」

車上荒らしだった。ファミレスから110番してもらうと間もなく近くの交番から駐在さんがやってきた。ビジネスバッグには再来週号に昨日預かった表紙用のイラスト原稿が入っており、バッグ自体よりそのイラスト原稿の紛失が痛かった。盗難となれば編集の日程もあるので急ぎ再依頼しなければならない。作画しているのはマン研時代の後輩なので再依頼するのは問題ないが、1週分に2枚を描いてもらうことになるので会社に請求できる作画費とは別に1枚分は自腹で負担しなければならなかった。

母・麻郁は駐在さんと交番に向かい、被害届を提出した。

 家族にとって忘れられない痛~い高校入学記念日となった。

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