パンジェネシス─新鮮なパン─

kirinboshi

第1話 変異する日常

「ハナちゃん!新鮮なパンを作ってみたよ!」


そう言って私の眼前に出された檻。

その中には、パンによく似たビチビチと蠢く謎の生き物がいた。


「新鮮な……パン?」


思わず頬を引きつらせる。またこいつはおかしなものを作り出したのか。

なによそれ、と目線でトモに問いただす。

トモは悪びれることもなく「なにって、新鮮なパンだよ!」と言い放った。


「お肉とか魚とかみたいなフレッシュな白米やパンがあったら、

 料理がもっと美味しくなるかなーって思って」


なんだその意味不明な動機は。


「いいから食べてみようよ!

新鮮だからとっても美味しいと思うんだ!」


「食べてみてよ……って、さっきからすごい勢いで暴れてるじゃないソイツ。

 本当に大丈夫なの?」


分厚いミトンを嵌めながらトモは悪びれもせず言う。

本当かなぁ、と私は嘆息した。


「ほら、新鮮なパンちゃん出ておいうわぁぁぁぁぁぁぁ!!」


鼻歌まじりに檻を開け放った瞬間、パンが勢い良く飛び出した。

あまりに早すぎて、目で追えない。

パンは檻から飛び出し、リビング中を縦横無尽に跳ね回る。

その様子はさながら暴風雨のようだった。


「ちょっと、トモ!!なにこれ、激ヤバじゃない!!」


もうほとんど害獣同然じゃないか。

新鮮すぎるにもほどがある。

ほどなく。パンは弾丸のように窓を突き破って逃亡した。


「た、たすかった……?」


呆然とトモが呟く。

リビングはほぼ廃墟同然の状態となっていた。


「いや、ないから。助かってないから」


唯一無事だったテーブル。その下から這いだし、私は「ないない」と首を振る。

確か脅威は去った。しかし、逃げたパンはどうなる……?


「あいつ、一刻も早くなんとかしないといけないんじゃないの?

 あんなに凶暴なの、ご近所さんに襲いかかったらどうするのよ……」


じろり、とトモを一瞥する。

トモは冷や汗をかきながら「こんなハズじゃなかったんだけどなぁ」と慌てふためいていた。


「ま、まぁ元は食品だから……計算上では1週間もすれば死ぬよ、うん」


「だから安心して!」とごまかしたような表情で言いつのる。

本当か?とわたしは眉根を上げた。


嫌な予感がする。

そして嫌な予感は往々にして当たってしまうものなのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る